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どんな嘘よりも

「君が、あの、石田くんなのか」



会長は頷いてさっきよりも笑顔になった。

「そうか。会えてよかったな」

それに私が混乱する。


だって、今まで会ったことはない。

本名ならともかく、私を知っているって……


どういうこと…?



会長は困ったような顔を向けた。

「ごめんね。勝手に喜んでしまって。会うのは初めてなのに」

「いえ」

「私はね、石田くんのこと、知っていたんだよ」

え?


驚いて会長を見る。


「今年の春のコンペを覚えている?」

「え……コンペって」


すぐに思い出した。


それは今年の春に締切ギリギリで提出した、社内コンペ。

でも、まさか……それが関係している?


だって、岸くんは入賞したけど、私はなんの賞ももらえなかった。

だから、私以外誰もあれを覚えていないと思っていた。

なのに………?


会長は私を見ると、小さく頷き返す。



「あの時の君の作品、よかったよね」



目を丸くして、言葉を失う。

だって、私の作品を評価してくれた人がいたなんて。


「みんなは現実的で、これなら売れるって似たようなものばかり出していたよね。もちろん賞が欲しくてやってるんだろうけど、そんなのつまらない。そんなありきたりの事ばかりでは新商品なんて作れない。……だけど石田くんの考えたのは、ものすごくよかった」


そうしてまた楽しそうな笑顔になる。

嘘やお世辞ではないのが伝わって、胸が詰まった。



あれは私の最初で最後の商品企画で……


それを初めて手放しで喜んでくれたのは

この人が初めてだ。





「高得点を狙うようなものより、あんな風に全部独り占めするようなわがままな企画の方がずっと楽しい。そんなところから新しい機械は生まれるからね。ものすごく夢があるよ」


会長は指でさっきの機械を指差した。

「この機械を作るときも、みんなに反対されたんだよ。こんな機械を作っても家庭では使わないとか意味がないとか。それからもっと画質を落とそうとか、もっと周りと同じでいいって会議で散々怒られたの。だけどね、すこしでも綺麗な家族写真を未来に残したくて画質を落とさずに値段を抑えようって、息子と二人で頑張ったの。大変だったけど、完成した時は嬉しかったな。これがヒットして売れた時より、完成した時の方が嬉しかった」



「でも、私のアイデアはなんの賞も獲っていないですけど」

それに会長は眉を寄せる。

「私と社長は君の機械を一番押したんだよ。だって一番よかったし。だけど、周りがね………。残念だけど、私たちには決定権がないの」

「周り?」

うんうんと会長が頷いた。

「あの子たちは真面目だから、遊び心がないの。でも……違うな。経営のことばかり考えてしまうのかな」


会長はそこで首を傾げる。

「でもあの子はきっと嫉妬したんだな……。あの子のアイデアは正統派で完璧だけど反対に面白味がないから、君みたいな自由な作品に憧れるのかもね」

「はあ」


あの子って…?

あの子たちって?


でもコンペで賞を決めるのは社長かと思ったら違うのか。

でも、そんな権力があるのって…


頭の中にポンっと課長の顔が浮かんで、それに思い切り納得する。


ハイハイ。

たしかにわざと外した人を選びそう。


だから最初から意味深だったんだなと納得する。

なるほど、あの人は社長と会長の意見を無視して、私の作品を選ばなかったのか………。


ひどい。



会長は大きなため息をついた。

「大体最近の機械はつまらないよね。どの会社も同じようなものばっかり作ってる。こうしたらみんなが喜ぶってことしかやらないの」

「そう………ですかね」

「うちも最近は落ち着いちゃって。本当につまらない機械ばっかり作っている」


だけど私はそれについ、言い返してしまった。



青柳の製作者といえば、井上颯斗。


その井上颯斗が新商品のために必死になっていることを私は知っている。

他でもない、私は。


それを見て大変さも知っている私が、こんな風にあの人の文句を聞いて黙っていられない。

例え会長が相手でもダメなものはダメ。


私は一歩会長に近づいた。

「でも、いま作っている新商品はとっても良いものです。私も企画の最初の段階を見ましたけど、画期的なものでした。だからきっと……すごくいいものになります」

熱を込めて話す私を、会長は目を丸くして見ていた。


私はそれに怯むことなく続けた。

「だからつまらないとか言わないでください。絶対に会長が納得するいいものにしますから」

私は大きく頭を下げた。

「だから……待っていてください!」



頭を上げると、会長はとても驚いた顔をしていた。

「石田くんは知ってるの?その新しい機械のこと」

「はい。少しお手伝いさせてもらっていて……もちろんこれからもう少し練り直しますけど、今の状態でもすごく素晴らしくて……本当にすごい良いものになりますから」

「じゃあ、あの子と一緒に仕事しているの?本当?」

「ええと、あの子って……?」



あの子って………そこで私は固まった。

この話の感じからすると、『あの子』は課長じゃない。


「あの子って、もしかして」


心当たりの人は、一人しかいない。

そしてきっと、今考えている人物が正解だ。


私は息を吸って、その人の名前を呼ぼうとした時

部屋の入り口から、大きな声がした。


「会長?」


聞き慣れたその声に、それが誰か、

振り向く前から私はわかっていた。




******


会長は井上颯斗を見てものすごく苦い顔をした。

井上颯斗も負けないくらい苦い顔で会長を見て、それから私を見る。

その目が一体何をしていたと語っている。


すみません………。

でも、全部偶然だって。



「なんの話ですか」

「あなたが作るつまらない機械の話」

会長は私を見て、肩をすくめる。

「あなたの作る機械はみんなの希望の真ん中を狙っていて、本当に面白くない」



その悪意ある返事に井上颯斗はため息を返してきた。

「また、その話ですか。お陰様で世の中には僕の機械は受け入れてもらっていますよ。売れてますしね」

「全く、いつからこんなつまらないことを言う子になったのかね」

「生まれた時からですよ」


なんだ。

この反抗期みたいな会話は。


言い合う二人を見つめていると、井上颯斗は私の隣に来て心配そうな顔をした。

「なに話してた?」

それに会長が代わりに返事する。

「秘密だよ」


ムッとしたように眉を寄せて、井上颯斗は私の頭に手を載せると、思い切り頭をぐしゃぐしゃにした。

八つ当たりか。

「ひゃ」

思わず声を上げると、会長が咎めるような声を出した。

「こらこら、女の子には優しくしなさい。嫌われるよ」


でもそれをこの人は思い切り無視した。

それに会長は苦笑いして、


少ししてとても楽しそうな顔になった。



「違うね。………仲が良いから、できるんだね」



その笑顔を見たらなんだか胸が温かくなった。





結局、それから会長と井上颯斗と3人で話をした。

会長はご機嫌で私にたくさん話を聞かせてくれて、それが楽しくてつい長居をしてしまった。



帰る前に会長は私の手を握った。

その分厚い手は温かくて、この手がたくさんの商品を生み出してきたのかと思うと

なんだか胸が詰まる。


「また、面白いものを考えてね。楽しみにしているから、私のことをびっくりさせてね」



そんなことを言われると、悲しくなる。

あれが最初で最後です、とは言えない。

どんな嘘よりも、こういう嘘が一番堪える。



だけど会長は笑顔のまま私を見た。


「ちゃんと僕が指導しますよ」

「あなたの指導はいらないよ」


井上颯斗の言葉に言い返すと、私と目があって笑った。



「石田さんが一緒に働いてくれるなら、きっといいものができるね」




「楽しみだな」




そう言って会長はとても嬉しそうな笑顔になった。





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