容赦無くホモになる薬
誰も居ない所でティッシュを準備してお読み下さい…………
俺の右手には露店のババアから買った怪しい薬が握られている。その名も惚れ薬ならぬ『惚モれ薬』だ。
「……本当に効くのか?」
俺は半信半疑の眼差しを薬の入った小瓶に向けつつ、野心を剥き出しにしていた。
(男同士がくっつけば、必然的に女子は俺を選ばざるを得ない……!!)
消去法を悪用したやり方だが、効果は確実だ。背に腹はかえられない故に女子は必ず俺を選ぶ事だろう。今から楽しみで仕方ない。……勿論コレをするからには目的がある。クラスのマドンナである佐倉菜々子ちゃん(幼馴染み←ココ重要)を俺の物にするためだ!!
俺はこっそりと飴に一滴垂らし、クラス一の秀才野郎とクラス一の醜男に飴をくれてやった。
(キシシ……!)
俺は席に戻り寝たふりをしながら二人を観察した。
―――チラッ
―――チラッ
お互い見つめ合う二人。ホモ同士は惹かれ合うのだろうか、以心伝心の様相で同時に席を立つと、二人は男子トイレへと消えていった…………
(―――YES!!)
俺は心の中で盛大にガッツポーズを決めた。さて、次はどいつをホモテラスにしてくれようか……
―――ドンッ
背中にぶつかる感覚で咄嗟に振り向くと、そこにはクラス一暗い女子でダントツの不人気な米倉由紀がいた。
(…………)
米倉は無言で通り過ぎると廊下へと消えていった。
(相変わらず気持ち悪い奴…………)
俺は気を取り直し飴に細工をし、いけ好かないクラスの男子共に声を掛け飴を配った。
時が経ち、気が付けば男子トイレはハッテン場へと進化して、石をひっくり返した時にウジャウジャといる虫みたいになっていた。
ノンケの俺はクラスの女子から話し掛けられる事も増え、クラスで平然とゲイ雑誌を読むホモ野郎共は軽蔑の眼差しを向けられている。菜々子ちゃんも最近俺とよく話してくれる……そろそろ頃合いかもしれない。
「なぁ!? 最近クラスの女子がやたら俺に話し掛けてくるんだけど、俺にもついにモテ期が来たのかな!? なぁ!?」
隣の席で燥ぐ生き残りの醜男どもが何を勘違いしたのか舞い上がっている。
「俺、桜子ちゃんに告っちゃおうかな!? かな!?」
クラスでは可愛い方の分類に入る東根桜子。まぁ、可愛いと言っても菜々子ちゃんの足下には到底及ばないけどね…………
(……成果を試すチャンスだな)
「決めた! 俺、放課後告白する!!」
そして俺はこっそりと、そいつの後をつける事にした……。
「桜子さん! 俺と……俺と付き合って下さい!! お願いします!!」
夕方の校舎裏でバッとお辞儀をし右手を桜子ちゃんに差し伸べる醜男。桜子ちゃんはオロオロした様子で醜男を見ている。
(今だけはヤツを応援してやる……!! 成功しろ!!)
しかし、答えは意外なものだった―――
「私……男の人に興味無いの。ごめんね?」
膝から崩れ落ちる醜男。とりあえず貴様は用済みだ。帰りに車に轢かれるが良い。
(……男に興味が無い?)
…………
………………!!
俺は嫌な予感がして菜々子ちゃんがいる教室へと向かった。今ならまだ残ってる筈だ……!!
「な、菜々子ちゃん……!!」
「な、なぁに……?」
俺の焦りきった顔を見て驚く菜々子ちゃん。おっといけない、事は冷静に進めなければ……。
「へ、変な事を聞くようだけど……な、菜々子ちゃんの好きなタイプってどんな人?」
「えっ!?」
「い、いや……聞いてきてくれって頼まれちゃってさ、ハハ……」
「……優しくて包容力のあるお姉さんが好きかな。お嫁さんになりたい」
「―――い、いや……好きな男のタイプ……は?」
「……え?…………ゴメン。男の人はちょっと……」
俺の中で何かが音を立てて崩れる様な感覚に襲われた―――!!
(そ、そんな……!!)
そしてその時、スッと消える様に廊下へと姿を引っ込めた人影を俺は見逃さなかった。
―――ダダダダダ!!
俺は教室を飛び出し人影を追った!
そして逃げる肩を掴み、強引に振り向かせたその顔は……米倉だった。
「何故逃げる!! さてはお前何かしたな!?」
「……『何かした』ってどう言う事かしら?」
俺は言葉に詰まった。
まさか自分からホモになる薬を使ったとは言える訳が無い!!
「……ふふ」
「何が可笑しいんだ!?」
不敵に笑う米倉に俺は焦りを覚えた。あの顔は間違いなく何かしでかした顔だからだ!
「貴方と同じよ?」
「―――!!」
俺は己の悪事を見透かされた事に大いに焦りを感じた。その上で奴は俺と同じ事をしたと言う―――まさかやはり!!
