コンビニバイトしてたら、怪しい人が居た話
学生時代の貴重な時間を、金のためだけにアルバイトに費やすなんて愚かだと言われた。タイムイズマネーとよく言うが、時間は金よりも貴重でずっと価値があると言われた。でも背に腹はかえられない。やっぱり欲しいものは欲しい。物欲に抗う理由はあまりない。そうして今日もまたアルバイトにいそしむのだ。
アルバイト先はコンビニだ。ここを選んだ理由は「近いから」、それだけのこと。給料面は特に不満無く、シフトなどもある程度自由がきいて良い環境だ。しかし懸念が2つある。立地がそこそこ良いため、客が多いこと。そして、地元過ぎるがゆえに昔の知人と会う可能性が高いということだ。嬉しい再会より、お互いに気まずい空気が流れるだけのことが多いのだ。お互いに気付いているのに、どちらも声を掛けない上、こっちは店員として丁寧な言葉遣いを求められるアウェーの状況は、なんとも言えない「苦」である。
ただ深夜になれば客も減る。部活動も一段落して時間にも余裕がある。深夜に働くといっても、いつもベッドの中でスマホと目を細めながら睨めっこをするだけなのだから、悪い話では無かった。
今日もまた、夜になって稼ぎ時がやってきた。といっても客はまばらで、誰もが大人しく買い物をするだけ。自分のすべき事は全て済んで、レジの横に突っ立っている時間が続く。
今、客が1人、缶ビールを1つ手に取ったまま、つまみをどれにするか、素人でも分かるくらい一生懸命さが伝わってくる。まぁ、別に厄介な客でもなさそうだ。彼がレジに来て、ビールがぬるくなっていたら新しいのに交換してあげよう、くらいの余裕を持って待ち受けている。
そしてまた1人、コンビニに客がやってきた。男性で年齢は恐らく40代といったところ。短髪で眼鏡、それも緑色のフレームで奇抜な色だ。服装の1つずつをつまんでいけば、それほど変わったモノは無いのだが、1つになったらここまで気持ち悪いものかと思わせるほどの違和感を背負って現れた男に、身構えずにいられなかった。
人を見かけで判断してはいけないことは人より分かっているつもりだ。それでも身体が硬くなった、ということは、これは生物の本能と言っていい。
こういう「ヤバそうな客」は、見過ぎてもいけないし見なさすぎてもいけない、ほどよく監視しながら、威圧感を与えないことが重要だというのが先輩からの金言。とりあえず「おつまみさん」に動きは無い。とりあえず、彼に集中するとしよう。
グリーンフレームのメガネだから、さしずめ「グリフレさん」といったところか。さて、タバコの残量を確認するふりをしてグリフレさんの観察開始だ。こんなふざけた名前を考えていられる程度の時間はコンビニに居るということは、お目当ての商品はそんなに決まっていないと見える。カゴも持たずにウロウロしているのが、更に不気味さを増している。考えれば考えるほどヤバい人になるグリフレさん。あの人、雑誌売り場をチラ見しながら飲み物の棚の段1つ1つに因縁を付け始めた。背後を見せている今がチャンスだ。じっくり観察できる。後ろポケットにナイフを隠し持っていないか、カッターナイフの可能性だってある。もしかしたら「チャカ」か?創造力の豊かさはこういうときに役立つ。実は、グリフレさんは万引きかも知れないという線はこの時点で無くなっていた。あの風体の感じで、こそこそとした万引きなんてするはずが無いという確信があった。グリフレさんはそんな小っちゃい男じゃ無い。
すると突然コッチを振り返る。急いで視線を外して、冷静を装う。そこから完全な監視は出来なかったが、どうやらグリフレさんはあれだけ見つめ続けた飲み物は買わず、パンとお弁当が並ぶ棚に移動したようだ。そして視界に入ってきたときには小さなお弁当を抱え持っていた。小腹が空いたから来たのか、それとも極度の小食なのか、グリフレさんは謎に包まれた男だ。そしてレジに近づいてくる。恐怖と興奮から声がうわずらないように気をつけていると、グリフレさんはレジをスルーしておつまみコーナーへと向かった。ついに「グリフレさん」と「おつまみさん」のご対面だ。
