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魔物の世界で青年はステータスをインフレさせる  作者: 上七川春木
1章『青年は冒険者を夢見る』
2/31

1 「青年は空を見上げる」

※プロローグの挿入にあたり、文を大きく変更しました。


「おい! こっちだ、早く運んで来い!」


 声がかかる。

 ここはとある商店(しょうだな)の裏手にある倉庫。

 店内に並べることのできない、在庫となる商品たちを保管する場所だった。

 そこにいる青年は、埃っぽい倉庫の中でこほこほと咳き込みながら、足元にある木箱をよっこらせと抱え上げた。


「はい、今すぐに!」


 青年は自分が出せる精一杯に声を張り上げる。

 遅くなって、親方にどやされるのはたまらない。

 倉庫の外に、とっとと出ていくことにする。

 燦々(さんさん)と輝く太陽が青年の頭を照り付けた。

 表通りに面している店と、その裏にある倉庫の間の中道は空気の通りが悪く、濁った土と埃のにおいが鼻を突いた。

 今は慣れしたんだものだが、最初の頃はここを通るときに鼻をつまんだものだ。

 青年は抱えた木箱を抱えなおしながら、歩く。


 青年の名前はアルバート・コリンと言う。

 どこにでもいるような、ただの平民だ。

 今はこうして、町にある商店(しょうだな)に商人見習いとして勤めている。

 ここはそれほど大きな店ではないが、何代も続く歴史のある商店(しょうだな)だ。

 ここで働いているのは、アルバートのちょっとした誇りになっていた。


 アルバートは、親方が待っているほうへと木箱を運んで行く。


「どうしたアル坊、まさか疲れたなんて言うんじゃないだろうな。今日はまだこれからだぞ!」


 するといつの間にか前にいた親方がアルバートの肩を強く叩く。

 どうやら、少し遅くなってしまったらしい。

 渋面になった親方にびくりと肩を震わせながら、慌てて答える。


「い、いえ大丈夫です」


 ならいいんだが、と言いながら、親方は近くの場所に木箱を下すように指示する。

 そして、店の中へ歩いて行った。


 木箱を親方に言われた所で降ろした後、アルバートがそこで少し休憩していると、一冊の本が目に入る。

 その本は、積みあがった商品の在庫の間に挟まっていた。

 埃をだいぶかぶっているようだ。

 親方が落としたものかもしれない。

 高価な本をこんなところに忘れてしまうとは、親方らしくない。

 アルバートは本を拾うと、手で叩いて埃を落とす。

 すると、今まで見えなかった本のタイトルが目に入った。


 <アルバート・ターナー冒険記>というタイトル。

 懐かしいものを見た、といった具合にアルバートは目をしばたたかせた。

 魔物殺しの英雄、アルバート・ターナーの名前は有名だ。

 千の魔物を殺したという、昔の英雄。

 アルバートも、彼のことはよく知っている。

 何を隠そう、アルバートの名はこの英雄が由来となっているのだから。


 彼はアルバートの憧れだ。

 しかし、その名を見ると、溜息を吐いてしまう。


「そんなボケっとしてるとまた親方にどやされてしまうよ?」


 その声に驚いて振り返ると、ちょうど表の店の裏口から顔を覗かせた柔和な笑顔を浮かべた青年がいた。


「なんだエドワードか」


 その言葉にエドワードは小さな笑みを浮かべると、

 作業手伝うよ、と言って倉庫に入っていく。


 エドワードはいいやつだ。

 アルバートとほとんど同時期にこの店に丁稚として入ってきた。

 それからずっとだから、もう十年以上の付き合いになる。

 子供のころのことはそれほど覚えてないが、エドワードと初めて会った時のことはよく覚えていた。

 彼と出会えたことは、アルバートの人生の中でも最も良いことの一つだ。


「なあエドワード、今日飲みにいかないか」


 アルバートは、そう言って立ち上がる。

 本は、作業が終わった後に親方に尋ねてみるとしよう。

 アルバートは手に持っていた<アルバート・ターナー冒険記>を手近な木箱の上に置いておく。

 そして腕を上げて背を伸ばして、倉庫のほうに歩く。

 まだまだ作業はたくさんある。

 それでも、今日中に全部終わらせなければならないのだ。


「ああ、構わないよ」


 倉庫に入ると、エドワードがちらりとこちらを向いていた。

 相変わらず微笑を浮かべている。

 まったく、これだからこいつは女性に好かれるんだ。

 細いくせに力もあるし、頭もいい。

 そのくせ顔も良くていっつも笑ってるから、一緒に町を歩いてるとエドワードだけが女性に声をかけられるなんてこともよくある。

 最初は嫉妬したものだが、今はもう慣れてしまった。


 また倉庫から木箱を運んで中庭に行くと、またあの本が目に入る。

 アルバートは、図らずともまたため息が出ることになった。

 別に、今の生活に不満があるわけでもない。

 これは、過去の残滓のようなものだ。


 アルバートも昔は、かのターナーのように魔物を倒したいと、冒険者を目指したことがあった。

 しかし、その夢はすぐに潰えることになった。

 当たり前だ。

 アルバートには、冒険者の町に行くためのお金も、魔物を倒すための腕っぷしもありはしないのだから。

 それさえどうにかなれば、アルバートはすぐにでも冒険者になったことだろう。

 でも、それは叶わないことであり、過ぎ去った夢だ。


 今も趣味で、冒険などに関する色々なことを調べてはいるが、それだけ。

 今は、それで満足している。


 アルバートは木箱を運び終えると、

 額から滲んだ汗を腕で拭う。

 背を伸ばすとき、ふと空を見上げる。

 すると、それは憎らしいほどに、綺麗に晴れ上がっていた。


※ご指摘があったため、文を一部変更しました。

※読みやすくするため、書き方を変更しました。

※文章を一部改変しました。12/27


お読みくださりありがとうございます。

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