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思いがけない出会い

その日、私は井上颯斗と二人で車に乗っていた。


隣の県の取引先に一緒に行くことになった。別にこの人一人でいいのに、なぜだか一緒に行くことになったから、どうしてだろうと思っていた。すると、車の中で

「たまには外食でもするか」

と、言ってくれたのだ。


確かに隣の県から用事を済ませて戻ると、ちょうど終業時間になる。

とはいえ、仕事人間のこの人がこんなことを言うなんて本当に驚いて、私は言葉を失ってしまった。

平気で戻ってひと仕事、とか言いそうだよね?

「本気ですか?」

「そんなに驚くことか」

「井上さんがそんなこと言うなんて」

「たまにはいいだろう。最近仕事ばっかりだからな」

それは事実だ。


通常の仕事に加えて新商品の企画が進んでいる。今はこの人は子会社と連携をとって、予算とかスケジュールの調整に追われている。だから帰りも遅いし、休みの日も仕事をしている時もある。

でも私は先に帰って家事をすることもあるし、そこまで忙しいわけでもない。


忙しいのも大変なのも、この人だけ。


「石田にはいつも頑張ってもらっているから、たまにはいいだろう」

帰り道にある和食のお店が美味しいという。だけど予約のできないお店で、遅くなると入れないから、早く終わる時でないと行けないらしい。

なんだかすごい。

こういう時くらい家でゆっくりすればいいと思うけれど、井上颯斗は強引に食事に行くことを決めてしまった。



仕事が終わって駐車場まで歩きながら、帰りは私が運転しようかと、ペーパードライバーのくせに真剣に考えていると、急に隣のこの人が立ち止まった。

つられて立ち止まると、この人は胸ポケットからスマホを出して私から一歩分距離を取ると、電話で話し始めた。


聞かれたくないのかと離れた場所で待っていたら、急に井上颯斗が声を上げた。

「は?俺が?どうして」

思い切り嫌な顔をしている。


いつも冷静で感情を表に出さないこの人には珍しい。

どうしたのかと見ていると、井上颯斗は電話で会話をしながら、その顔をどんどん曇らせていく。

少し聞こえる会話では、どうして俺が、とか、別に行かなくてもいい、とか………そっちで対応しろ、とか

珍しくゴネている様子が伝わってきた。


なんだか、ものすごく嫌な電話みたいだ。

だけど、この人が仕事関係でこんなに感情をむき出しにするなんて珍しい。


しばらくして電話を切ると、腰に手を当てて大きなため息をついた。私は恐る恐る声を掛ける。

「あの………」

「寄らないといけないところができた」

井上颯斗はものすごい苦い顔のまま、私を振り返る。

「とりあえず、早く終わらせる。時間がなくなるから急ごう」

「あ、はい」


車に乗り込むと慌ただしく車を発進させた。

「悪い。食事が遅れる。………時間はかからないようにしたいが」

「私はいいですけど、どうしたんですか?」

井上颯斗は横目で私を見て、とても苦い顔をした。

「人を迎えにいくだけだ」

「人?」

驚いて聞き返すと、こっちを見る井上颯斗と視線があった。

目が合うと、この人は困ったような顔をした。



******


それからしばらく車を走らせて着いたのは、小さな建物の前だった。

かなり古い2階建てその建物を私がじっと見ていると、隣の井上颯斗が

「うちの昔の会社だ」

「え?ここが?」

そうして顎で中を示す。

「小さいが、奥には機械制作のできる設備もある」

この小さなビルの中でそんなこともできるなんて驚いた。


それに……ここが青柳の昔の本社だとして、それが数十年であんな都内の一等地に大きなビルを持つまでになるって………すごい。



「石田は中で待つ場所があるから待っていてくれ。俺は用事を済ませてくる」

中に入りながら井上颯斗が私を社員食堂らしきところに案内して、ここで待つように言った。

「あの……私も手伝えることありますか?」

それにキッパリと首を振る。

「いや、いい。面倒な仕事だから」

「それって一体………」

肩をすくめて特大のため息をつく。


「社長が奥の工場にこもって、出てこない。他社との会合があって19時には新宿に戻らないといけない。だけど集中して人の話を聞かないらしい」

「社長?」


そういえば、以前聞いたことがある。

社長は今でも時々工場に入り浸ってみんなを困らせるって。

つまり………今日もそうだってこと?


