9 「青年は勇気を胸に怪物に挑む」
少し遅れてしまいました、申し訳ありません。
「ははっ……」
アルバートは笑った。
否、笑うことしかできなかった。
絶望の権化、破滅の象徴、それが魔物。
しかし、その実態はさらに最悪のものだった。
いや、最悪などという生易しい表現など似合わない。
怪物? バケモノ?
とある学者が、魔物のことを災害に例えていたことを思い出す。
確かにあれは災害だ。
人間があらがうことのできない災厄。
人間のレベルはほとんどが1。
昼間に、寝室の窓から表通りをずっと観察していたから、分かる。
だとしたらレベル3197の集合する眼球蟲は人間3197人分の力なのか?
そんなことあるはずがない。
昼間の観察の最中に偶然、街一番の力自慢であるルイスという男のステータスを確認する機会があった。
彼はその腕一つで男の3、4人程度なら簡単に伸してしまう。
彼のレベルはたったの2だった。
だとするならば、人間の何千倍ものレベルを持つ存在は、いったいどうなるのか。
人間に対し蟻が何匹集まろうと簡単に踏み潰されてしまうのと同じで、大きすぎる力の差の前に数は意味をなさない。
アルバートはその場に座り込む。
そして自分自身のステータスを確認する。
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固有名:アルバート・コリン
種族名:人
Lv:1
HP:104
MP:103
物攻:27
物防:29
魔攻:29
魔防:34
速度:30
スキル:
なし
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この差は何だ。
いったい幾つ桁が違う。
勝算などあるはずがない。
物語の英雄だってただ無謀に向かって行くはずがなく、いつも何か逆転の手がかりを掴んで敵に向かう。
無謀に突っ走るのはいつもただの愚か者だけだ。
愚か者になるのはごめんだ。
アルバートはこぶしで地面を叩き付ける。
ちくしょう、と吐き捨てる。
こんなものさえ、
ステータスさえ見えなければ、まだ希望をもって向かうことができた。
愚か者にならずに済んだというのに。
「……ステータス?」
アルバートは先ほど見た集合する眼球蟲のステータスを思い出す。
余りのレベルの高さとステータスの数値の桁数にばかり目が行ってしまい、その時は気が付かなかったが他の数値に比べてあまりに不釣り合いなものがあった。
物防、おそらく物理的な防御能力。
打撃や斬撃などに関する耐性の数値が、たったの1であったのを思い出す。
そして生命力にあたるHPや速度も、他の数値に比べると低いようだった。
HPや速度はそれでもアルバートと比べるのも無意味なほどに差が開いている。
しかし、物防の1はつけ入る隙になるのではないだろうか。
手掛かりはあった。
アルバートは子供の頃とは違い、英雄になれるなどとはもはや考えていないが、これで愚か者にはならずに済みそうだ。
だが、素手ではどうしようもない。
なにか、剣か槍か攻撃するための武器が必要になる。
少し考えて、アルバートは思い出す。
あの衛兵の死体。衛兵なら常に帯剣しているはずだ。
あれを取ろう。
しかしいくら斬撃に弱いからといって、あの魔物と正面から挑むわけにはいかない。
そのようなことをすれば、瞬く間に殺されてしまうだろう。
隙をつく必要がある。
あの生命力を全て削り取るだけの大きい隙を。
あの魔物は見た目からして、おそらく視覚に頼って多くの情報を手に入れているはずだ、それをうまく使えばどうにかなるかも知れない。
取り合えず剣を取ってから考えるとしようか。
アルバートは音を立てないようにゆっくりと、衛兵の死体に近づいていく。
そろりそろりと歩く。
村を徘徊する集合する眼球蟲に気づかれずに衛兵の死体に近寄ると、アルバートは死体の腰の鞘に入っている剣を引き抜こうとする。
しかし、何かに引っかかっているようだ。
思うように引き抜くことができない。
衛兵の死体が、あるのは道の真ん中だ。
ここにいると、いつ見つかるか分かったものではない。
「くそっ、早く抜けろよ」
すると突然引っ掛かりが取れたようで、アルバートは血だまりに盛大に尻もちをついてしまう。
まずい、音で居場所がばれる。
金属を引っ掻いたような音が徐々に近づいてくる。
あの魔物の鳴き声だ。
辺りの農家に隠れている時間はない。
どうすればいい。
※文章を一部改変しました。12/27
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