~絶対にヒロインにならない、ある令嬢の婚約破棄物語~
初めて投稿します。
誤字脱字、おかしな表現等ありましたら、なんなりとご指摘下さいませ。
よろしくお願いいたします。
「アリステア・ロック・フィールド!貴様との婚約を直ちに破棄する!」
来たわね…。
分かってはいても、想像と実際に耳にするのとでは、その緊張感も緊迫感も何もかも違う。
―断罪なんて、させないわ!
会場に響き渡る、その台詞を耳にした瞬間。
私のテンションは軽く限界突破し、
声の主である第1王子を、キッと睨み付けていた。
―この私、ミーシア・スタンフィールドが断罪なんて絶対させない!
一世一代の大勝負に出ようとしている私の横で、
婚約者であるレオンハルト・ザッカリーが
大きくため息をついていた…。
ある日、大好物のフォンダンショコラに身悶えしていたその時、私は唐突に思い出した。
「あ、これ夢恋ですわ」
それは、私が死ぬ直前までやっていた乙女ゲーム。
それまで全くゲームに興味も無かったのに、
妹に、語れる相手が欲しい!遠慮なく、忌憚なく、思い切り語れる相手が欲しい!と、休日に拉致られ、強制的にやらされたゲームだった。
内容は、とある男爵令嬢が聖属性魔法の使い手と判明し、聖女候補に選ばれる。
その教育の一貫として、高位貴族しか入れない王立エルングスト学園に入学する所から、物語が始まる。
攻略対象である赤王子や、学年一の秀才の青眼鏡、スポーツ全般もってこいの緑騎士、お姉さま受け抜群の桃ワンコ系男子やらと、恋やらお悩み相談やら、なんやかやありながら聖女を目指していく。
そして最終的に、その中の一人と真実の愛で結ばれる―というもの。
―なんじゃこりゃー!
それがゲームを始めた私の第一印象。
誰も彼も顔面が眩しい!
いちいちキラキラしないと、話も出来んのか!
この主人公、他に言葉を知らんのか?
「そんなのおかしいです!」って、おかしいのはお前の頭じゃ!
そして、口から砂糖吐く程あまーい台詞の数々…
と、ゲームをやっている皆様には大変申し訳無い感想しか持てなかった私は、
「ごめんなさい」
と、頭を下げ静かにコントローラーを妹に渡した―
はずだった。
のに、気づけば全ルート、隠しキャラの黒執事まで含めて、全エンド制覇を成し遂げていた。
なぜそこまで出来たのか。それは、
「人心掌握しつつ、使えるコマはモブでも使い倒す、戦略的下克上ゲーム」
と気づいたからに他ならない。
それからの私は、暇さえあれば夢恋をプレイし、まんまと妹の思惑に嵌まってしまったのだった…。
そして、この世界は夢恋に限りなく似ている。否、そのものと言っていい。
偶然にも同じクラスである、第1王子のクリストファー・フォン・エルングスト様、宰相であり、筆頭公爵家子息、ルドルフ・パーミンガム様、騎士団長子息のサミュエル・グスタフ様、魔術師団長子息、ルイス・フォーサイス様…。
ゲームと同姓同名で同じ立場、髪色まで同じ皆様がいらっしゃる…。
更に、煌めく銀髪に深いエメラルドグリーンの瞳を持つ、王子の婚約者であり公爵家令嬢のアリステア・ロック・フィールド様、そして極めつけが…男爵令嬢でフワフワしたストロベリーブロンドに、スカイブルーの瞳を持つ、キャロル・マッケンジー様、のお二人がいること。
言わずもがな、ゲームの登場人物であり、悪役令嬢とヒロインだった…
「なぜ、こんなことが…?」
モグモグと2つ目のフォンダンショコラを堪能しつつ、突然現れた記憶に戸惑う。
異世界転生?なのかしら…。
私にはこれまで生きてきた17年の人生が、しっかり頭にある。
頭もぶつけていなければ、今現在高熱が出る様子もない。
これまで生きてきた人生とは別に、前世?の記憶が突っ込まれてきた様な感じだった。
ただ、一つだけ…
時々レオの顔が眩しくて、見れない時がありましたわよね……?
と、そこまで思い出して、
―こうしてはいられませんわ!
