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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

デストロイヤー悪役令嬢

作者: 早摘 大豆

「王子いいいいいいいいいいィ死ねやあああああああああァ!!」


「ぐおおおおおおおおおおおおッ!?」


 公爵令嬢の振り抜いた拳が学園の壁面を粉砕し、もはや大砲と言っても差し支えないほどのその一撃を寸前で躱した王子に無数の岩片が突き刺さる。


「逃げてんじゃねぇぞ蛆虫がああああああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


 直後、二激目!


 渾身の溜めの後に突き出される致命的な拳、それを中心として円環が迸り、王子は公爵令嬢の攻撃が容易く音速を踏破したことを驚愕と共に知覚する。


 ――なんだ、これはッ!?


「ぐっ、おおおおおおおおおおおッ!!」


 腕を交差し受け止める――否、受け止めようとした。


 即座に弾け飛んだ薄皮一枚下の肉が、ミキサーに掛けられたかのように捻くれて弾け飛ぶ。滂沱と吹き荒れた血煙が王子の顔を濡らし、抑えきれぬ衝撃で地を離れた身体が幾枚もの壁を粉々にして瓦礫に埋もれた。


「王子っ!?」


「ぐっ、がハッ、……来るなッ、男爵令嬢ッ!!」


「おせぇええええよォオオおおおおノロマな淫売があああああああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


「ぎゃああああああッ!!」


「男爵令嬢――ッ!!」


 公爵令嬢の一撃が荒事に慣れない柔肌を容易く粉砕するのは自明の理であった。


 男爵令嬢の腹部に埋もれた拳、鈍い、生肉をまな板に叩きつけたような音が響き、次いで王子の頭上より大量の液体が降り注ぐ。


「あ、ああ……」


 音速を超える殴打を食らった王子は既に眼球が砕け散って何も見えない。しかし激痛の中辛うじて聞こえたその音と肌に付着した液体が、何が起きたのかを雄弁に語っていた。


 愛する男爵令嬢は既に骨すら残っていない。文字通り粉砕されたのだ、自分が婚約破棄したはずの女、公爵令嬢の拳によって――!


 ギュピッ。


 急激に周辺の温度が高まるのを、王子はその死にゆく意識の片隅で感じていた。


「――ワタクシをコケにしたものは、それが何であれ許しませんの」


 ギュピッ。


 公爵令嬢が一歩踏み出す度に地面が擦れ、その際に生じる摩擦が異様な音を立てている。廊下がその歩みで粉砕され、割れて軋み、次いで融解する(・・・・)


 焼けるように熱い。それは痛みによるところもあるのだろうが、しかし何より――大気の揺らぎが現実に温度が高まっているのだと王子に知らしめる。


 ――何だ、この熱は……!?


 息をする度に喉がひりつく。肺が痛みで満たされて、両腕を失ったことがどうでもいいとさえ思えるほどに苦しい。それはさながら、灼熱地獄であった。


「貴様……ッ、何をした……!?何だ、この熱は……!?」


「何のことですの?身体を動かしたら熱くなる、それは当たり前のことでしてよ」


 ギュピッ。


 一歩踏み出すごとに一瞬で床板が擦れ、燃え、溶けて灰となる。その際の一連の音が即ちゴムを強引に擦り合わせたような音なのであり、膨れ上がった公爵令嬢の脚がそれを為すのだ。


 王子は見えぬ目で幻視する。公爵令嬢の膨れ上がった筋肉、弾け飛んだ制服とそれが蠕動する度に発せられる圧倒的熱量を――ッ!!


「一体、どれほどの鍛錬を……」


 敵ながら、王子はその強さに畏敬の念を抱かずにはいられなかった。武を嗜んだ一人の男として、抗えぬその想い……王子は、初めて公爵令嬢を認めたのだった。


「王子があの売女(男爵令嬢)にうつつを抜かしている間、ですわ。ワタクシに味わわせてくれた屈辱、憎悪、絶望――その全て、今ここで清算してくれるゥ……ですわァ……」


 ――来る。


 何が来るのかはわからない。しかし、急激に温度が上昇し、煮え滾る大気と怒涛の熱波が何か(・・)の到来を王子に確信させた。


「ああ、儚きものですわね……。この程度の男に惚れていたとは、ワタクシも耄碌したというもの」


 キュイィイイイイン――


 甲高い金属音のような、その音。空間の位相がズレる――否、濃縮されている。密度を増した空間と、それに伴って生まれる莫大なエネルギー、それが公爵令嬢の組み合わされた両掌に収束している――ッ!!


「今は遠き日の思い出と共に、散るがいい――情けだ。この一撃と共に逝け、王子」


「――ッ!!」




 その日、とある王国が滅んだ。


 貴族たちの通う学園を爆心地として王国をまるごと飲み込んだ炎は天を穿ち、キノコを想起させる黒煙が絶えることなく立ち昇る。周辺諸国はこれを神罰と恐れ敬い、崇めた。それほどまでに強大な力、その一撃。


 膨れ上がった肉体、身長にして2m半は下らぬ巨躯の女は途方も無い大きさのクレーター、即ち旧王国領を俯瞰して呟く。


「ワタクシはまだ弱いですわ。あの愚かな男を愚かと見抜けず、王子などという肩書きに憧れ、その実虫ケラ程度の雌豚に出し抜かれる――無様。余りにもッ、無様ですわッ!!」


 女は大陸で最も高いと言われる山の頂から全てを見通し、己の弱さを呪うように叫んだ。憤怒と共に放った掌底が大気を揺らし、積乱雲を粉砕して蒼穹を露わにする。


 ――人は女をこう呼ぶ。修羅、或いは羅刹と。


「この未だ果ての見えぬ修練の先に、ワタクシの望む力が有る――その予感がある。故に、今はただ、無様を耐え拳を振るうのみ――ッ!!」


 かつて公爵令嬢と呼ばれていた女には、もはや甘やかされて育った貴族の子女、その面影が残っていなかった。


 求道者。武を尊び、戦乱をこそ望むもの。


 この日、王国の滅んだ日。一人の鬼が誕生したのであった……。

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