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久しぶりの再会

土曜日の今日、私はおばあちゃんと父の姉である貴子おばさんと食事に来た。

二人ともお父さんと喧嘩したら必ず仲裁に入ってくれる私の強力なサポーターで、そんな二人が有名ホテルのランチをご馳走してくれるというなら、行かない理由がない。

で、今度こそ例のワンピースを着て意気揚々と出かけてきた。


実家関係のひとには会いたくないけど、二人は血縁はあるけど会社には口を出していないし、会うだけなら問題はない。それに今扱っている新商品のことは言わないと心に決めている。


「実桜ちゃん、久しぶり」

「おばあちゃん、貴子おばさん」

私は笑って二人に駆け寄った。


二人に会うのは1年ぶりで、私が元気そうだと喜んでくれた。

ホテルの中の和食レストランで、松花堂弁当を食べながら話に花を咲かせる。

やっぱり久しぶりのホテルでの食事は嬉しいよね。


仕事のことを聞かれて迷ったけれど、私は今、青柳で働いていることを伝える。

予想通り、二人は顔を引き攣らせて固まった。


「実桜ちゃん、それは剛志には絶対に言わない方がいいわよ」

貴子おばさんが眉を寄せた。

剛志、とはお父さんの名前だ。


おっしゃる通りです。


「うん、絶対に言わないつもり」

「最近も青柳が新しく出す機械があるらしいって、すごい勢いで働いているのよ」

貴子おばさんの旦那さんは大倉で働いている。

おばさんの父親、つまりわたしのお爺さまに勧められた人と結婚しているのだ。


いわゆる、お見合い結婚。

だけどとても上手くいっている。


「長いこと青柳に勝てていないから、焦っているのよ」

おばあちゃんもあの子は勝つまで頑張るのよね、と苦笑いした。

私はそれに曖昧な笑顔を向けることしかできない。



だって、言えないよ。



青柳の新商品の仕事をやっているのが、私です、なんて。




「やっぱり、青柳のことは嫌なんだね」

ぽつりと呟くと、二人は苦い顔をした。

「ずっと負けっぱなしだから悔しいんでしょうね」

「でも、あんなに良いものを作るなんて……青柳の開発者ってすごい人なのね」

おばあちゃんの言葉に、私はガバッと顔を上げた。


「すごい……本当にすごい人だよ」



青柳の開発者といえば、井上颯斗だ。

あの人の凄さは私が一番よく知っている。



「すごく優秀な人でね、今までの人気商品も全部、その人が一人で開発しているの」

私は二人にむかって体を乗り出す。

「どんな仕事でも完璧にこなすの。頭の中にいろんなアイデアがあって、それをちゃんと形にできるなんてすごいよね。それに人間的にも尊敬できる人で、ちゃんと周りにも気を遣ってくれて、優しくて思いやりのある人で……」

そこまで言ったところで私は固まった。


だって反対側からおばあちゃんと貴子おばさんがものすごく……生温かい目で私を見ている。

「どうしたの、二人とも」

貴子おばさんはお茶を飲んで息を吐いた。

ものすごく呆れている。

「それはこっちのセリフよ。その人、実桜ちゃんの彼氏なの?」

その発言に私はものすごく、驚いた。


え?

彼氏?

……あの人が?



