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訳アリ女子のできるまで

子供のころ夢見ていた大人になった私は、自分の望む仕事をして、毎日充実した日々を送っている。仕事は楽しくて、忙しくてもいつもオシャレをして笑顔で楽しそうに働いている。

そしてもちろん、隣には素敵な恋人がいる。


そんな夢みたいな光景が、当たり前のように自分の人生に訪れるって信じていた。



でも、今の私はそれが実現不可能な夢だってことはよくわかっている。


現実の大人になった私、は会社で誰でもできるような仕事をして、洋服のコーディネイトがうまくいかなくて悩んで、毎日どこかでため息をついて、そして隣には彼氏もいない。


現実なんて、こんなものだ。


会社のデスクから雲一つないきれいな青空を見つめながら、私は今日何回目になるかわからない、大きなため息をついた。





私、大倉実桜、25歳。

大学卒業後、都内の機械メーカーで働いている。入社して3年になるけど、別に大きなプロジェクトに参加するでもなく、やりたいこともなく、ただ漫然と毎日働いている。


「石田さん。何しているの?」

隣の席の武藤先輩が声をかけてきた。私は振り返って苦笑いする。

「いいお天気だなって思って」

「あはは、そうだよね。どこか遊びに行きたいよね」

そう言って笑う武藤先輩は後1ヶ月で結婚を控えている。そのせいか笑顔には幸せオーラが漂っている。

うらやましい。


ため息をついて自分の席のパソコンに向かうと、武藤先輩が体を寄せた。

「ねえ、石田さんも出すの?」

「出すって?何を?」

「ほら、これ」

武藤先輩が差し出したのは、一枚の社内コンペの知らせだった。


うちは青柳という大企業の子会社だ。

これは青柳グループ全体でやるコンペで、応募資格は社員なら誰でもいい。内容も自分が作りたい機械のアイデアを出すだけ。特にジャンルの指定はなし。

いいものは表彰されて、上手くすれば実際の商品にそのアイデアが採用されて、本社で機械制作に参加する……可能性のある夢のある企画。


「私、こういうのは……」

そこまで言ったところで反対側からその紙は奪われた。奪ったのは反対側の隣に座る私の同期の岸くん。

「石田さんはやらないよ。機械とか興味無いし、もっぱら雑用担当だし」

雑用担当、という言葉や馬鹿にした言い方にイラッとしながら私は笑顔を返した。

「私は機械のこと、知らないしね」

「石田さんが出しても…ダメだと思うよ」

「そういう岸くんは出すわけ?」

その質問に岸くんは待ってましたとばかりに笑顔になった。

「俺、出すよ」


その自信満々な態度に私と武藤先輩は顔を見合わせた。

めちゃくちゃやる気じゃないか。


むしろ聞いて欲しいというように、岸くんは話し始めた。

「以前から商品開発に興味あったし、大学でも勉強したし、まあ、それを活かして出そうかな、と」

ここは人事部だけど、岸くんは機械製作がしたいとずっと言っていた。何度も機械製作部への異動を希望しているし、そのための勉強もしている。

少しばかり上昇欲が強くて、人の神経を逆撫ですることもあるけど……基本は努力家だと思う。



「これで本社に行けるかもね」

まるでそうなることを確信するような言葉に、私と武藤先輩は今日2回目の苦笑いをした。

「石田さんも出すだけ出してみれば?こういうのも経験っていうか」

ムッとして黙っていると岸くんは追い打ちをかけるように笑った。

「まぁ、記念受験?」

嫌味たっぷりに言って岸くんは出て行った。



残された私と武藤先輩は顔を見合わせた。

「相変わらずイラっとするよね。岸くん」

「昔からですよ」

平静を装ったけど、内心はイライラが止まらなかった。

武藤先輩は机の上の紙をじっと見つめる。

「石田さんも出せば?それで岸くんを見返してやりなよ」

「アイデアとかないですよ」


悔しいけど岸くんは正しい。


私は何の準備もしてないし、努力もしてない。

目の前にチャンスが来ても、何もできない。

立ち尽くしたまま、そのチャンスが消えるのを見送るだけ。


悔しいけど、それが現実の私。



武藤先輩はじっと私をみた。何か言いたいって顔だ。

「なんですか?その視線」

「私、知ってるのよ。石田さんが機械制作に興味があること」

「……え?」

武藤先輩は私の肩を優しく叩いた。

「石田さんが隠れて勉強していることもね……やってみたら?別に本当に作るわけじゃないんだから、企画だけならやって問題無いわよ」

武藤先輩はちょっとだけ真面目な顔になった。


「後で振り返って、あの時やっていれば人生が変わったかもって思うくらいなら、いま頑張ってやったほうがいいわよ」


無理にとは言わないけどね。

そう言って武藤先輩はランチに行った。



一人残されたデスクで、私はその紙をじっと見つめる。



やりたくないと言ったら、嘘になる。

機械制作に興味もあるし、勉強もしていた。

正確には勉強していたのは少し前までで、今はしていない。

けど、その前は本当にちゃんと取り組んでいた。


だけど、私にはできない理由がある。



******


私、大倉美桜には秘密がある。


私の秘密、それは実家のこと。

実は私、大倉という機械メーカーの社長の一人娘、なのだ。

大倉は主に医療機器を扱う会社で、誰もが知る大企業だ。


で、私が働く会社は青柳という機械メーカーの子会社になる。

青柳というのは元々機械メーカーで始まって、ここ10年間ほどで医療機器制作に乗り出した会社で……5年前に大倉グループを追い抜いた。

以降、大倉と青柳は常に競い合っている。


つまり、私がいま働いているのは実家のライバル会社。


私は実家のライバル会社の関連会社で働いている……のだ。


私の実家のことは会社では誰も知らない。

