妹は天使 sideエヴァン
エヴァンの溺愛しすぎ&過保護理由について
side エヴァン
「…なんだって!」
留学先に邸から届いた手紙を読んだ私は、思わず目の前の机を叩き席を立った。
手紙には、妹を第二王子の生誕祝いへ連れて行く事が書かれていた。
よりにもよって、私が留学している時に…。
それも今は試験期間中。
生誕祝いの日は試験と被っているので外出許可も下りない。
「…今までエイミーはお茶会にも出ていなかったので油断した。愛しのエイミーに悪い男がついたら…」
私はすぐにエイミーに手紙を書いた。
本当なら私が一緒に着いて行きたかった事、王城では両親の傍から決して離れない事、必要以上に男と話さない事…それから…。
遡ること10年前。
母上が第二子を授かり、父上も家令も私に構ってくれなくなり、このまま自分は忘れ去られてしまうのかと不安だった私は、もうすぐ生まれてくる弟か妹を妬ましく思っていた。
母上が産気づき、いよいよトルストイ家に第二子が誕生する時。
父上は母上に付き添っていたが、僕は部屋に引き篭もっていた。
両親の寝室から僕の部屋は近い為、母上のお産で苦しむ声が聞こえる。
すぐに産まれるものだと思っていた僕は、時間が経っても母上の苦しむ声しか聞こえなくて、部屋から出て寝室の扉を少し開けた。
ーーその時、僕が来るのを待っていたかのように赤子が産声をあげた。
「よく頑張った!見てごらん、可愛い女の子だ!」
父上が赤子を抱き、母上に見えるように近づいた。
僕は部屋に戻るため扉から離れようとしたら、扉の近くに立っていた執事にバレてしまった。
「ぼっちゃま、旦那様と奥様の元へ…」
「見て、エヴァン。あなたの妹のアミーリアよ」
執事の声に気づいた母上が呼んだので、僕は渋々と部屋に入り母上に近づいていく。
父上から母上の元へ移された赤子が僕の目に映る。
そして、僕は初めて天使と呼べる存在に出会った。
全体的に柔らかそうな肌、僕を見つめる大きな潤んだ瞳。
その姿を見て、アミーリアが生まれてくる前に感じていた感情など消え去っていた。
「可愛い…僕の妹…アミーリア」
アミーリアが生まれてから、何をするにも傍にいた。
初めてアミーリアが喋った言葉は「にーに」だ。父上の悔しげな表情は忘れられない。
アミーリアは花が好きで、よく私に花の名前を聞いた。私はアミーリアに質問された時、答えられない花がないように勉強した。
父上でもなく母上でもなく、私を頼ってくれるのが嬉しかった。
この時の私は、妹を甘やかすばかりの無知な子供だった。
ーーあの出来事が起こるまでは…。
よく晴れた日の午後、アミーリアは近くの森に行きたいと言った。父上から、子供だけで森に行ってはいけないと言われていたので最初は止めた。
「エイミー、森へ行くのは父上がいる時にしよう」
「いや!もりにはきれいなおはなやちょうちょがいるってきいたの」
「家にも庭園があるだろう?」
「おにーさま、おねがい!すこしだけでいいの」
アミーリアのお願いに弱い僕は承諾してしまった。
「んー、じゃあ少しだけだよ?」
「うん!ありがとう!おにーさまだーいすき!」
使用人に見つからないように裏口から出て、僕とアミーリアは森へ向かった。
「絶対、僕の手を離したら駄目だよ」
アミーリアの小さな手を握り、森の入り口近くの花畑に足を踏み入れた。
そこには、邸の庭園にある花よりもたくさんの種類の花が咲いていた。
「わぁ…!すてき!おにーさま、みてみて!おはながいっぱい」
アミーリアの満面の笑みを見て、連れて来て良かったと思った。
「あ!ちょうちょ!」
その時、蝶々を見つけたアミーリアが僕の手を振り払い、蝶々を追って森の奥へ走っていく。