「えええ?」



椅子から転げるほど驚いた私に貴子おばさんはため息で返す。

「そんなんじゃないよ」

「だって、やけに熱心にその人のことを語るから」

「ち、違うって。よく一緒に仕事をするから知っているだけで」

「そう?それだけであんなに熱心に語るかしら」

「違うってば!」


これ以上誤解されては、困る。


私が必死で否定すると、おばあちゃんが楽しそうに笑った。


「でも、久しぶりにあったら随分実桜ちゃんが綺麗になったから、もしかしたらいい話が聞けるのかなって思ったわよ」

「そうそう、なんだかおしゃれになったし」

「違うの。あの人は、ただの上司なんだって」

「ただの上司をあんなに褒めるわけないじゃない」

「違うって!本当に尊敬する上司なの」

「あ、やっぱりその人なのね。一度、会ってみたいわね」

「もう!おばさん!」


からかう貴子おばさんをおばあちゃんは嗜めて、私に向き直る。

「でも、青柳はとってもいい会社みたいね」

「………うん」

「そんなところで仕事ができてよかったわね」


ちゃんと働いていることを認めてもらったみたいで、素直に嬉しい。

働きたいっていう私を、ふたりは応援してくれていた。だからちゃんと仕事をしているところを見せられてよかった。



貴子おばさんがからかうように声をかけた。

「今度会うときは、その人を連れてきてよ。私も実桜ちゃんの彼氏に会いたいわ」

「だから!あの人は違うの」

「はいはい」


しつこい貴子おばさんを目で制しながら、おばあちゃんが首を傾げた。

「そういえば、青柳には息子さんがいたわね。もう随分大きくなったんじゃないかしら」

それに貴子おばさんも頷く。

「あの綺麗な子でしょう?ものすごく良い子だったわよね」

課長のことかと私は苦笑いする。



子供の頃から外面はいいなんて……さすが。

ミニサイズの課長が型どおりの優等生を演じる様子を想像して、笑ってしまう。

きっと心の中は今と変わらず、真っ黒なんだろう。



「今はその人が私の直属の上司。ものすごくできる人で、あの人が次期社長だって」

「そう。青柳の社長さんも息子さんのこと、かなり頼りにしているみたいよね。昔はよく話に出てきたわ」

だけど、そこでおばあちゃんが頷いた。


「青柳さんのところはお子さんが何人かいたわね。実桜ちゃんも遊んでもらったことがあるはずよ」

「たしか兄弟がいたわね」

それに私は首を傾げた。

社内には息子ひとりしかいない。

いたらきっと話題になるだろうから、他の会社で働いているんだろう。

「会ったことないな。会社にいないし」

「そう。青柳の社長さんも奥様も美形なの。だからお子さんはみんな整った顔立ちなのよ。大人になったところを見てみたかったわ」

課長みたいな人が他にもいるのかと思うと、ちょっと恐ろしい。


だけどそこで、二人から念を押された。

「絶対に青柳で働いていることを知られたらダメよ。今、青柳の新商品の話にイライラしているから」

「わかってる」

それから……と言って、そこでおばさんはため息をついた。

言いにくそうに私を見る。

「剛志、いまだに実桜ちゃんと板倉さんを結婚させようとしているのよ、知っている?」


それに顔を引き攣らせて、それから……

私は静かに頷いた。


この間、偶然とはいえ板倉さんに再会してしまった事を思い出す。

あそこに連れてきたのはきっとお父さんで……

という事は、私と板倉さんに接点を作ろうとしているのは明らかで……

板倉さんとお見合いするのは確実だ。


暗くなった私を励ますように、貴子おばさんが私に向き直る。

「でも板倉さんって本当に優秀なのよ。顔だっていいじゃない。大事にしてくれそうだし、よく話してみたら、意外と気が合って良いかもよ」

「……あの人、私とのことは仕事だと思ってるから、嫌」

「私だって初めて旦那にあった時にイマイチだなと思ったけど、結婚してみたらよかったわよ」

自分の経験を引っ張り出して気軽に言う貴子おばさんに、私は苦い顔をした。


貴子おばさんの旦那さんは、貴子おばさんが大好きでとても大事にしている。そのうっとおしいほどの貴子おばさんへの愛が、見ているだけで伝わる。


完全ビジネスの私と板倉さんとは全然違う。

結婚しても、ご飯を一緒に食べないとか、ろくに話もしないとか

さみしい生活を送るのは耐えられない。



「私は……嫌。絶対に」

世間的には綺麗な顔の部類に入る板倉さんの顔だけど、

作られたような笑顔も、私よりも社長の椅子を見ているような態度も、全部全部嫌。




だけど……

この間板倉さんと会った時のことを思い出す。

本当に少ししか話していない。


だけど、一度、あの人が目を光らせた瞬間があった。


それが気になる。


なんというか、あの瞬間、板倉さんの中の何かが動いた気がする。

そのことになんと言うか……ものすごく嫌な予感がするのだ。




おばあちゃんが苦笑いした。

「あの子にも言っておくわ。きっと実桜ちゃんはいい人を連れてくるから静かに待っていなさいって」

「そんな人いないもん」

思わずむくれた私に、二人は顔を見合わせた。

苦笑いの貴子おばさんが私をみる。


「さっきの人は、本当に違うの?」

「本当は彼氏なんでしょう?」

「違うってば!」

真っ赤になりながら、私は否定した。


何回も言われるの……納得いかない!


あの人、ただの上司です!


ただの上司で、ただの同居人です!





二人は笑って手を振って歩いて行き、私は反対の方向に歩き出す。

火照った顔を手で仰ぎながら、ホテルの中を地下鉄の駅に向かって歩いていると、電話が鳴った。



その画面を見て、私は驚いた。


井上颯斗だった。




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