14 「青年は酒場を去り、友人は語る」
※プロローグを追加しました
※それに伴い、第一話も文を変更しました。
「冒険者か、いつかそうなる気はしていたよ」
エドワードは、しみじみとした声でそう呟く。
ここはいつもの酒場。
机を囲んでいるのは、アルバートとエドワード、そして親方の三人だ。
親方は、酒を飲んでいるときは寡黙になる。
話すのはもっぱら、アルバートとエドワードだ。
しかしそれは、ただ黙っているのではない。
親方はとても聞き上手で、酒を飲むと饒舌になる二人には、とても相性がいいと言えた。
「お前もそう言うのか。そんなに分かりやすかったかねえ」
アルバートは、口をへの字に曲げる。
その分かりやすい拗ね方に、エドワード声を出して笑った。
「そりゃあね。君は色々な物語を集めてたけど、それは冒険者や魔物に関することがとても多かったし。たまに空を見上げてぼうっとしてた時も、決まって壁の方を向いていたからね。強く望んでいたのは分かったよ」
エドワードはにっこりと笑う。
でもまさか本当になるとは思わなかったけどね、と声を溢した。
「なるほどなあ。全然気づかなかった」
アルバートは息を吐くと、手に持ったエールをぐびりと呷った。
そして、コップを机に置く。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。準備をしなきゃならねえからな。親方、お先失礼します」
アルバートは、そう言って酒場を後にする。
冒険者になることを決めたアルバートは、最近はその準備に追われていた。
これからも、この準備に行くのである。
アルバートが去った後の酒場の机には、エドワードと親方が残る。
酒場の周囲は、いつものように騒がしい。
ばか笑いが、そこら中から聞こえてくる。
なんだかいつもより、少し大きく声が響くように感じる。
エドワードは、親方に尋ねる。
「親方は、どう思ったんですか? アルバートが冒険者になることに」
親方は手に持ったエールを少し飲みこむと、目を閉じる。
「俺は、こうなる時が来ると思っていた」
「確信してたってことですか、なぜです? 確かにアルバートは、冒険者と外の世界に強く惹かれていたようではありますが」
親方は頷くと、エールを飲みほした。
エドワードは気になっていた。
エドワード自身が考えた限りでは、アルバートが冒険者になることを決定づける物は無かった。
親方は何かに気づいているのだろうか。
聞き逃すまいと、耳を澄ます。
すると、親方は驚くべきことを口にした。
「感だ。あえて言うならば商人としての感だ」
「感ですか?」
「そうだ。俺は昔、アル坊が冒険者になると直感した。だからその時から、冒険者の町カクタスに支店を建てるための準備を始めた。一か月程度で支店を立てられるのはそのためだ」
「それだけで準備をしていたのですか、何年も前から!?」
不思議か、と親方は呟く。
不思議などと言うものではない。
もしアルバートが冒険者にならなかったら、何年もかけた準備は無駄になる。
今回は無駄にはならなかったが、勝ち目の薄い賭けであることに違いは無い。
感一つに数年の年月をかけることは、エドワードには理解できなかった。
「感は重要だ。お前も長く商売の世界に身を浸していれば、いずれ分かってくる。俺は感に何回も救われてきた」
「しかし、それでアルバートがその通りに冒険者になっても、すぐに死んでしまうとは思わないのですか?」
エドワードが、アルバートが冒険者になることにあまり賛成していなかったのは、主にこれが理由だ。
エドワードも、冒険者について調べてみたことがある。
そこで驚いたのが、冒険者のあまりの死亡率の高さだ。
冒険者は最初の一年で半数が死亡し、十年間生き残っているのは十分の一に満たない。
当たり前だ。
冒険者は町の外へと出かけ、冒険をする職業だ。
冒険者が外に出る町は、外の魔物がギリギリ人類でも対抗できる強さである、非常に珍しい町であるのは有名だが、それでも危険であることに変わりはない。
エドワードはアルバートに死んでほしくなかった。
なにせ十年来の親友だ。
生きてほしいに決まっている。
ただ、アルバートの冒険者や町の外に対する強い憧れも知っていたため、反対するにできない状況だった。
「エド坊、お前あいつがそんなに柔な奴だと思っているのか?」
親方は目を開けて、わずかにほほ笑む。
「あいつはあんななりだが、非常に計算高く、そして恐ろしく冷静だ。故にそれが冒険者を始めるということは、絶対に何かそれを解決するすべを持ってる。だから俺はあいつにかける価値を認めたんだ」
エドワードは親方の言葉に、しばし考える。
確かに、アルバートは一見ちゃらんぽらんに見えなくもない。
だがその実、頭の中では様々なことを考えている。
エドワードも最初のころは、そのギャップに驚かされたものだった。
ただ、親友としてやはり心配はせざるを得ないが、それでも少し心が軽くなった気がした。
「それでは乾杯しましょうか」
「ああ、そうだな」
「彼の冒険者人生と」
「商会の躍進に」
エドワードと親方はエールを掲げる。
「乾杯!」
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