私はフォンダンショコラを美味しく堪能出来るギリギリ最速スピードで平らげると、令嬢としてはしたなくないこれまた最高スピードで、自分の部屋に戻った。
次から次に沸いてくる記憶を、取り敢えず忘れないうちに書き留める。
特に「夢恋」の内容を重点的に書きつづけた。
その記憶が沸いてくる?という現象は、それから5日ほど続いた。
―ふぅ、ひとまずこんなところかしら。
侍女のミラがオロオロとした様子でこちらを伺っている。
あの日、突然カッと目を見開いた後、一心不乱に何かを書きなぐっている私の姿を見続けて、お嬢様ご乱心?となっていたらしい…
実際、旦那様、奥様にお伝えするべきか…と、真剣に悩んでいる真っ最中だった様だ。
「大丈夫よ、ミラ。学園の課題でね、貴族社会における令嬢の嗜みをまとめなさいというものがあったの。
突然内容を思い付いたものだから、忘れないうちにと思って」
いつものおっとりとした、少しぼーっとして見える笑みを浮かべて話しかけると、
分かりやすくホッとしたミラが答えた。
「いえ、それならば宜しいのです。課題が進まれた様で何よりでございます。
何かお飲み物でもご準備いたしましょうか?」
―少し目が疲れたわね。
そう思った私は、ミラにローズヒップのお茶を頼むと、少し休もうとソファに移動した。
記憶を纏めたノートを眺めつつ、お茶で一息つく。
―取り敢えず、今の状況を纏めないと…
この世界がゲームの内容に酷似しているとして、現在の進捗状況を確認する。が、
今正に第1部の終盤、3ヶ月後の卒業パーティーを迎える所まで進んでいた事に気づいた。
この国では学園を卒業した18歳で、聖女判定会が行われる。
間違いがあってはならない為、聖属性の使い手と判明した少女達を国中から一同に集め、1年をかけて聖女試験を行う。
それまでは、今後の王族や貴族との付き合い、マナー等を学ぶ育成期間として学園に通い、基礎を身につける事になっている。
ゲームは2部構成になっていて、現在は本編の聖女試験までにいかに魅力アップするか、攻略対象者達の好感度をどこまで上げられるか、という期間だった。
そして、私はというと…エルングスト王国、5大公爵家の一つであるスタンフィールド家の長女、ミーシア・スタンフィールドである。
肩書きはメインキャラ張りの高位貴族だが、現実はゲームの中でほぼ登場しないモブキャラ…
この国では永年続いた戦争の影響で、男子がいない場合、女子でも長子相続が出来る。私が産まれた後も男子が生まれないため、王子の婚約者候補に上がる事もなくここまでのんびり過ごしてきた。
ん?公爵家後嗣としての勉強について…?
私には幼い頃から決められていた婚約者がいる。侯爵家次男のレオンハルト・ザッカリー様だ。
幼い頃から優秀と噂されていた彼だが、学園入学を期に、その才能が花開いた。座学、剣技、共に上位トップ3を落とさない実力。物腰柔らかく、男女共にぶれない態度。そして、何より輝くグレーの髪に、夕暮れを思わせる赤みががったアメジスト色の瞳と、ダメなところが一つも思い浮かばない、完璧な婚約者様。
そう、あの冷徹で頭脳明晰なお父様に、後継者たらんと認めさせた実力の持ち主なのだ。
そして、なぜか彼には…
「ミーシア、君に僕の剣を捧げるよ。
一生この剣で君を守ると誓う」
と、僅か10歳で騎士の誓いを捧げられていた。
対する私は、何が起きたのかよく分からないまま、
「ありがとう」
とふにゃりと笑って答えた。なんとなく嬉しかったから。
そして、くしゃっと嬉しそうに笑み崩れた顔で、
「僕のお姫様……」
とレオは私の手にキスを落とした―
それからの彼は、気づけばいつも隣にいた。
転んだ時、手を差しのべてくれるのもレオ。
悲しくて泣いてる時、頭を撫でてくれるのもレオ。
そして、いつの間にか、彼は誰もが認める公爵家の跡取り(名目上はわたくしが女公爵となる)という立場にすんなり収まり、その責務を一手に引き受けてくれているのだ。
私も最低限の教育は受けているのだけれど。
―ふぅ、どうしましょう。
レオにも相談するべきかしら。
一通りゲーム内容を思い出した私は、そっとため息をついた。
モブなので、特に私が何かすべき事は無い。
これまでも夜会や茶会でメインキャラ達と交流はあったが、特に親しくなることもなく、ここまできた。
常に私の側にはレオがいた為、話す機会も必要も無かったのだ。
それに、前世の記憶があるなんて、流石の私でもレオに言えない。
ただ…アリステア様は…。
彼女は、悪役令嬢として、卒業パーティーの日に、断罪される運命にあるのだ…。
彼女とは同じ年齢、同じ公爵家の令嬢ということで、何かにつけて比較され続けてきた。
派閥も違っていた為特に交流は持たなかったが、疎い私でも彼女の努力は知っていた。
それはある茶会での事―。
「ミーシア様、今日もお綺麗ですわ」
「今日のドレス、マダム・カリッサのものです
わよね。とても良くお似合いですわぁ」
等々…相変わらずの公爵家に対するおべっかに少し疲れを感じていた時、ふとお一人で移動されているアリステア様が目に入った。
「皆様、わたくし少し気分が優れませんの。
失礼して、レオンハルト様を探して参ります
わ」
わたくしがお呼びして参ります!、お供しますわ!という声を何とか押切り、なんとなくアリステア様の後を追った。
庭園の外れのガゼボまで辿り着いた時、苦しそうに嗚咽を漏らす声と、心配そうに声をかける、侍女と思わしき声が聞こえてきた。
「お嬢様、もうおいとまいたしましょう!