「……そう。惚れ薬ならぬ『惚れズ薬』を使ったのよ……ククク」
そう言って眼鏡と白髪のウイッグを被り怪しい小瓶を振る米倉。その姿はまさに俺が惚モれ薬を買った老婆に瓜二つであった!!
「あのババアはお前だったのか!!」
「そうよ? 貴方は全て私の手の中で動かされていたのよ?」
俺は愕然とした…………が、同時に疑問が浮かび上がる。
「一体何の為に……?」
「だから、貴方と同じだってば……!!」
「―――へ?」
「………………」
俺は理解に苦しんでいた。つまり……どう言う事!?
俺は消去法でモテたくてクラスの男子達をホモに……。
米倉も消去法でモテたくてクラスの女子達をレズに……?
え?
でも男子達は既にホモに……
―――!!
俺がハッとして米倉の顔を見ると、米倉の顔は見る見るうちに赤く染まっていくのが分かった。
「お前俺の事が好きなのか!!!!」
「そ、そんなに大きな声で……言わないでよ…………恥ずかしいな」
モジモジとする米倉に一抹の気持ち悪さを覚えながらも、俺は菜々子ちゃんに振られた理由に納得していた。
「そ、それじゃあ菜々子ちゃんを元に戻せば―――!」
「……どうやって?」
またしても不敵に笑う米倉の気持ち悪く勝ち誇ったその顔を見ると、何となく殴りたくなる衝動に駆られた。
(考えろ俺!! 万が一何かの事故で俺がホモになる可能性もあった筈だ! ……俺が奴なら、俺が奴なら―――!!)
俺は言葉より先に米倉の手に持つ小瓶を奪い取った!!
「―――あっ!!」
「お前ならきっとこうする筈だ!!」
俺は勢い良く走りながら小瓶を開け、ポケットから取り出した飴の一つに雫を垂らした! そして教室に居る菜々子ちゃんの口目掛けて思い切り飴を放り込んだ!!
―――パクッ!
「!?」
驚く菜々子ちゃん。効果は分からないが、後から息を切らしながら必死に追い掛けてきた米倉を見る限り、これが正解の様だ!
「ハハ……ホモとレズは打ち消し合う。俺の勝ちだ!!」
「ハァ、ハァ……!!」
息を切らし廊下の壁にもたれ掛かる米倉を見下しながら、俺は菜々子ちゃんへと近付いた。
「……な、菜々子ちゃん!」
「……なぁに?」
俺はこれから始めてする告白に、胸の鼓動が鳴り止まず胃液が逆流してくるような嗚咽に襲われた。しかし、勝利は確定している!!
「……?」
俺は己を奮い立たせ、思わず呑み込みたくなる言葉を勇気を持って口から羽ばたかせた!!
「好きです! 付き合って下さい!!」
「無理ですごめんなさい」
ソレはまるでボクサーのカウンターパンチだった。殴ったと思った瞬間殴られていた……!
「―――え?」
俺の脳は理解を拒み、現実を拒否し、理性を失わせ様としていた…………
「う、ウソだろ菜々子ちゃん……!?」
「ごめんなさい……あなたの事は『良い人』だと思うけど……ごめんなさい!」
―――タタタタタ……
カバンを手に取り逃げる様に去った菜々子ちゃん。教室に残された俺の耳に、時計のカチカチという音だけが無慈悲な現実を思い知らせる。
ゆっくりと俺は廊下にへたり込む米倉の方を見た。
「一丁前に泣いちゃって……バカみたい」
「お前と同じだよ……」
流した涙をお互いに貶し合い、俺は項垂れるように菜々子ちゃんの温もりが残る椅子へと座った。
「ハハ……ハハハ……!! 好きな人に振られるのってこんなに痛いのな、米倉!」
「アホね。その痛みすら仮初めなのにまだ気付かないの?」
俺は胸を押さえ米倉を見た。この痛みが『仮初め』だと……!!
「貴方……あの子の何を知ってるの?」
「なっ! クラス一のマドンナだろうが!!」
「兄弟の有無は?」
「…………」
「あの子の好きな俳優は?」
「…………」
「好きな食べ物は?」
「………………」
「落ち着く瞬間は?」
「…………ぃぃ……」
「理想の家庭像は!?」
「……もういい!!」
米倉を遮る俺の声が、静寂の教室に木霊する。
「……貴方は『クラス一のマドンナ』に憧れを抱いていただけなのよ…………」
米倉は廊下の窓ガラスの先をポツンと眺めるように、達観した表情で俺を見透かした……しかし俺は……俺は……!!