絶対に知られてはいけないからだ。




うっかり実家のライバル会社に就職してしまったのには、理由がある。


私の父はとても古い考えの持ち主で……、一人娘の私は大学卒業後すぐに、お父さんの決めた後継になるような相手とお見合い結婚することになっていた。

で、私はそれに反発した。

喧嘩や話し合いを繰り返してお父さんを説得して、条件付きで働く許可を得た。



その条件とは、26歳までなら好きに働いていい、というものだった。



一人暮らしもO K、仕事もO K

そして、恋愛もO K。

でも、それは26歳まで。

26歳になったら仕事を辞めて、お見合い結婚して家庭に入ること。



もし、私の恋人が大倉を継げるとお父さんが判断したら、その人と結婚してもいい。

反対にこいつダメだな、と思ったら、お見合い。


それから……もし私が、父が認めるいい仕事をしていたら、仕事を続けてもいい。

無職になったら、条件を満たしていないとされて、その時点でおしまい。



厳しい条件だけど、私はそれを飲んだ。

だって、今すぐお見合い結婚よりずっといい。

少しでも可能性があるなら、諦めたくない。

仕事も、恋愛も。


だから最初、私はとても張り切っていた。

お父さんに認めてもらえるような仕事をしよう。

それから、いい人を探して恋愛をしよう。

……だけど、そう簡単にはいかなかった。



就職した今の会社は古くから続く機械メーカーで、そこを選んだ理由は、そこの機械制作に定評があったから。

ここで機械製作を学んで、いつかそれを実家で活かしたいと思ったのだ。


だけど、そこが私が働いて3ヶ月で青柳に吸収合併されてしまった。


青柳の関連会社で働くことに、ためらいがなかったわけではない。

うちの父と青柳の社長はとても仲が悪くて、お父さんと青柳の社長は会うたびに睨み合っているという。

青柳だって大倉の関係者の私が働くのは嫌だろう。



だけど、そこで悪魔の囁きが聞こえた。


実家の名前が自分の評価に影響することを嫌がった私は、母方の姓で就職活動をしていた。

それが今の石田という名前だ。


だから、黙っていたら大倉の人間とわからない。

合併で本社異動する人間はほんの一部で、ほとんどはそのまま今の会社で働いて、業務に変わりない。

私が支社でひっそり仕事をするなら、会社の機密にも触れないし……問題はない。


そう考えて、私は今の会社で就職した。

無職になったら実家に強制送還でお見合い結婚、と思って猛烈に焦ったのも事実だ。


お父さんには第一秘書の鈴井さんから私の会社について報告してもらった。

鈴井さんは私がこの会社を選んだ理由を察して、応援してくれて

「社長にはうまく言っておきます」

と助けてくれた。


と言うわけで、私はそのままそこで働いて……そのまま年月が経ってしまった。

最初は落ち着いたら転職しようと思っていた。

だけど、26歳までのたった数年しか働かないから、相手の会社に失礼だし……その数年のために必死で転職活動しても……と思ってしまった。


だけど自分の秘密がバレてはいけないと、目立たないように気を遣っているうちに……いつしか仕事へのやる気も冷めて、雑用担当になってしまった。


そのことに時折、虚しくなった。


私がこの会社を選んだのは機械製作を学びたいからで

だけど今の私は、ひたすらコピーお茶汲み会議資料の作成。

もっとたくさんやりたいことがあったのに、何一つできていない。



私は目の前の紙を見つめた。


社内コンペなんて、無理。

締め切りはあと3週間だし、今からでは良いものはできない。


でも……、最後に一回くらい頑張ってみてもいいかもしれない。


最後、と言うのには理由がある。

私とお父さんが約束した26歳は、後1年。

残念ながらいい仕事をしているでもない、恋人もいない私は、このままいけばお見合い結婚コース間違いなし。


もう、最後だし。

どうせ、やめるんだし。


最後くらい、やってみてもいいか。



私は目の前の紙を握りしめた。


******



それから3週間後。

締切ギリギリに私は社内コンペに応募した。




日数が少ない中、ゼロからの企画作りは大変で、毎日仕事を終えてから夜遅くまで作業して、大変だった。


だけど、なんとも言えない充実感と心地よい疲れがあった。

提出した日はデパ地下でケーキを買って、頑張った自分へのご褒美にした。


結果はどうでもよくて

それよりも、自分はまだ頑張れるということに

私はほっとした。







「いやー、自分はやればできる人間だとわかってましたけど、賞を取るとは思いませんでしたよ」

岸くんがわざとらしく大声を出して、周りはそれを冷めた目で見つめている。



社内コンペで岸くんは優秀賞を取った。

ちなみに最優秀賞は該当なし。

3人の優秀賞のうちの一人が岸くんで、うちの会社で賞を取ったのは岸くんだけだったから、会社内でもちょっとした騒ぎになった。

そして岸くんは当然のように、調子にのっている。


「俺、もしかして本社に呼ばれちゃうかも」

みんながおおーっと騒ぐのを、私は遠くから見つめていた。



私はなんの賞も獲れなかった。


わかっていても、やっぱり気持ちは落ち込む。

ちゃんと頑張ったのにな。



賞は獲れなくてもいいなんて言うくせに、うまくいかなかったことが悔しくて、

自分の諦めの悪さに笑ってしまう。


私は窓を見上げてため息をついた。





だけどそれからわずか半月後。

驚くことが起きた。


人事異動が行われることになった。



会社の廊下にそれが張り出された時、ちょっとした騒ぎになった。



社内コンペで優秀賞を取った岸くんではなく、


私に本社行きの辞令が下されたのだ。







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