3−22 リミットオブソウルの秘密
村田・菊川ペアを撃破した竜一と水瀬は、晴れてベスト4入り。つまり次が準決勝である。
魔導舞踏宴に参加できる代表は上位3チーム、準決勝で勝利すれば自動的に代表入りを果たすことになる。
そのため、次の準決勝はこれまでで最も重要な試合となるだろう。竜一と水瀬も対策を取るべく、視聴覚室を借りて次の対戦相手の試合映像を観ているのだが、
「……竜一、こいつらに勝てると思うか?」
「思うかって、勝つしかねーだろう」
映像に映る光景は、どれも一瞬だった。試合開始をしたと思った矢先、どの試合も開始1分以内には終わっていたのだ。
「服部 隼人に早見 鈴、二人とも一年生だから、これ以上のデータもない。さて、どうしたものか」
「こいつら二人ともチビなのに、どこにそんな力があるんだろうな」
映像を観る限り、服部の身長は精々165センチメートル、早見は153センチメートルといったところか。
「まぁ身長はあんまり関係ないと思うけど、問題は何をやったかわからないってことだぞ。準決勝まで楽々と勝ち上がってきた奴らだ。生半可な実力じゃあない」
「困ったな。これじゃあ対策しようがないし……もうトレーニングでもしてようぜ?」
「お前筋トレしたいだけだろ!」
その後、何度か映像を繰り返し観るが、やはり服部・早見ペアが何をやっていたのかを突き止めることはできなかった。
◇◇◇
学校の裏手には街との間に大きな森がある。そこは帝春学園が所有し、以前ここで竜一や生徒会長千歳沙月らはアイリスの幹部『マーキス』を撃破した場所でもある。
村田・菊川との試合後、竜一は毎日のようにこの森に訪れていた。
「998、999、1000ッ!」
日課である鉄屑の素振りを終えた竜一は、近場にある木に寄りかかり休憩を取る。
「……固有魔導秘術には秘密がある……か。本当にそんなものがあるんだろうか」
木々の隙間から木漏れ日が差し込む。五月も中旬に差し掛かり、日中は春と夏の間の様な日差しとなっている。森の中を翔ける風はひんやりと肌を撫で、木漏れ日の日差しを優しく中和してくれる。
葉の揺れる音に耳を傾けながら、竜一は先日の菊川の言葉を思い出していた。固有魔導秘術の秘密。ここ最近、竜一の胸にずっと引っかかっている言葉だ。
「水瀬も強くなったし、次の試合相手もとにかく強いってことはわかった。……水瀬は病室であぁは言ってくれたが、やっぱり俺は全く成長できていない。このままじゃ、次の試合は……」
自然と俯く自分に竜一が気づくと、鼓舞をかける様に両頬を叩く。今はセンチメンタルな気分になっている暇はないのだ。とにかく、少しでも強くなる必要がある。
「あの時の菊川さんは、確かに雰囲気が違っていた。裏菊川さんとは呼んでいるが、あれは一体なんで発現したんだ?」
発現の原因が分かれば、村田も菊川も苦労はしないだろう。なれば、視点を変える必要がある。
「そもそも裏菊川さんの性格って、本来の菊川さんと真反対だったよな。それって、内面を反射したってことになるのか? 内面を反射したら、性格が真逆なもう一人の人格が生まれた……?」
考えれば考えるほど謎が深まる。しかし、どうも何かが引っかかる。おそらく菊川の事象には、自分を成長させてくれる何かが含まれていると竜一は察しているのだ。
「本来の菊川さんの反射鏡は一枚だけで、且つ衝撃を返す程度だった。だが、裏菊川さんになった途端、反射鏡は5枚に増え、斬撃までもそっくり反射できる様になっていた。これは一体なぜなんだ? まるで固有魔導秘術に新たな力が解放されたみたいな……解放?」
ふと、自分で言ったことに疑問を感じる。
固有魔導秘術を解放するとは、一体どういうことなのか。本来固有魔導秘術は一人に一つ。つまり一つの能力しか発現しない。それは竜一の『生命の輝き』しかり、岩太郎の『砂地の造兵』しかりである。
もちろん、それぞれの固有魔導秘術にも、トレーニングや調節で出力の調整はできる。だが、菊川の様にまるで型が違う能力を発現させることは難しい。だからこそ、菊川の発言や事象をまとめると、ここに行き着くのである。
「もしかして、固有魔導秘術には先があるのか? 近接戦闘しかできない俺の『生命の輝き』にも、成長の余地があるのか?」
これまで身体能力の向上をすることしかできなかった竜一の『生命の輝き』は、まだその力を解放していないのかもしれない。
「でも『生命の輝き』の成長って、全くイメージが湧かないなぁ……。いや? 待てよ?」
一つだけ、竜一の中で思い当たる節がある。これまでずっと使ってきた『生命の輝き』とは違う事象。そう、あれは水瀬が攫われ、竜一が銀次と対面した時のあれである。
「あの時は水瀬の固有魔導秘術『魂の共鳴』で強化されたけど、あれはそもそも潜在能力の解放だったかな? だったら、あれが『生命の輝き』の先の姿?」
頭をウンウンと唸らせる竜一は、ハタと立ち上がると鉄屑を握りしめ、構え出す。
「考えたってわからねーんだ。とりあえず、あの時の感覚を思い出してやってみよう。もしかしたら再現できるかもしれない」
竜一は目を瞑ると、身体中に流れる魔力に意識を集中する。元来魔力が少ない竜一は、『生命の輝き』に意識を細かく割かなくても身体能力を向上させていた。だが、あの時水瀬に『魂の共鳴』をかけてもらった感覚は、とても繊細なものであった。だからこそ、意識を集中し、心の奥底を見つめる様呼吸を整え発動する。
「ゆっくり……ゆっくりだ……」
あの時の様に少しづつ、身体の筋繊維一つ一つに意識を配る。身体を巡る電気信号の流れが加速し、体外へ電撃として放出される。
「そう……こんな感じだ、いいぞ……少しづつ……」
明らかに今までの『生命の輝き』と感覚が異なる。これが正解か不正解かはわからない。だが、不思議と気分が高揚する。心地の良い、頭が軽くなる様な……。
「良いぞ、そうだ……今ならできそうだ……そうだ……全部……壊せる……」
何もかもをその発現した力に任せたくなる。これはーー破壊衝動が止まらない。
「あぁ……あぁッ……ウアァッ!」
抑えられない。溢れ出すこの感情を理解できない。身体からは黒い電撃が放出されている。目は血走り、筋肉は盛り上がる。
ただ壊したい、破壊したい……それだけに染まる。
「なんだこれ、くそくそくそ!」
衝動のまま、竜一は鉄屑……だった禍々しい大剣を振り回す。巨木は切り裂かれ、岩は粉砕された。
「止まらない、止メラレナイッ! アァ、アァッ!」
「暴走している様なので、取り敢えず寝ていやがれください」
突如、背後から女声がする。竜一だった者が、振り返り側に鉄屑だった物を振り回すが、首元に何かを当てられた感触を得る。
すると竜一の血走った目からは生気が抜け、その場に力無く倒れると、身体を覆っていた黒い電撃が鳴りを潜め、鉄屑は元の形へと戻っていく。
「服部くん、これどうしてくれます?」
「うん、取り敢えず起こそうか早見」
服部と早見は竜一の隣に立つと、持参していたミネラルウォーターを竜一の頭にかけだした。




