挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

替え玉

作者:緒形誠志
 明穂は緊張の絶頂にいた。
 初のライブ。もともと人前が苦手だった明穂が、なんの因果か歌手になり、今日この日数百人のまえで歌を歌わなければならない。
 歌唱力に自信がないわけではない。問題は、あがりだ。
 実力の半分も出せないのではないか、そう危惧していた。
 控え室でナーバスになりながら、ただ時計とにらめっこをする。
 あと一時間・・・・・・あと三十分・・・・・・。
 水を何度も飲み、トイレへ何度も行く。
(できない。さっき舞台の袖から客席を見たけど、あんなに大勢のまえで歌うなんてーーきっと頭が真っ白になって歌詞を忘れるわーー恥をかくのは嫌)
 マネージャーの相田も心配そうに明穂を見つめる。
 このコとはデビューまえから一緒にやってきた。このコのあがり症は頭の痛い問題だ。それさえなければ、抜群の容姿と歌唱力で、若手ナンバーワンの地位をつかめるのに。
 時は刻一刻と過ぎていく。
 突然明穂が叫んだ。
「私できません! 無理です!」
 関係者は沈黙した。ムッとした空気が走る。相田ただ一人が明穂に近寄り、肩に手を乗せた。
「試練だよ。明穂。乗り越えなければならない」
「できないものはできないんです」
 深く嘆息する相田。
「逃げていても成長はないよ」
「今日は無理です」
 明穂は泣き出した。両の瞳から涙があふれ出す。
「今日だけは勘弁して。次、次から私チャレンジするから。絶対本当。お願い」
 相田はじっと明穂を見つめた。そうか。今日は無理か。このコは嘘を言っているんじゃない。本当に今日は、体調が思わしくなく、挑戦する気持ちになれないのだろうーー。
 備えあれば憂いなし、相田はそう思った。
 相田は若いスタッフに声をかけた。
「仕方ない。あの人を呼んでくれ」
 スタッフはうなずくと、控え室から出ていった。
 数分後、戻ってきたスタッフは一人の女性を連れていた。
 その女性は、明穂瓜二つだった。
 思わず言葉を漏らす明穂。
「こ、この人、私そっくり」
 明穂の言うとおりだった。顔も似ており、衣装に限って言えばまったくおなじ。体型、背丈も似たようなものだ。
「私も無能なマネージャーではない」相田は言った。「こんなこともあろうかと、明穂の替え玉をちゃんと用意していたんだ」
「じゃ、じゃあ今日のステージはこの人がーー」
「そのとおりだ」
 時間が来た。明穂の替え玉はステージに向かった。スタッフもおのおの配置につく。
 大きな拍手と歓声のなか、コンサートは幕を開けた。

 明穂と相田は控え室に残された。
 遠くステージから、地鳴りのように音楽と歌声が響いてくる。
「明穂、いいか。今度だけだぞ、こういうことは」
「ええ」
 明穂は情けなくて泣いた。自分のふがいなさに泣いた。そして、想いの行き届いた相田の優しさに感動していた。
「でもーー」明穂に疑念が芽生えた。「前の方のお客さん、私じゃないって気づくんじゃないかしら。あと歌声も」
「歌声は大丈夫。口パクさ。機械で流すんだ。それに」
 相田は自信を持って言う。
「多少容姿が違っていたって平気。こんなこともあろうかと、客全員も本当の明穂ファンではない替え玉にしておいたのだから」

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