信用は時間じゃない
俺たちは朝食も食べ終わり、約束通りギルドに向かうことにした。
「ジャンヌ、ギルドって何処だ?」
「分かりません」
「カイドさん、俺たちにギルドの場所教えてくれたか?」
「いえ」
はぁ…分かんないじゃんギルド。
仕方ないので、適当にぶらついて、それらしき建物が見つかるまで町を見て回ることにした。
「まだ早朝なのに、馬車が多いな。人も結構歩いてる。祭りか?」
「いえ、この町は商業が盛んらしいので、朝から商売に励む人が多いのでしょう」
「そうなのか、よく知ってるな」
「はい、女将さんが教えてくれました」
「女将さんと仲良いよな、ジャンヌ」
「はい、あの方は信じられます」
「前もそう言ってたな…」
ジャンヌは何故か女将さんと話していることが多い。もちろん、俺と常に行動しているが、俺が何かしらの作業に没頭していて、ジャンヌが自由なときは度々女将さんといるのだ。
「お、あれなんだ?」
そんなこんな、ジャンヌと話していると少し遠くに屋台が見える。ここからでもいい匂いが漂ってきている。
近付いてみると、どうやら鶏肉を焼いて串に刺したものを売っているようだった。
「おっちゃん、これ二つ貰っていい?」
「お!いいぜ!ちょっと待ってな!」
屋台のおっちゃんがいい感じにかいた汗を肩にかけていたタオルで拭いながら元気よく返事する。
うんうん、いい匂いだ。甘めのタレかな?俺は、この手の鶏肉は大好きなんだよなぁ。
「マスター、私の分は」
「いいからいいから!こういうのは一緒に食べたほうが美味しいって相場が決まってんだよ!」
「そうですか」
ジャンヌは納得したのかしてないのか、よく分からないがとりあえず受け取ってくれるらしい。
少しジャンヌは遠慮がちなところがあるな。俺としては甘えてもらったほうが嬉しい。
「ほら!兄ちゃん!ちぃとアチいから気を付けな!そこのお嬢さんは彼女かい?しっかりエスコートしてもらんだよ!」
「エスコートってそんな…」
「はい」
「はいって言っちゃったよ!」
おっちゃんはがははと豪快に笑って鶏肉を渡してくれる。ちょっとテンションが高いけど、気持ちのいい人だ。
すぐそこにちょうどいい木製ベンチがあったのでジャンヌと座る。
「お、美味しいなこれ!」
「はい」
甘いタレがウェルダン気味に焼いた鶏肉に絡まって、口の中を幸せにする。
やばい、うまい。これもう一個欲しいな!
「ジャンヌ!もう一個いるか?」
「いえ、私は」
「じゃあ悪いけど俺もう一個買ってくるから待っててくれないか?」
「そうですか、でしたら」
ジャンヌが先ほどまで口に含んでいた串を持ち上げ、俺に残っていた鶏肉を差し出す。
「ん?いったいこれは…なにかな?」
「マスター、世の中には、友情を確かめるための儀式『あーん』という儀式があることを知ってますか?」
「ちょっと聞いたことがないかな!特に友情ってところが!」
その条件だと友情を確かめるために男友達とも『あーん』をしないといけないことになるよなぁ!?
「では、友情を確かめるために『あーん』をしましょう」
「まてまて!自分の分は買ってくるから大丈夫だって!」
「マスターは私の鶏肉を食べてくれないのですか?」
「う、うーん…でもそれはジャンヌのために…」
「マスターは私の肉を食べてくれないのですか?」
「えっと…それは意味が違って聞こえるような気がしないでもないような」
「マスターは私を食べてくれないのですか?」
「それは絶対違うよねっ!?どういう意味かな!?」
それはどっちの意味かお兄さん気になるなぁ!?
うーん何だかお腹一杯になってきちゃったぁ!