相変わらずおつまみさんの不動の構えは衰え知らずだ。両腕を堅く組んで仁王立ち。すこし風格が増したように感じる。一方グリフレさんはおつまみさんをチラチラ見ながら、おつまみを2,3、素早く選んでレジに持ってきた。
遂にグリフレさんと相見える時が来た。彼が店に入ってきたときから宿命づけられた戦いだ。小さなお弁当とおつまみが2つ。おつまみの1つは返してきたようだ。ちなみにおつまみは同じ種類が2つ。意外にも律儀な男のよう。まずはお弁当をレジに通し、「暖めますか?」の常套句をお見舞いした。これでグリフレさんの声が聞こえるはずだ。
しかし彼はその思惑を上回ってきた。手を横に振って、不必要の意思表示をしてきたのだ。これは予想外だった。「えっ?」と言いそうになるところをぐっと我慢して、次の作戦に出る。買い物袋はお持ちですか?というこれまた常套句。第2の矢が放たれた。するとグリフレさんは、もう一度手を横に振った。また声が聞けずじまいだった。こうなったら3の矢投入。ポイントカードの確認だ。どうせ今回も同じ形でノーサンキューが帰ってくるかと思った。しかし、グリフレさんはひと味違う男だ。
「持ってます。」
やっと声が聞こえた。しかしその歓喜よりも別の感情が先に心を支配した。驚きだ。あまりにも、あまりにも小さくか細い声だったのだ。まるで起きたての子猫のような声だった。思わず開いた口が塞がらない。マスクをしていて助かった。それに追い打ちを掛けるグリフレさん。
「あの、やっぱりお弁当暖めて下さい。すみません。」
あのグリフレさんが「すみません」なんて、信じられなかった。今日初対面のオッサンに何を期待しているのかはさておき、高まった期待感に支配された状態であの声を聞くと、どうしても動揺してしまった。すこしテンションダウンして、お弁当を暖める。お金は電子マネーで支払ったグリフレさん。現金で支払って欲しいなんて、口が裂けても言えない。失望の中、電子レンジに慰めて貰っていた。
いや、チョット待てよ。もしかしたら、今までの行動は全て演技かも知れない。今、電子レンジを見つめている形だが、グリフレさんの方を振り返ると何か武器を構えているかも知れない。あの細い声も全部演技で、油断させようとしているのかも知れない。もしそれが本当なら、今とんでもないピンチだ。振り返ることも容易ではない。「ヤバい」。この文字が心の中の壁に殴り書きで増え続けていく。
「あの・・・。」
また細い声、グリフレさんだ。簡単に振り向いたら一巻の終わり。ここは素早く、一瞬で身を翻して逆に威圧するしか無い。そして行動に移した。作戦通り、グリフレさんは少し仰け反ったが、その手に、未だナイフは持っていない。間に合った。そう思った次の瞬間、
「あの・・・、チョット良いですか・・。」
前にも増して小声。グリーンフレームが鈍く照明に照らされている。ただもう騙されないぞ。あの小声を真に受けてこっちが顔を近づけたら、首の後ろを捕まれてレジ台に顔面をバーン!こっちの鼻血が止まらないのを全く気にせず、「金を出せ!」といったところだろうが、そうはいかない。こっちは敢えて胸を張って、いかがなさいましたか?と堂々として立ち向かった。そしてグリフレさんが話し出したが、また小声だ。だが、その内容は全然小さくなかった。
「あの、おつまみを選んでるお客さん。もしかしたら、万引きしてるかも知れません・・・。」
遂に他人までけなし始めた。このグリーンフレームは悪い奴だ。だが、彼の言い分を全て聞けるくらいには、心の余裕がある人間だと自負している。もう少し、聞いてあげるとしましょう。発言の真意を問いただした。
「僕が入ってきたとき、あの人缶ビールを持ってましたよね?でも、今何も持たずに腕を組んでるでしょ?さっき、僕がおつまみのコーナーに行ったときに気付いたんですけど、その辺の棚に缶ビールが置かれている様子は無かったし・・・。考えすぎですかね?」