井上颯斗はため息をつくと、

「俺一人でいい。やってもダメかもしれないからな」

そうして私に待つように言って、出ていった。





人のいない社員食堂で私は座ってぼんやりと周りを見回して、

ふと壁にたくさんの写真が飾ってあるのに気がついた。


立ち上がって近くでそれを見つめる。

創業当時の写真。初めての機械の写真を制作風景。

創業者一族の顔。昔の社長たちの写真。

古いものから順番に並べられていて、その中に歴史を感じる。



最近の写真を見つける。

新しい機械の写真や今の本社ビルの写真や前の社長の退任と今の社長就任の写真もある。


今の社長といえば課長のお父さんだと思ってよく見たけれど、

あまり似ていない。

社長は写真で見ても見た目が整っていて、会った事はないけど一度会って見たいと思う。

きっとかっこいいおじさまなんだろう。

写真で見る社長も会長も端正な顔立ちで、課長を思い出してみても、美形一家なのだろう。

うらやましい。



そんな中に見覚えのある写真を見つけた。

以前井上颯斗に頼まれて探したパンフレットの機械だった。

それを見て確信する。

やっぱりこれは大事な機械なんだ。


つい身を寄せてそれをじっと見ていると



「面白いもの、あった?」



そんな声が聞こえて、急いで振り返る。


そこに、一人のおじいさんが立っていた。


そのおじいさんはニコニコと笑いながら私の近くまで歩いてきた。シャツの上に作業着を羽織って、私の隣に立つと興味深そうに私を見た。

「これ、気になった?」

そう言って私の見ていた写真を指差す。

その笑顔とか仕草にどことなく品があった。



「あ、はい。少し前にこれのパンフレットを見たことがあって、きっとこの機械は重要なものなんだろうなって思っていたので」

「へえ。前見たことがあるの?」

「はい、最近仕事で。その時に見て、今の機械につながる部分が多いなって思って………今の機械の元になるようなモノなんじゃないかと思って」

それに楽しそうに顔を綻ばせる。うんうんと頷いて笑った。

「そう。よくわかったね」

顔を写真に向けて、懐かしむような顔になる。


「これはね、私の初めての孫が生まれた時に、息子と二人で作った機械なの」

「そうなんですか」

「息子と力を合わせてやった仕事だからね、私にとっても大事な機械」


息子と作った………?

息子って……。この機械を作ったのは、確か今の社長……だよね?

じゃあ、今、目の前にいるのは……


私と目があってにっこり笑う。

それを見て、とっさに壁の写真へ目を向けた。

だって、その顔に、さっきまで見ていた写真によく似た笑顔があったのだ。


それを見つけて、私は目を丸くして、隣を見つめる。


「あの、もしかして……」

「私はもう引退したから、ただの元社員だよ」

「いや、でも………」

思わず顔が引き攣った。



だって………この人は前の社長。


つまり、会長だ。




******


「そう。このパンフレットを見たの」

会長は私の隣に座って、温かいお茶をのんだ。

「昔のパンフレットを見ていると、歴史を感じます」

「そうだよね。今のとは全く違うから」

「でもやっぱり画像が綺麗ですよね。他の会社と比べると全然違います」

「そう?やっぱり孫の画像をちゃんと残したくてね。頑張ったんだよ」


なるほど。

孫のために頑張ったのか。

なんだかいい話だな。




私はこんな風に大倉のことを見ていないな、と思う。

こんな風に先入観なく、いろんなことをちゃんと見たら、もっと実家にも愛着が湧くだろうか。


嫌だと思って避けることばかりだったけど、もしちゃんと向き合ってみたら、何か思うこともあるかな。

お父さんや、会社のことや………それから、板倉さんのことも。


そしてそれにハッとした。

だって、それはこの間板倉さんが私に言ったことと、同じだ。




会長が私を見て不思議そうな顔になった。

「そういえば、君はうちの社員さん?」


そこで初めて私は自己紹介をしていないことに気がついた。

急いで首にかけた社員証を引っ張り出すと、会長の目の前に差し出した。


「遅くなってすみません。あの、私、石田実桜と申します」



「石田くん………?」



そうして首を傾げた後で、私の顔をじっくりと見つめた。


「はい、石田実桜です」


そこで会長は目を丸くして私を見つめた。



「君が、石田くん」




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