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魔物の世界で青年はステータスをインフレさせる  作者: 上七川春木
1章『青年は冒険者を夢見る』
14/31

13 「青年は商人と取引する」


 親方はふうと息を吐くと、小粋な笑みを見せる。

 その仕草にアルバートはひやりとした寒気を覚える。

 あの笑い方をした親方に関わると碌なことが無い。

 そのことをよく知っていたからこその寒気。


「俺は確かに行けと言った。ただそれは面倒を見てやった恩を忘れろというわけじゃない、わかるか?」


 アルバートは頷くことしかできない。

 当たり前のことだ。

 親方はアルバートを、それこそ子供のころから世話してきた。


 しかし彼は決してアルバートの親ではないし、言うなればただの他人である。

 そもそも丁稚というのは、そういうものなのだ。

 雇い主が、相手が子供のころから技術を仕込んでいき、その者が大人になってからそのときの手間や費用を回収する。

 今こそが働き盛りのアルバートは、未だにそのときの恩を返せていない。

 これは契約違反である。

 これまで商人として育てられてきたアルバートにとって、それは忌避すべきものだ。

 アルバートは、やろうと思えばそれを無視して冒険者として旅立つことも出来る。

 冒険者が活動するのはこことは違う別の<壁の町>だからだ。

 もちろんこの街での信用は地に堕ちるだろうが、何ら意味がない。

 しかしそれは、人として、そして商人としてやってはいけないことだろう。

 アルバート自身もそんな不義理を働くつもりはない。


 アルバートはこれから冒険者となる。

 それを考えたら親方が言いたいことは一つ。

 魔物の素材の売買。その契約となる。

 魔物は宝の山だ。

 その素材は優れた武器や防具になると共に、芸術品としても非常に価値が高かった。

 それをアルバートから卸すことになる。

 アルバートも契約をそのように変更して貰いたいと考えていた。

 それを親方の方から言って貰えるなら、それに越したことはない。

 しかし、それには一つの問題が立ちはだかる。


「ゲートの商売許可証と通行税はどうするんですか? ありゃ馬鹿みたいに金をむしり取られますよ?」


 そうだ。これこそがアルバートが冒険者になれなかった原因の一つであり、多くの商人が門商をやろうとしてもできない原因だ。

 門商とはゲートを使用した商売。

 つまり運搬、売買全般の通称であり、全ての商人が夢見る商売の最終状態だ。


 しかし、これには幾つかの障害が立ち塞がる。

 まずは商売許可証。

 ゲートを通過するとき、一定以上の価値のあるものを持ち込むには商売許可証が必要となる。

 そして、それを取得するのにはアホみたいな金額が必要になる。

 そして通行税。

 物品にも多くの税がかかるがそれはまだ許容範囲。

 ひどいのは人間と商品にかかる通行税の方だ。

 許可証に比べた小さなものだが、これもまた莫大な金額を払わなければいけない。

 つまり、許可証を発行してなお、通行税を問題にしないほどの利益が出る量の商品を、買い込んで運ばなければならないということだ。

 とても一介の商人ができることではない。

 その証拠に、門商をしている商会、

 その全てが、必ずどこかで名前を聞いたことのある大商会だけである。


「その点は問題ない。エドワードを冒険者最大の町であるカクタスに常駐させる、支店としてな。お前はそこに行くんだろう? そしてチャップマン商店は今日からチャップマン商会だ」


 あまりの展開にアルバートは開いた口が塞がらなかった。

 なにをいっているんだこの人は。

 支店を増やすなんて、ただ数字が一つ大きくなるのではない。

 新しい土地と建物、設備。

 別の地に行くならば今まで築いた人脈も役に立たない。

 膨大な金と手間がかかる。

 資金に関しては親方が全て帳簿を付けているためアルバートは詳しく知らないが、親方のしようとしていることが難しいことくらいはすぐに分かった。


 ただ親方はたった一代で、親族のみで経営していたチャップマン商店。

 それを従業員をアルバートとエドワード含め、4人雇えるほどに事業拡大させた人物だ。

 その才覚は、有り余るものがある。

 何か、親方にしか分からない考えがあるのだろう。


「それなら大丈夫ですね」


 アルバートは何とか、笑みを浮かべる。

 親方と商売の話をすると、なぜだか、いつもすべてを見透かされて言うような感覚に陥る。


「ひと月はうちにいろ、今すぐ離れられても困る。そして、それが過ぎたらお前はもはや、この商会の従業員じゃない」


 アルバートはその言葉を聞いて、顔を伏せる。

 そして、少し寂し気な笑みを浮かべる。

 ここでは10年以上の時を過ごした。

 それと離れることになる。

 そのことに何となく、半身を失うような喪失感があった。

 そうして、親方の嬉し気な声が響く。


「取引先だ」


 その言葉に、アルバートは勢いよく顔を上げる。

 すると、そこにはにっかりと笑った親方の顔があった。

 親方の笑顔に、アルバートもつられて笑う。

 そうだ。

 店の従業員ではなくなるが、繋がりが切れるわけではない。

 それを自覚すると、アルバートの感じていた寂しさが和らぐ。


「それじゃあ話は終わりだ、ひと月はこき使ってやるから安心しろ。ほら、出てけ」


 親方は手を振ると、顔を背ける。

 アルバートは立ち上がり、扉の前で一礼してから部屋を去った。



丁稚のことは、奨学金みたいなものだと思ってください。貸した分は利子付けて返せよ、と言う訳です。


※文章を一部改変しました。12/27


お読みいただきありがとうございます。

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