庭園でのお茶会
陛下への挨拶が終わった後、お父様はラティッツェ侯爵にご挨拶に行かれると仰り、私とお母様は王城の庭園で催されるお茶会へと赴きました。
そこには、私と同じくらいの年齢の子供達がテーブルを囲っていて、その中にはアーネスト殿下もおられました。
奥には子供達の母親と思われるご婦人達がテーブルを囲っています。
お茶会の目的はアーネスト殿下のご友人作り。大人は大人同士、子供は子供同士でということでしょう。
ここで殿下と友人になれれば、将来殿下の側近や婚約者になれると考える者が多いためか、早くも殿下の周りにはたくさんの人で溢れ、近づけそうにありません。
私はお母様と別れ、近くの席に着きました。
席に着くと王城仕えの侍女がティーカップに紅茶を注ぎます。
ティーカップを手にとり、口元に近づけると一番摘みの清涼感のある香りが鼻をくすぐりました。
「ネフロムのダージリンかしら」
ぽつりと呟いた時、隣の席にどなたかがいらっしゃいました。
「ここ座ってもいいかな?」
そう言って私にお聞きになられた方はフィンリー様でした。
「はい」と返事をし、ちらりとお隣に座られたフィンリー様を覗き見ました。
ユリウス様によく似た黒髪と黒い瞳。まだ少し幼さの残る端正な顔立ち。
1つ1つの所作がとても綺麗で、隙がありません。
「先程父に紹介してもらったけど、改めて。僕はフィンリー・フォン・ラティッツェ」
「…あ、アミーリア・ルナ・トルストイと申します」
私の方に顔を向けられ、見ていた事がバレていなかったかと動揺してしまいましたがご挨拶申し上げました。
「アミーリア嬢は紅茶がお好きなのですか?」
"どうして"と思った事が顔に出ていたのでしょう。
「香りを楽しみながら飲まれていたので、お好きなのかなと思いまして」
私がお返事をする前に質問なされた理由をお話になりました。
「フィンリー様の仰る通り、好きです」
微笑みながらお応えすると、フィンリー様は面食らったようなお顔をされました。
暫く見つめていると我に返ったように、
「僕も……僕も紅茶がとても好きなんだ」
と素敵な笑顔で笑いかけてくださいました。
それからは紅茶がきっかけで会話が弾み、お互いの趣味などについても話したりと楽しい時間を過ごしていました。
そんな時間もフィンリー様のご友人が来られた事により終わりを迎え、私は庭園のお花を見に行こうと席を立ちました。
庭園には色とりどりで様々な種類のお花が咲いていて、特に薔薇のアーチは見事でした。
庭園を見て回っていると、木の陰にしゃがみ込んでいる男の子を見つけました。
私はご気分でも優れないのかと急いでそちらに向かいます。
「大丈夫ですか?」
声をかけるとその男の子はビクッと肩を震わし振り返ります。
振り返った男の子の顔を見て驚きました。
なんと先程までたくさんの方々に囲まれていた第二王子殿下だったのです。
「き、君は…?」
殿下は酷く怯えているご様子で、顔色が真っ青でカタカタと震えていました。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私、アミーリア・ルナ・トルストイと申します」
両手でスカートの裾を持ち深々と頭を下げ丁寧なカーテシーでご挨拶いたします。
「体調が優れないようでしたら人を呼んで参りますが…」
「………」
無言を肯定とみなし、人を呼びに行こうと踵を返すと
「…待って。体調が悪いわけじゃないんだ」
様子を窺うようにぽつりぽつりと話し始めました。
「父上は、僕に友人を作るようにと仰って場を提供してくれたけど…たくさんの人を前にすると、恐くなって何も話せなくなるんだ。…王子という立場でそんな事ではいけないとわかってはいるんだけどね」
しょんぼりと俯きながら話すお姿が、私の目には可愛く映りました。言葉にしたら不敬だと言われるかもしれませんので、胸の内に秘めておきます。
「兄上はとても優秀で僕はいつも比べられてきたから、本当は僕の事はどうでもよくて僕を通じて兄上に近づきたいだけなのではと邪推してしまう…」
「恐れ入りますが、発言をお許し願えますでしょうか」
殿下が頷くのを確認し、私は思ったことを述べようと思いました。
「殿下はご自身の事を卑下しすぎている気がいたします。ウィリアム殿下と比べられていると仰られましたが、1番ご自身が意識なされているのではないでしょうか。ウィリアム殿下はウィリアム殿下でアーネスト殿下はアーネスト殿下。違う人なのですから、得手不得手もそれぞれあるのだと思います。それから、人を疑う事は王族にとって必要な事とは思いますが、全ての人を疑ってしまっては疲れてしまいますよ」
早口でそう言い切ってから気付きました。
私、殿下相手にとんでもない事を言ってしまったのでは………。
身分も弁えずなんということを、と頭を抱えていましたら
「……そんな風に言われたのは初めてだよ。そっか…アミーリア嬢、感謝します」
…殿下から感謝のお言葉を賜りました。
殿下の顔色はすっかり良くなっておられるようで、憑き物が取れたかのように晴れ晴れとなされていました。
「それで…あの…アミーリア嬢がもし良かったらなんだけど…」
「はい、殿下。なんでしょう?」
言いにくそうにされている殿下を不思議に思いながら、話の続きを待ちます。
「…僕の友人になってくれないかな」
「ええ、もちろん。私で宜しければ是非お願いしたいですわ」
私は満面の笑みでお応えしました。
お父様、私本日の任務達成しました!
殿下はお茶会が終わる前まで私と庭園で、最近の流行りについてや殿下の兄君のウィリアム殿下についてをお話しになられました。
殿下はウィリアム殿下に引け目を感じておられましたが、尊敬出来る方だと、自分は兄上が大好きなんだと伝えてくださいました。
殿下との会話が終わった私は、両親の元へと戻り陛下に挨拶を済ませ帰路につくことになりました。
帰りの馬車は両親と共に乗り、お父様とお母様に殿下とご友人になれたことを伝えました。両親はとても喜んでいました。
そこでふと私は気づきます。
…私、女の子の友人が1人も作れませんでした!
今日お話出来たのは、フィンリー様と殿下のお2人だけ。フィンリー様に関しては、楽しく会話させていただけましたけど"友人"と呼んでいいのかもよくわかりません。
少し残念に思いますが、今後増えていくであろう社交の場で、話の合う女の子の友人を作れればいいなと思います。
オドオドして可愛らしい殿下、アミーリアに喝を入れられる。
要約すると「うじうじするな、しっかりしろ」だ。
気位の高い王族なら不敬と言われていたかも。
優秀な兄を持つと弟は苦労する。