16 「青年は冒険者の朝を迎える」
投稿を再開します。
小鳥の声が聞こえる。
淡い光が、目蓋の上に乗っている。
もう朝になったのか。
アルバートが目を開けると、そこには最近になって見るようになった、木製の天井があった。
「うあ~」
うなり声を上げながら、両腕を天井に伸ばす。
そうしてベッドから起き上がると、机に置いてある水差しから直接水を飲む。
のどを潤すと、水差しを机に置く。
そしておもむろに、部屋の窓を勢いよく開け放した。
刺すような日差しと、顔を叩くほどの喧騒が、アルバートの眠気を完全に覚ます。
視界の先に見えるのは<町の壁>。
視線を落とすと、ひしめく様に建っている建物。
そして、様々な武器と鎧を身に着けて、そこを闊歩する者たち。
冒険者だ。
ここは冒険者最大の<壁の町>、カクタス。
その最東端の街であり、<壁の街>にある四つの主要門に臨在する、四つの冒険者の集いの街の一つ。
イーストエクセリス。
冒険者たちはもっぱら、東の街と呼んでいるが。
今は、そこの宿屋にいる。
アルバートは、一週間ほど前にこの街にたどり着いた。
そして、宿を取った後、冒険者組合に登録した。
冒険者組合は、冒険者をする上で必ず入らなければならない組織で、他の組織と重複で登録することができる、素晴らしい組合だ。
例えば、元商人のアルバートは当然、地元の町にある商業組合入っていた。
普通であれば、複数の組合に同時に登録することなど不可能。
それは、組合への裏切りに他ならない。
しかし、冒険者組合だけは例外で、アルバートが商業組合に所属したまま、冒険者組合に所属することが可能になる。
アルバートにとってそれは朗報だ。
商業組合を通せば、親方のチャップリン商会との取引がスムーズに行えるのだから。
アルバートは、カバンの中に入っている黒パンとチーズ、干し肉を水で喉に流し込む。
剣、盾、メイスなどの装備や道具の確認を素早く行う。
そして、そのままカバンを背負うと、宿屋を後にした。
この先の日にちの料金の前払いもしているため、宿が無くなる心配はない。
だが、普通の宿屋に防犯性などあったものでは無い。
荷物は全て持ち歩くのが、当たり前だ。
同じ宿の客が盗人に化けるなど、日常茶飯事なのだから。
アルバートは表通りに出ると、冒険者組合の建物を目指す。
あまり高い宿ではないので、組合とは少し遠めだ。
朝から、ひどい混みようを見せる通りを進んでいく。
一番多いのは冒険者、そしてそれを狙って一儲けを企む商人。
治安を維持するための衛兵も多い。
通りの両端にある屋台や商店からは、引っ切り無しに声掛けが響く。
だが、アルバートがそれに乗って、寄り道をすることは無い。
ここに来てから一週間、釣られて何かを買うこともなかった。
冒険に必要だと思われるものは、初日にすべて買い込んだ。
ここに来る前から必要だと思っていたもの。
それと、見落としがある可能性を踏まえ、冒険者組合にいた冒険者に聞いて回って用意したものを全てだ。
その際に、少し酒代が必要になったが、必要な経費というものだろう。
他のすべてを無視して、冒険に励む。
これは冒険者として、称賛されることかもしれない。
しかし逆に、心に余裕を持っていないのも事実。
ただまあ、これは仕方がないことと言えるのかもしれない。
アルバートが冒険者になってから、まだ一週間しか過ぎていない。
まだまだ、お上りさんであることは否定できないし、当たり前とも言える。
一か月も経てば、他のことにも目を向けることもあるだろう。
アルバートは立ち止まる。
目の前には、冒険者組合の看板を下げる建物があった。
この東の街、イーストエクセリスの要となる組織の拠点。
それに相応しい構えをした、大きな石造の建物だ。
貴族の屋敷なのでは、と勘違いしかねないほどの大きさ。
最初に見たときは、一瞬呆けてしまったほどだが、今でもその威容には息を飲まずにはいられない。
大口を開けた入り口からは今も、何人もの冒険者が出入りを繰り返している。
朝方だからだろう。
冒険者のほとんどは、早朝に組合で用事を済ませてから、壁の外に出立する。
そして、日の暮れる前。
夕方あたりに、冒険を済ませて帰ってくるからだ。
アルバートは、こぶしを握り締めると、大股を開けてその中に入っていった。
今日の冒険の始まりだ。
※主人公の装備に関する文を、一つ足しました
「剣、盾、メイスなどの装備や道具の確認を素早く行う。」
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