「エイミー!待って!そっちは行っちゃ駄目だ!」
急いで後を追うが森の木々が邪魔をしてなかなか追いつけない。
とうとう姿が見えなくなり、見失ってしまった…。
「エイミー!どこにいるの?返事をして!」
僕は焦っていた。
すぐに帰るつもりだったのに森の奥へ入って来てしまい、しかもアミーリアを見失ってしまった。
あの時、しっかりと手を握っていれば…。
いや、それよりも前にエイミーに請われた時、きちんと止めていたら…。
「エイミー!エイミー!」
声を張り上げ、何度もアミーリアの名を呼び続ける。
すると、すぐ近くでアミーリアの悲鳴が聞こえた。
「きゃーーーーーー!」
悲鳴が聞こえた方向に走って向かった先には、探していたアミーリアがいた。
だが、いたのはアミーリアだけではなかった。
アミーリアと対峙しているものを見て、僕の顔色は真っ青になった。
ーー野生の狼がいたからだ。
アミーリアはその場にへたり込んで、目を潤ませながらガクガクと震えている。
僕の足も情けない事に震え、地面に縫いつけられたかのように動かない。
そして、ついに狼はアミーリアに牙を向いた。
「おにーさまぁ!」
襲い掛かられる瞬間、アミーリアは僕の姿を捉えたのだろう。僕の元へ走り寄ろうとして狼に背を向けた事で、狼に服の襟首を咥えられ引きずられた。
「…だ、誰か……誰か助けてっ!」
こんな森の中誰かがいるはずもないのに、僕は助けを求める事しか出来なかった。
バーーーーーーーーンッ
森に響く銃声の音。
恐る恐る音のした方に目を向けると、白髪混じりの体格の良い男性が銃を構えて立っていた。
次いで妹へ目を向けると、狼の下敷きになって倒れている。
僕は動かない足に鞭を打ってアミーリアに駆け寄った。
「エイミー!しっかりして!」
なんとか狼の下から引き摺り出し、軽く揺さ振りながら声をかけるが一向に目を醒す様子はない。
…もしかして……死っ…。
「…気絶してるな」
いつの間にか近くに来て、アミーリアの状態を観察していた男性が呟いた。
「あ…あなたは…」
「俺は猟師のジョナスだ。…普段は狼もこんなところまで出てくることはないんだが、森の食糧難でごく稀に降りてくる事がある。子供2人で来るような場所ではないから、早く帰った方がいい。…家まで送ろう」
ジョナス…さんはアミーリアを見た後僕を見て、僕がアミーリアを背負って歩く事は困難と判断し、アミーリアを背負うと森の入り口ーー元来た道ーーへ向かって歩いていく。
暫く歩くと森を抜けることが出来、見慣れた道の先に邸が見えてきた。
「あそこが僕達の邸です。」
「…そうか、トルストイ家の御子だったのか。身なりの良い格好をしているから貴族だとは思っていたが…」
邸へ近づくと、邸の門の前に母上と執事達の姿が見えた。
僕達の外出がバレて心配をかけたみたいだ。
「エヴァン!アミーリア!」
母上が僕達の姿を捉え、駆け寄ってくる。
ジョナスさんはアミーリアを執事に預け、その場を去ろうと背を向けた。
僕はまだ彼にお礼を言っていないことを思い出し、彼の背に向かって慌てて声をかけた。
「ジョナスさん!本当にありがとうございました!この御恩は必ず…!」
ジョナスさんは僕達に背を向けたまま一瞬立ち止まり、振り返らず片手を挙げて返事をした後去って行った。
この後、アミーリアは3日程寝込むこととなり、僕は帰宅した父上にこっぴどく叱られた。
この出来事から、妹を甘やかすばかりではなく時には厳しくーーただし嫌われない程度にーー過保護にもなった。
アミーリアも幼いなりに考えるところがあったのか、あまり我儘を言わなくなり、淑女としての勉強に勤しんだ。
前半の一人称が私で、後半の一人称が僕なのは、15歳の現在と10歳の過去で使い分けてます。