「……俺の……誕生日は?」
「11月3日」
「……俺の兄弟は?」
「下に三つ離れた弟が一人」
「……俺の好きな食べ物は?」
「カレーと唐揚げ。それと最近は抹茶アイスが意外に美味しい事に気付いたのよね?」
「……俺の好きなタイプは!?」
「割と可愛い系が好き。それと好きな子の私物を欲しがる悪い癖がある」
「俺の昨日の晩ご飯は!」
「ガーリックライス。ハッキリ言って今でもニンニク臭いわ」
「この前の数学のテストの点数は!!」
「私が78点、貴方が42点よ。もう少し勉強なさい」
「俺の親父の出身校!!!」
「東第三西北南高校を……中退。その後地元の建設会社に拾われる形で勤め、今では現場監督と後輩の育成に力を注ぐ素晴らしい人物よ」
「俺が生まれた時間と病院と病室と先生!!!!」
「4:20。東総合病院産婦人科の八人部屋の101号室。先生の名前は嘉成辺態先生……夜明けの太陽が眩しかったから、両親は貴方に『旭』って名前を付けたのよ?」
「お前は俺のストーカーかよ!!!!」
「恋する乙女の爆発力を侮らないで欲しいわね……旭君♪」
「…………でも……でもお前は米倉だろうがよ……!」
「そうね。きっと貴方は私を好きになってくれないわね……」
遠く空を見る米倉の顔は見えないが、きっと悲しみに満ち果てているだろう。菜々子ちゃんをよく知りもせず玉砕した俺ですらこのざまなのだから、俺を知り尽くした米倉はきっと…………
「誰も気付いてくれないけど、私は見ていたわ」
「…………何をだよ」
「モテようと一生懸命勉強したけど微塵も成果が振るわず、結局勉強してないフリをしてたこと……」
「…………!」
「こっそり捨て犬を保護して公園で飼おうとしたけれど、やり切れなくて近所に飼える人が居ないか一軒一軒聞いて回っていたことを……」
「…………!!」
「親と喧嘩して家出して公園に逃げたけど、そこには同じく家出した子どもが居て、「お母さんが心配するから帰るんだぞ?」って諭したこと……」
「…………!!!」
「そして、私の姉がクラスメイトに「ブス」と言われ虐められていた時、貴方は迷い無くいじめっ子をぶん殴ったわね……」
「…………!!!!」
「勉強の成果はキチンと出ていたわ。今まで勘で答えてた場所が外れたから点数は変わらなかったけど、今まで出来ていなかった所が出来たのだから、効果はあったのよ?」
「……知るかよ」
「ベスは元気よ? 今でもウチで吠え回ってるわ♪」
「……あそこお前の家だったのかよ…………」
「そして、弟は家出から戻ると母に「ごめんなさい」と一言。それからはあまり反抗的な態度は取らなくなったわ」
「……アイツ弟だったのかよ……」
「そして、姉は……貴方に今でも感謝しているわ。今では素敵な人と巡り会って上手くいっているみたいよ?」
「お前の姉ちゃんは子ども向けの顔じゃないだけなんだよ……」
「ただ……私だけは救われなかった…………」
米倉が立ち上がる音がした。俺はゆっくりと首を起こし、精一杯の気力で米倉の方を見る。
「ふふ、ごめんなさいね。何だかスッキリしたわ」
「…………」
その目から絶え間無く零れ落ちる涙を袖で拭きながら、米倉は精一杯の笑顔を俺に見せてくれた。やけに見える八重歯が特徴的だったが、不覚にも俺はその笑顔を『気持ち悪くない』と思った。
「じゃあね……」
「……待てよ米倉」
―――タ……
歩み出した米倉の足がピタリと止まった。その姿は教室の壁に阻まれ見ることは出来ない。
「勉強……教えてくれないか? 俺より点数良いんだろ……?」
「―――!」
「ベスも……久々に会いたいな……」
「―――!!」
「弟……あの時はサッカーボールをねだって喧嘩になったんだよな? 今でもサッカーは好きか?」
「……ええ、今ではサッカー部のキャプテンよ」
「米倉もきっとお姉さんに似て綺麗系な大人になるんだろうな」
「そうありたいけど、そうなったら可愛い系が好きな貴方とは……」
「米倉」
「な、なに?」
俺はゆっくりと席を立ち上がると、壁の向こうへ『応え』を返した。
「と、友達から……ってのは…………その……」
「―――!!!!」
―――ダダダ!!……ズテッ!
「お、おい! 大丈夫か!?」
派手に転んだ米倉の手を掴みゆっくりと引き起こす。鼻を強く打ち赤く腫れ上がっているわ涙で顔はグチャグチャだわ正直前言を撤回したい気分だった…………
―――ガバッ!!
そのまま捕まるように俺の胸に飛び込んできた米倉。正直、止めて欲しいな…………
「ありがどう……! ありがどう…………!!」
「分かった、分かったからとりあえず離れような? な?」
へばり付く様に離れない米倉を鬱陶しく思いながらも、内心『悪くないな……』と心の何処かで感じていたことは、内緒だ!!
読んで頂きましてありがとうございました(*'ω'*)
『例え交差点の真ん中で一瞬だけすれ違う様な出会いでも、確かに貴方はそこに居た』
by しいたけ




