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最大のピンチを迎えたみたいですが

「一つ気になるんだけど」

課長は前に体を乗り出した。


「青柳に来ることは、お父さんには言ったの?」


本社異動のことはお父さんにも鈴井さんにも秘密だ。

バレたら本当にまずいから。


このことを知った時のお父さんの大騒ぎを想像して……頭痛がした。


でもこれもたった1年のこと。

家族とは年に数回しか会わないし、あっても仕事の話なんてしない。

だから、何もなければ……絶対に逃げ切れる。


あと一年のことだし。今までだって大丈夫だったわけだし。

大丈夫……なはず。



「父には秘密です」

課長は思い切り苦い顔になった。

「君のお父さん、娘が青柳で働いてるって知ったら絶対怒るだろうな。元々青柳のことよく思ってないから」


父よ、何をしている。

いい年なのに、大人気ない。

思い切り恥ずかしい。今度注意しておこう。


「きっと働く許可を出したのが僕だって知ったら、怒るだろうな」

スパイでないことも、静かに働きたいことも理解はしてくれたようだけど、

それでも課長は私が青柳で働くことに迷っていた。


これは無理かもな。

もし、無職になったら……。

今更仕事も見つからないし、実家に帰るしかない。



気持ちが暗くなったところで、急に課長が笑顔になった。

その顔に思わず身構えると、課長は私に右手を差し出した。


「いいよ。気に入った」

「…………え?」

「採用だよ。石田実桜」

課長は立ち上がると楽しそうに笑った。

「青柳で一緒に働こう。明日からよろしく」


その時、私にはこの人の後ろから光がさして見えた。


だって、普通ならクビでおかしくない。

社長の息子なのに、ライバル会社の人間の私を本社で採用してくれるなんて……めちゃくちゃ良い人だ。



私は立ち上がってその手をとった。

「よろしくお願いします」

課長は手を離すとまた顎に手を当てた。

「それで、配属のことなんだけど……きっと君がほしいって言う奴がいる」

「私を?」


私、望まれる程の人材ではないけど。


「でも僕の管理下で働いた方が危険が少ない。だから総務に配属するよ。安心して。君のことはちゃんと守るよ」

相変わらず笑顔は胡散臭いが、未来の会社社長が守ってくれると言うのだから、信用していいはず。

「根性ありそうだから、期待してるよ」

そこで私はようやく椅子の背もたれに寄りかかって息を吐いた。

やっぱり……緊張した。

そんな私をみて、課長はにっこりと笑った。


「ちなみに、僕の考えだけど」

「はい?」

背を起こしながら返事すると、課長は少し真剣な顔になって遠くを見た。

「この先、君が架け橋になって二つの会社の関係が良くなったらいいと思っている」

「え?」


私が、架け橋?


青柳と、大倉の?



思ってもみないことに目を丸くする。

「これからは会社の枠を超えて、お互いの持つ技術を結集して、最高の製品を使う人に届けるべきだ。そのためには他の企業と業務提携していくのもありだと僕は思っている」


私は驚いた。

かなりまともな意見だ。


業務提携すれば、お互いの欠点を補えて、なおかつ長所をより伸ばせる。

大倉と青柳の技術のいいとこ取りで、機械の性能も上がるし、営業エリアも一気に拡大する。


なぜ誰も考えなかったのかと言うくらい、素晴らしい考えだ。



「そんなことできますか?」

驚いて目を見張ると、課長は苦笑いした。

「うちの父は柔軟派だから、大倉との業務提携は喜ぶと思うよ」

「え?」



「うちの親は元々技術屋だから、会社の業績より純粋にいいものを作る事に興味がある。今だって時々工場にこもって自分で機械作っているからね。その方が楽しくていいんだ」

「へえ」

「この話をしたら、大倉と青柳の技術が一つになっていいって喜ぶな。単純なんだよ、あの人」

「でも青柳の社長さんも…うちに厳しいって聞いたんですけど…」


課長は首を振った。

「あの人、人見知りなの。機械いじりは好きだけど、社交は苦手なんだよね。それに緊張すると顔がこわばって、怒ってるみたいな顔になっちゃうんだよ」


そ、そうなのか……随分話が違うけど。


「一応言っておくと、きみのお父さんは間違いなく不機嫌だよ」

「……うちの父がすみません」

うちの頑固親父がむすっとした顔をするのが簡単に想像できる。


私の言葉に課長は大笑いした。

「つまり、何事も問題は君のお父さんだよね。君の仕事も、大倉の会社も」

むぐ、と言葉を飲み込む。

「お父さんに青柳と業務提携を提案したら?」

「……期待できません」

「そうだね……厳しいけど、いつか叶えたいんだけどね」


青柳の社長がそんなに寛容なら、問題はうちの父親だけ。

私の仕事も生活も結婚も、全部。

そしてお父さんが簡単に考えを変えないことも、私が一番わかっている。


希望が薄い。


思わずため息をついた。




その間も課長は私の履歴書をじっとみていた。

履歴書を見たり、前の会社の評判を集めたり……それだけで私の立場や考えをこの人なりに予想して……それが大きく外れていないのが、すごい。

やっぱり優秀だなと実感する。



きっとこの人は青柳の跡継ぎで、今から自分が会社を継ぐことを考えている。

そこに私との決定的な差を感じた。


私にはこんな明確なビジョンはない。年齢や経験の差かも知れないけど……能力の差かも知れない。

やっぱり私が大倉の会社を継ぐのは難しいかな。

としたら、やっぱり後継になれるような、いい結婚相手を見つけないといけない。


なんなんだ、もう。

私の前に、片付けないといけない問題が多すぎる。




暗い気持ちになっていると、課長が私を見た。

なんだか嫌な予感がした。


「石田さんはお見合い結婚を阻止したいんでしょう?」

「はあ、まあ、そうです」

課長はまた意地の悪い笑顔になった。

「じゃあ、青柳でいい結婚相手を見つけられるといいね。念の為に言っておくけど、僕は結婚しているから、助けられなくてごめんね」


それに私は思い切り脱力した。

自意識過剰すぎる。

言い返そうとして、だけど、そこではたと気がついた。



……確かに課長は優良物件だ。

顔よし、性格はかなりクセがあるけど、仕事はできる。


ライバル会社の御曹司というところを除けば、この人は完璧だ。

まあ、そこが一番問題なわけだけど。


でも、この人ならうちの頑固なお父さんとも戦えそう。

むしろ、このくらい外面が良くて腹黒な人なら、お父さんにも勝てたかも知れない。

すでに結婚しているなんて……考え方によっては残念と言えなくもない。


そこで私は首をふるふると振った。



でもやっぱり私は優しい人がいい。

こんな腹黒じゃなくて。



私は引き攣った笑みを返した。

「……頑張って探します」

それにまた大笑いされてムッとしたところで、課長は私へ笑顔を向けた。

「とりあえず、明日からお願いね。石田実桜さん」






こうして私の青柳での仕事はスタートした。

最初はどうなることかと思ったけど、以外にも順調な滑り出しだった。



だけど、働き始めて1週間。私の平和を揺るがすような事件が起きた。



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