「やっぱりギルドを探す続きをしようかな!」
「マスター」
「……ギルド、探さない?」
「あーん……」
「分かった分かった!だからそんな悲しそうな顔をするな!ほ、ほら。『あーん』」
「マスター…!」
ジャンヌが一瞬、とても嬉しそうな顔をする。
ほら、恥ずかしいから早くしてくれ…
「『あーん』」
「ん…なんか、恥ずかしいな」
「美味しいですか?」
「……恥ずかしすぎてわかんねぇ」
「そうですか」
ジャンヌは微笑んで俺が食べる様子を見ている。
ぐぬぬ…だから恥ずかしいから止めてくれ、そんな愛しい我が子を見てますみたいな顔をするのは……
「では、マスター」
「なんだ?」
「私にも」
「はい?」
「だめ…ですか?」
それは…なんというか……
「マジかぁ……」
食べさせあいが終わった頃には何故か見物客が大勢いて、嫉妬の目や微笑ましそうな目をした人たちに囲まれていた。
とんだ辱しめである。
●
「よう!遅かったじゃねえか!」
「あ、ユウタさん、ジャンヌさん」
あのあとすぐにギルドが見つかり、中に入るとカイドさんとトーナが出迎えてくれた。
ギルドは少し古びた歴史を感じさせる木製の建物だった。中は少し明るく、酒場みたいなところも端にある。
「はぁ、カイドさんのせいで大変な目に会いましたよ」
「ん?俺がなんかしたか?」
「ギルドの場所くらい教えてくださいよ」
「あ…」
「はぁ…またやったんですかカイドさん?」
やべっと言わんばかりに動きを止めるカイドさんと、それを諦めたような目で咎めるトーナ。
「すまん!」
「カイドさん、間違いというのは誰にでもあります。私にだって、マスターにだって間違いはあります」
「おぉ、ジャンヌちゃん、ありがとう」
「ジャンヌ?なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
もうあんな往来の場で辱しめを受けるのは勘弁願いたいよ…
「そういえばトーナ、『妖精の止まり木』に行ってみたよ。女将さんが優しくて良いところだった」
「本当ですか!?それは良かったです!」
トーナはぴょんぴょんとその場で跳ねる。
うーん、小動物のような可愛さがあるな、この子は。
「ジャンヌ?なんで急に跳ねてるの?」
「いえ、特に意味はありません」
「そっか」
ジャンヌは最近自己主張が激しいね?いやまあ、そこもかわいいけどさ。
「あそこは私のお母さんが経営してるんです」
「あぁ、そうだったのか。気付かなかった、すまん」
「いえ、昔からあまり似てないって良く言われるんです。特に、性格なんて正反対で…」
あはは…と自虐的な笑みを浮かべるトーナ。
まあ、性格なんて千差万別だからな。家族だからって同じ性格な訳じゃない。それも個性だ。
「女将さんには女将さんの性格がある。トーナはトーナで、その性格が良いところだと思うよ。少なくとも、俺は好きだな」
「っ!?」
なんだかトーナと話していると、年下の妹と接しているのような気分になるな。ま、俺に妹はいないけどね。
「あの…えっと……その……ありがとう…ございましゅ」
「はは、なんか上からでごめんな」
「そ、そんなことないです!」
トーナは顔を真っ赤にして呟くように礼をいう。
ほら、そういうところでしっかりお礼を言えるのも、トーナの性格だからじゃないかな?
「あのー、ユウタ?もういいか?そろそろ切り上げないと…ジャンヌちゃんが……」
「へ?」
カイドが言いづらそうに恐る恐ると話しかけてくる。
ジャンヌ?…あ!まさか
「ジャンヌ…もしかしてまた怒ってる?」
「いえ、私は、何も、怒って、ませんよ」
「なんでそんな間を置いて強調するの?」
「マスター、それよりも邪教について話すんではないんですか?」
「う、うん。そうなんだけど…あの、ジャンヌさん?なんでキレてるのか教えてくれません?」
「いえ、ですから私はマスターにキレてなんかいませんよ?ただ、マスターはこれからしばらく私に話しかけないでください」
「やっぱり怒ってるじゃん!?ごめんって!!」
ジャンヌが顔をふんっと可愛らしく背ける。
なんだろうなぁ、これはこれで可愛いから何も言えねえ。
「なぁ…どんどん本題から逸れていってるんだが」
「あ、すいませんカイドさん。邪教についてでしたね」
「お、おう。えっと…まあ頑張れや」
カイドさん、そう思ってくれるならフォローしてくれません?まあ、フォローしてジャンヌに何されるかは知りませんけど。
「邪教についてだが、ここから東に進んだところに開けた平原があるんだ」
カイドさんはどこからか持ってきた地図を近くのテーブルに広げて指を指す。
「ここが俺たちが今いるギルドで、ここをこう進めば平原につく」
「なるほど」
「で、この地図には書いてないが、この辺りに洞窟があるんだ」
「洞窟ですか?」
「あの、昔からあった洞窟なのですが、最近そこらで奇妙な格好の集団を見かけたという情報があってですね」
トーナが補足を隣から加えてくる。別にいいけどなんで隣にいるの?他にも場所は選べるよね?
