10 「青年は忍んで剣を振るう」
集合する眼球蟲が衛兵の死体のある場所に来た。
しかしそこに人影は見当たらない。
左右に農家、道に死体があるだけで、何かがいるわけではない。
集合する眼球蟲は全ての眼球をギョロギョロリと運動させると、その場から遠ざかっていった。
「ふう、死ぬかと思った」
アルバートは被っていたボロ布から抜け出すと、息を吐きだす。
寸でのところで地面に落ちていたこの布を見つけられなければ、ダメだったかもしれない。
それにしてもこの布は上手く隠れられるらしい、あの魔物に気づかれないとは。
アルバートはすぐさま近くの農家の陰に身を隠す。
農家の中に隠れることも考えた。
だが、逃げ場のないところに隠れるのはまずいだろう。
それにあの魔物に遮蔽物は意味が無いようだ。
少し農家の中に顔を入れて確認したところ、血の匂いが漂ってきた。
家は全く壊れていないのに中の人は死んでいる。
いったいどのようなことをされたのか見当もつかないが、
分かっているのは、その何かをされたら自分は死んでしまうということだけだ。
あまり時間はかけられない。
あの魔物の力が、一人を対象にしたものでなく無差別のものだった場合、非常に危険だ。
<町の壁>に煌々と輝くかがり火。
おそらく、あの魔物を探しているのだろう。
そしてあの魔物を探す衛兵隊がここを見つけたとしたら。
衛兵隊が魔物に見つかることになるのは確実である。
魔物は衛兵隊を殺すだろう。
魔物の力が対象を取らない無差別のものであると、
そのときアルバートもまとめて殺されてしまう。
どうすればいいか。
そう悩んだとき、いつの間にか握っていたボロ布が目に入った。
集合する眼球蟲がアルバートの方へと近づいてくる。
理由は分かっている。
アルバートがまた大きな物音を立ててしまったからだ。
アルバートは息をひそめる。
見つかってしまわないように。
見つかったら殺されてしまうだろう。
怖い。あの魔物が近づくのが怖い。
ひそめている息が震える。
全身もガタガタが震えそうになるがそれはどうにか根性で鎮めた。
体が動いてしまうと、あの魔物にバレかねない。
あいつは今本当に近くにいる。
肉の脈打つ音や眼球の蠢動する音が聞こえてきそうだ。
さらに近づいてくる。
もうこれ以上ないほどに近い。
そう思うとアルバートは、思い切り剣を突き出した。
肉を裂く感触がする。
気持ち悪くて吐きそうになる。
耳元で、金属を裂くような音が炸裂する。
悲鳴だ。
自らの肉体が傷ついたゆえの悲鳴。
あまりにも大きくて耳が壊れそうだ。
剣を突く、突く。
温かい液体が顔に、全身に降り注ぐ。
一心不乱に突き出し、抉る。
あまりの恐怖と興奮でもうすでに悲鳴も聞こえなくなった。
ただ剣を突く。
突く、突く、突く。
※文章を一部改変しました。12/27
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