グリフレさんが自分のことを「僕」といったことにとりあえず引っかかったところで、話の内容に注意を向けてみる。確かにそうだ。あのぬるくなったであろうビールを持っているのが特徴のおつまみさん。しかし目を向けたときに、堅く両腕を組んでいるのは確かに確認している。グリフレさんに夢中になっているその隙に、おつまみさんが何をしているかなんて分かりようが無い。ただこのグリフレさんの話を全く信じないというのも、グリフレさんのファンクラブ第1号入会、第1号退会の自分には出来なかった。
しかし、おつまみさんが如何に怪しかろうと、いきなり呼び立てて「貴方万引きしましたよね?」と言えるほど、未だ人間は出来ていない。どうするか・・・。とその時、電子レンジが仕事を終えた。正直今はお弁当なんてどうでも良かったが、一応店員としての義務を果たしておくとしよう。
すべき事を終えて、後はグリフレさんを送り出すだけ。なんだか不穏な空気を残して帰るグリフレさん。しかし、そこで終わらないのがグリーンフレームたる所以。
「あの、この缶コーヒー下さい。」
グリフレさんが手に取ったのは、レジ横にあるみたらし団子の横に置いてあった缶コーヒーだ。なんでこんな所に缶コーヒーを置く必要があったのかは1回電子レンジに入れておいて、最低限の提案だけしておくとしよう。用は、その缶コーヒーは冷えても無ければ温かくも無い。常温のコーヒーだ。
「それで良いです。ありがとございます。お願いします。」
最後まで、か細い声を貫いたグリフレさん。ここから違うコンビニに行って強盗でもするのだろうか。「ありがとうございました。またお越し下さい。」というまたもや常套句だが、今度の「またお越しください。」は、恐らく今後出ることの無い心の底から出た気持ちを載せた言葉だった。少し会釈して、自動ドアの向こう側に消えていった。
凄い疲労感だ。実際に拳を交えてはいないものの、お互いの精神がボコボコと殴り合っているような感覚だった。すこし、甘いものを食べたい。そんな欲求が湧き出てくる。
深いため息をついた僕を気遣ったのか、おつまみさんが何も持たずにレジまで来た。おそらく彼が最後だ。全身全霊でお相手しよう。しかし、意気込みの強さから生まれる覇気に押し負けたのか、おつまみさんはこちらをちらっとと見て、何も持たずに外へと出て行った。あれだけ長く居たのに、何もかわないなんて薄情な客だ。しかし礼儀は欠かさない。グリフレさんに送った言葉と全く同じ文言を、全く異なった感情を載せてお見舞いした。去り際の背中を睨み付けながら。
つまらない時間だと思ったが意外にも楽しめた。そう思ったが、天は未だ飽きが来なかったようだ。
出て行ったおつまみさんの横から、缶コーヒーを持ったグリフレさんがひょこっと出てきて、ドン!とぶつかった。動きから見て、恐らくわざとだろう。
「すみません!お怪我はありませんか?」
やっぱりか細い声のグリフレさん。おつまみさんの服にはコーヒーがこぼれた事によるシミが大きく目立つ場所にあった。グリフレさんは、缶コーヒーを開けた状態で、わざとおつまみさんにぶつかったと言うことだ。まさか・・・。
「汚してしまってすみません!クリーニング代出しますから!」
そう言いながらグリフレさんはおつまみさんの服を、なぜか持っていたハンカチで拭きだした。「モウ大丈夫だから」とおつまみさんはどこか不満げ。
ここから見て分かる。グリフレさんはわざとコーヒーをおつまみさんの服にぶちまけて、その汚れを拭くのを装って万引きした商品を探そうとしている。やはりグリーンフレーム、侮れない男。
「これ、なんですか?」
グリフレさんはおつまみさんがの腹部に堅くて丸い円柱形の物体を見つけ、おつまみさんの頭がガクッと下がった。グリフレさんがおつまみさんの背中にそっと手を当てて、こちらを見て手招きしている。
グリフレさん。実に興味深い男である。
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