昨夜も王妃教育の復習で遅くまでお休みになっておられません。このままではお体に触ります!」
「いえ、まだクリストファー様がお帰りになられないわ。婚約者のわたくしが、先に失礼するなんて…。それに、王妃教育のせいで体調を崩しているなんて、誰にも知られる訳にはいかないのよ。」
そう言いつつ、嗚咽を漏らす彼女の背中を、侍女が涙目で必死に擦っている。
「シア、僕を探してたんじゃないの?」
「レオ…」
ポンと肩を叩かれて振り返ると、少し呆れた様な目でこちらを見つめるレオがいた。
「あぁ、アリステア様だね…。少し様子がおかしかったから、バートにアリステア様の侍女を呼びに行かせたんだよ。それに、シアが何処かに行くのも見えたからね」
今日のお茶会の主催は、レオの実家である侯爵家。毎シーズン恒例の王国一と呼び声の高いバラ園で開催されていた。
何でもレオの曾祖母様が、各国のバラを集め、この国でも栽培出来るようにしたのが始まりだとか。今ではレオのお母様に引き継がれ、色とりどりのバラが咲き乱れる素晴らしい庭園が出来上がっていた。
いくら自分の家が主催とはいえ、流石レオ。
気づいてたのね…と少し感心していると、アリステア様がこちらを見ているのに気づいた。
あー、見てたのバレましたわね、これ…。
「アリステア様、お加減はもう宜しいの?レオンハルト様にお願いして、お休みになられるお部屋でもご用意頂いては?」
「えぇ、アリステア様。どうかご遠慮なさらず。直ぐにご案内いたしましょう」
すると、すっと背を伸ばし、優雅に立ち上がった彼女はこう言ってのけた。
「まぁ、お見苦しいところをおみせしましたわね、ミーシア様、レオンハルト様。
わたくしは、余りのバラの素晴らしさに近寄って眺めていただけですの。
膝を折って地につけるなど、令嬢としてあるまじき姿でしたわ。
どうかこの事はお忘れになって?」
その心意気や天晴れ!
私には王妃として佇む彼女の姿が確かに見えた、気がした。
「これは失礼いたしました。
そこまでお褒めいただき、我が家の薔薇もさぞや誉れと感じているでしょう。
それでは、お召し物を整える場だけでもご用意いたしましょう」
流石レオ…。何と言うか、何て言えばいいのかしら。
アリステア様は、僅かにホッとした表情で侍女に連れられ、控え室に向かっていった。
侍女はと言えば明らかに感謝の表情を浮かべ、レオに頭を下げ、去っていった。
これが、私達が14歳。学園に入学する1年前だから、今から4年前の出来事。
控え室から戻った彼女は、その後茶会が終わるまでたおやかな微笑みを浮かべ、優雅に過ごし続けていた。
学園に入学した後の彼女も全くぶれず、
流石公爵家令嬢、第1王子の婚約者として、凛とした姿を見せ続けていた。
その彼女が断罪を受ける…?
そう言えば少し前から、アリステア様が王子の近くに侍る男爵令嬢を疎んでいるなんて噂があった様な…。
モヤモヤが止まらない。
どうしましょう、どうすればいいの。