「奇妙な格好の集団、というのが邪教の信者たちのことですか」
ヌッとトーナの反対側からジャンヌが無理矢理体を入れてくる。ちょ、ちょっと待って?狭い狭い!胸!胸当たってるから!
「そういうことだ。で、その洞窟が邪教の本拠地だと思われる。これからそこへ向かってほしいんだ」
「分かりました。それはいいですが、なんでそんなに俺たちを信用しているんですか?確かに前は助けましたけど、あれだけで信頼されても…俺たちが強いかどうかも分かりませんし」
カイドさんとトーナを助けたのは偶然だし、邪教徒の奴らが逃げ出さなかったらどうなってたかも分からない。他にもっと信用できる冒険者はいるだろう。俺たちはただの旅人だしな。
「もしユウタが邪教徒で、俺たちに取り入ろうとしたのなら、最初に俺たちが助けを頼んだときに断らなかっただろう?それに強さならそこのジャンヌちゃんが証明してくれている。俺も沢山の冒険者を見てきたが、ジャンヌちゃん程の動きができるやつなんて一回や二回ほどしか見たことがない」
「確かに…ジャンヌは強いな。俺なんかよりもずっと」
「嘘言うなよ、ジャンヌちゃんが強いのに、その仲間であるユウタが弱いなんてことあるかよ、それにな、持論だが信用ってのは時間じゃねえ、質だ。ユウタはトーナの悩みだったことを今、簡単に聞き出して、解決してやったじゃねえか」
「それは…解決したわけでは」
聞き出してもなければ解決したわけでもない。トーナが自分から話してくれたから、それに対して自分の率直な考えを告げただけだ。
「それでも、だ。トーナは嬉しかったはずだ。そうだろう?」
「はい、ユウタさんのお陰で少しだけ吹っ切れました」
「だ、そうだ」
「そうか…」
トーナはさっきの自虐的な笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべている。
「そんなお人好しを信じられないほど、俺の眼は腐っちゃいねえよ」
「当たり前です。マスターは、この世で一番のお人好しで、優しいお方です」
「私も、そう思います!」
カイド、ジャンヌ、トーナの三人が一斉に俺を褒め称える。
なんでそんなに俺を優しいなんて思うのか分からん。この世で一番のお人好しだとかほんとに誉めてんのか?全く…
「そんなに言われたら、やるしかないじゃんか。ジャンヌ、絶対に邪教を潰しにいくよ」
「はい、マスター」
「よっしゃ!さすがはお人好しのユウタだ!」
「その二つ名、かなり不愉快なんですけど」
「いいだろう!?誉め言葉じゃねえか!」
「いいですねカイドさん!私も回りに広めます!」
「カイドさん、トーナさん。そこに世界一も付け加えましょう」
気合いを入れる俺にカイドさんが変な二つ名をつけて、トーナとジャンヌが顔を背けて悪乗りをする。
勘弁してくれよ、俺はただスローライフを送りたいだけなのに、そんな名前つけられたら色んなお手伝いを頼まれそうじゃないか…
「マジかぁ……」
「あ、マスターの口癖ですね」
「お前たちのせいだよ」
「そうですね」
「マジかぁでお馴染みのお人好し、ユウタってところか!」
「長いですけど中々的を射てますよ!」
ジャンヌがふふっと笑い、カイドさんとトーナがまた変な言葉を付け加える。
やっぱり邪教解体するの、やめちゃおっかなぁ?