表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/50

課長の願いと私に決められた道

開発を出ると、私は走って総務に戻ろうとして……すぐに腹黒課長こと、総務課長の姿を見かけた。

私は一直線に課長に向かって歩いて、その腕を掴んで一番近い廊下に連れ込んだ。


「なになに?どうしたの?」

課長を壁際に追い詰めた私に驚いた顔をする。

「ちょっとまってよ。僕は結婚しているって言ったよね」

笑顔の総務課長を、私は腕を組んできっと睨みつけた。


ふざけている。

きっと私が怒っているのも、何に怒っているのかもわかっていて、わざとやっている。


「どういうつもりですか?」

「なんのこと?」

「井上さんのことです!」


私は怒鳴るように言い返した。

開発に私を出せというあの人の申し出に、OKを出すなんて!

私の秘密を知っているのにそんなことをするなんて!


私を守ると言ったのに、どういうことだ。

ちゃんと全力で守ってよ!





だけど課長はふっと息を吐いて、急に目を伏せた。

長いまつげが影を落として、急に顔が愁いを帯びる。その横顔はなんだかさみしそうにも、苦しそうにも見えて、

その姿に、ハッと息を飲んだ。


なんだか自分がこの人を責めているような気がする。


課長は視線を下げると、そのまま大きく息を吐いた。


「あいつは君ができるって思っているんだよ」

「できるって……」

「仕事がきちんとできるってこと」


まさか。

さっきだってあんなにダメ出ししたのに?

そんなの信じられない。


私は首を振った。

「井上さんはそんなこと思っていませんよ」

だけど課長はさっきまでとは全く違う真剣な目を私に向ける。

「君はできるって思うから、ちゃんと頑張って欲しいんだよ」

即座に私は首を振る。

「私には無理です」

大きくため息をついたら、課長はクスッと笑った。


「僕も君はできる気がする」

「無理だってわかっていますよね」

「いろんな事情があるからね。……でも、それって本当の君かな?」


課長が探るような目で見るから、とっさに顔を逸らす。

どうしてか、見られてはいけない気がした。


「やる気のないふりをしたり、興味がない様に振る舞ったり……僕には君が本当は頑張りたいのに、無理して諦めようとしているように見える」

「そんな……」

そんなことない。

言いたいのに、私は言えなかった。

口の中がカラカラで、言葉がうまく出せない。



「あいつもそれが嫌なのかもしれない。君はやればできるって言いたいんじゃないかな」

「どうしてそんなことを」

「理由は僕にもわからないよ。直接聞けば?」

あっさりと出来るはずもないことを言ってくる。


「どんな事情があっても……実力があるのに、それを伸ばせない僕は上司失格だ」

課長はそうしてまた目を伏せる。

「だから、君に雑用しかやらせない僕より、頑張らせようとする井上君の方がずっといい上司なんだろうな」


その顔からはこの人が悩んでいるのがわかって……まるで自分がこの人を苦しめている気がしてしまう。

だって、いつもに比べてずっと本気で、悔いるような顔だったから。

「そんなことないです。課長だって私のために色々考えてくれているじゃないですか」

あの業務提携案だって、そうだ。

だけど課長は寂しそうに笑う。

「そんなことない。あいつの方が君のことを考えている」

それに胸がドキッとした。


もし……私が大倉の人間ではなかったら?

考えても意味がないのに、前の会社の時からいつも、そのことが頭から離れない。



私が大倉の娘でなかったら、やりたい仕事もできて、忙しくても、もっと楽しくなるのだろうか。

そうしたら、いつも感じている、この胸の中がつかえるようなもどかしさも、なくなるのだろうか。


もし、私が頑張りたいと言ったら……この人はなんて言うのだろう。



まだ少ししか働いていないけれど、青柳はとてもいい会社だとわかる。社内にパワーがみなぎっていて、みんなにやる気があって、これから伸びていく勢いみたいなものを感じる。


みんないい人で、課長みたいないい上司もいて



そして、いろんなフィルターを取っ払ってみたら

私は井上颯斗に対して、どんな感情を抱くのだろう。





その答えはすぐ目の前にあるのに、私はそれを見るのが怖かった。


自覚したら、今までの自分がどこかに行ってしまう気がして……

私はその考えを振り払うように頭を振った。


考えても仕方がない。


機密には触れない。

ただひたすら静かに、真面目に働く。

そして……1年後、静かにここを去っていく。


それが、私に決められた道なのだ。

開発で働くことは、その中には入っていない。





課長は小さく笑った。

「優秀な人は正当に評価されるべきだよ。だから……本当は石田君にも青柳でいい仕事をしてもらいたい。どこの家の人間とか、そんなこと関係ないよ」

黙ったままの私を諭すように、静かに語りかけてくる。

「ちゃんと実力があって、一緒に頑張ろうと思える人と働く。いつかそんな会社にできたらいいと思っているよ」

それに胸がつきりと痛んだ。



いつか、の話はキツイ。

だって、私にはあと1年しかなくて…


その課長の願いが叶うころ、私はもうここにはいない。




わかっているのに、それを実感したら、猛烈な寂しさが襲ってきた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