3 「青年は乾杯の音頭をとる」
あれを思い出したせいで、アルバートは少し顔を青くする。
顔をもとの位置に戻すと、横目で他に今の話を聞いていたやつがいないかと確認する。
どうやらそのようなやつはいないと確信して、目を戻す。
するとそこには、呆れたような顔をしたエドワードがいた。
両手を肩の高さまで上げて、処置なしいう風に顔を左右に振っていた。
「まったく、呆れたというか感心したというか……、まさか君がそこまでしているとはね」
「めちゃくちゃ怖かったぜ、後悔はしてないが」
「そこで後悔しないところが、君のすごいところだと思うよ」
エドワードは苦笑いを浮かべる。
そして、肉炒めをひょいと口に放り込んで咀嚼した後、エールを喉に流し込む。
「あのときほど、町を覆う壁と結界に感謝したときはなかったね」
「結界がなければみんな仲良く魔物の胃袋の中だもんね、普段の生活が平和すぎて忘れがちになっちゃうけど」
町を守っているのは、この広大な町のほとんどの場所で見えるほど高い壁だけではない。
目には見えないが、今でもその壁とそして空を覆うように半球状の巨大な結界が町を守っている。
壁を打ち崩しそうなくらい大きな魔物も、結界だけはどうにもできないのだ。
聞いた話によると、その結界は人間や家畜、馬車など大体のものは通す。
しかし、魔物だけは絶対に中に入れないようになっているらしい。
その原理はさっぱり分からないようで、学者の頭を悩ましているようだ。
そして今の会話に、ふと最近仕入れた話を思い出したアルバートは、おもむろにそれを話し出す。
「知ってるかエドワード、あの結界と、あと町の中心にあるゲートが作られたのってな、どうやら数百年やそこらじゃないらしいぞ?」
「それはまた本か何かで得た知識かい?」
「おうとも」
アルバートは幼いころ英雄に非常に憧れていたが、
それを諦めた反動とでもいうべきか、今は様々な本や話を求めるようになっていた。
本は貴重品のため、めったに見ることはできない。
しかし、話や噂などは様々なものを知ることができる。
最近では、色々な話を聞き集めたために、逆に面白い話を求めるためにアルバートのところに人が来るようになったのが、少し自慢になっていた。
「不思議じゃないか? あんな結界とかゲートなんて領主様お抱えの魔法使い様でも無理だぜ? いったい誰が作ったんだか……」
ゲートは<壁の町>の中心にある魔法の門。
普通は<壁の町>同士を行き来することはできない。
それは当たり前で、町を一歩でも出れば人類など到底敵うことのない魔物たちが犇めいている。
そのような場所をのこのこ出歩くことなどできやしない、すぐに魔物の腹に一直線だ。
しかし、ゲートさえあればその問題は解決する。
ゲートは世界中のどこかにあると思われるいくつもの町に、瞬時に行くことができる。
その代わりに利用はするためには非常に高い金銭が要求されるが、
それでも日々多くの人々がゲートを利用している。
「おいおい、それはちょっと不敬だよ? 衛兵に捕まっちゃう」
エドワードがアルバートをたしなめる。
「おっとそれはまずい。俺たちはここには酒を飲みに来たんだ、頭の痛くなる話をするためじゃない。それじゃ、乾杯」
エドワードはその変わり身の早さに、ハハハと笑う。
「まったく君は調子がいいね。で、何に乾杯するんだい?」
「そうだな、それじゃ町を守る結界に」
「じゃあ僕はその君のずぶとさに」
二人は頭上に杯を掲げる。
「乾杯!」
※文章を一部改変しました。12/27
お読みいただきありがとうございます。
もしよろしければご感想、ブックマーク等よろしくお願いします。