2 「青年は酒場で酒を飲む」
酒場。
周囲からはバカ騒ぎが聞こえ、耳が痛くなりそうになることもしばしば。
しかし、そういうところは嫌いじゃない。
アルバートは、手に持った木製のカップに入ったエールを飲み干す。
そして、勢いよくテーブルにたたきつけた。
「かーっ! やっぱりここのエールは格別だぜ!」
「僕にはどの店も同じように感じるけどね」
「ははっ、わかってねーな。このうなるような苦みが違うってのに」
丸テーブルの向かいに座ったエドワードは苦笑いを浮かべる。
エドワードは、ここは肉がいいんだと言って、肉炒めを、近くにいた給仕の娘に注文をする。
こいつは分かってない。
酒場はただ無心に酒を煽るところだろう、と思いアルバートは口を曲げる。
しかし、そのようなことを言うとエドワードはいつも、アルバートはもうおじさんだね、などと言うのだ。
ふざけるな俺はまだ18だ、なんて想像の中のエドワードにアルバートはヤジを飛ばすが、それだけだ。
「今日はまた一段と飲むね、何か嫌なことでもあったのかい?」
「んなことねーよ」
ただ少し、思い出しただけだ。
「僕はたまに少し心配になるよ、君がまた冒険者になりたいなんて言うのかってね」
「いや、今もまだ少しは冒険者になってみたいとは思ってるけどよ、今はちょっと違うんだよな」
それを聞くとエドワードはそれはなんだい、と首をかしげる。
まったく、その仕草がモテる秘訣なのかねえ、とアルバートは頭の片隅で考えたが、今それは別にどうでもよかった。
給仕の娘が肉炒めを持ってくると、エドワードは律義に礼を言う。
アルバートはその時に追加のエールを頼んだ。
「今は英雄よりもなあ、外に興味があるんだ」
「外というと?」
「おいおい、外って言ったら壁の外に決まってるだろ?」
「ここらでそんなことを言うのは君ぐらいじゃないかなあ」
エドワードは溜息を吐くと、フォークで肉炒めを食べ始める。
アルバートもすぐにやってきたエールに口をつける。
そして、それを持ってきた給仕にエドワードに倣って礼を言う。
「そりゃなんでだよ」
アルバートはむっとして唇を突き出す。
「だってさ、町の中で普通に生活できてるし、何も困ることはないのに。それに加えて外には凶悪な魔物がうようよしてるんだよ? それは君のほうが良く分かってるんじゃないかな?」
「確かに、あの魔物をこの目で見たときはとても人間の敵う相手だとは思えなかったが……」
「え? 君、実際に魔物をその目で見たのかい!?」
そのエドワードの驚き様に、アルバートはしまったと顔を歪ませる。
しかし言ってしまったものは仕方ないと観念することにした。
手で口を隠し、顔をエドワードに近づけるようにして、声を低く下げて周りに聞こえないように話す。
「通い詰めて仲良くなった衛兵に、特別に少しだけ壁の上から外を見せてもらったんだよ」
あれは忘れもしない。
どうにか外の世界が見たくてそれを達成したときに、目に映ったあの化け物を。
大商人の住まう屋敷よりも大きな魔物が馬よりも速く草原を走っていた。
大の大人一人の身長よりも大きな目玉が一つだけその頭に埋め込まれ、その大きな口は醜悪で何もかもを噛み砕きそうだった。
<壁の町>は領主様の城よりも高い壁に囲まれている。
そしてその中には幾つもの街や草原、湖、果ては山までがすっぽりと入っているのだ。
アルバートの住んでいるこの街も、<壁の町>に幾つもある街の一つだ。
これは<壁の町>というより<壁の国>と言った方がよほどしっくりくるかもしれない。
小さな国一つを囲んで壁が存在しているのである。
そしてその外側と上を大きな結界が蓋っているおかげで、人類は今の今まで生きながらえているのである。
もしそれが無く、あの魔物が町の中に入ったらと思うだけでゾッとする。
ただの一匹が<壁の町>の中に入っただけで内部の尽くが破壊され、壁の中にいる人類は全て喰われ、屍をさらすことになるだろう。
※文章の一部を改変しました。12/27
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