3−18 約束
「うわあああぁぁああーーッ!」
4枚の反射鏡により、永久に追いかけ続ける魔力弾はついに水瀬の背中を捕え、射出された当初のスピードを持って水瀬に直撃した。
前方に投げ出されるように転がった水瀬は、背中の霊服が破れ、露出した肌からは若干ながらも煙が立っていた。
「うっ、く、クソ……」
「大人しくしていれば、ここまではしなかったのに」
ゆっくりと歩いてきた菊川が近づくと、水瀬の周囲で取り囲むように浮遊していた4枚の反射鏡は菊川の両肩に戻って行った。
「さて、ようやく鬼ごっこもお終いになりそうだけど、降参するつもりはないかしら?」
「うぐっ……そんなつもりは……ない……」
「……はぁ」
菊川はまだ諦めそうにない水瀬の目を見ると、つい溜め息が漏れてしまう。
人が痛む姿を見るのは心苦しい。いや、この菊川ならそのようなことは思わないだろう。きっと現在心の奥で眠っている本来の菊川がそう感じるのだろう。人格は違うと言えど、感じる心は一緒なのか。今の水瀬を見ると心が締め付けられる気分になる。
「良い加減、諦めたらどうなの? これ以上痛い思い何てしたくないでしょ」
締め付けられる気持ちを抑え、早く降参するよう水瀬を促す。
「もうわかったでしょう? これ以上あなたたちが勝ち上がると、二人の仲も危うくなるのよ? いい? これは女の先輩としての助言よ」
水瀬の心がまた何かに締め付けられる。自分が痛い思いをすることについては確かに嫌だが、降参しようと思う程でもない。だが、二人の仲ーー水瀬と竜一の関係が壊れると言われると、痛いほど心が締め付けれてしまう。
水瀬にとって竜一は大事な仲間だ、パートナーだ……バディだ。仲が崩壊すると宣言されては悲しくもなるだろう。だが、この異様な程の悲しみは何なのだろうか。胸を締め付け、まるで奈落の底へ突き落とされるようなこの感覚は、一体何なのだろうかーー水瀬には理解出来なかった。
「……らな……です…………」
「なに?」
背中に大きなダメージを受けた水瀬が、掠れた声で言う。
「わからない……んです。先輩に言われたこと……は確かにショックでした。でも……何でショックなのか、ワタシにはわからないんです」
「…………」
水瀬の目にはもう光がない。きっと立ち上がること何てもうないだろう。だからこそ、追い詰めた責任を感じているのか、菊川は黙っていた。
「あいつは……あいつはワタシにとって……何なのでしょうか……あいつは……竜一は……」
「だから灰村くんはあなたにとって単に利用するーー」
『本当に? ワタシにとって竜一は本当に利用するだけの存在だったの?』
水瀬の心ではそのことが反響する。利用するーー確かに最初はそうだった。男に戻るため、竜一には協力者としてバディになってもらった。……この頃は本当にただ利用しようとしか思っていなかった。
だが、水瀬が銀次と雅也に拐われた時、竜一は危険を顧みず助けにきてくれた。
長原・上地ペアと戦った時、竜一は水瀬を励ましてくれた。
見境兄弟の家へ訪れる時、竜一は水瀬を危険に巻き込まんと気を使ってくれた。
そして今回も……竜一は水瀬を信じて託してくれた。
竜一はいつでも水瀬を救い、その度に水瀬は竜一のことを知ってきた。脳筋で、単細胞で、少しエッチで……でも誰よりも頼りになる奴で……。
そして、水瀬はあの時の約束を思い出す。初めて竜一の前で泣いた時、竜一が言ってくれたあの約束を--。
「思い出しました……。竜一は、約束してくれたんです。自分は最弱な脳筋魔道士なクセに、ワタシを……最高の支援魔道士だと証明してくれるって」
水瀬が震える腕で倒れた身体を少しずつ持ち上げる。
「だからワタシも、そんな最弱な相方を勝たせて上げないと……証明出来ないんです……最高の支援魔道士だって……」
「……ハッ! 何を突然言うかと思えば、結局お前は相方を利用しているって話かい。何の解決にもなっていないね!」
立ち上がろうとする水瀬へ、菊川は杖を向け先端に魔力を集中する。
だが、水瀬は止まらない。身体を持ち上げた腕を荒野から離し、震える膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がり。
「どう受け取ってもらっても構いません……。でも、ワタシは竜一からたくさんのモノをもらいました……だから、ワタシもお返ししなくてはいけません……そう、言うなればこれは……」
「これは……?」
「ギブアンドテイクの関係って奴です!」
「余計ドライな関係になってるじゃない!」
水瀬の熱弁に激しくツッコんだ菊川の杖からは魔力弾が射出されるが、振り向いた水瀬が魔力弾の方へ手を掲げると。
「対魔法防御魔法!」
ピンク色のシールドが魔力弾を相殺した。
「確かにオレたちの関係はややこしいです。でも、だからと言って人様にとやかく言われる筋合いもありません!」
「開き直りやがって! それが相手に不誠実だとなぜわからないの!」
「不誠実かどうかを決めるのは当の本人たちです! 先輩には関係ありません!」
怒声には怒声を。菊川の言葉に負けじと水瀬も声を張り上げ対抗する。
確かに自分たちの関係は歪かもしれない。しかし、それでもこれまで積み上げてきたものは本物で、決して他人に否定されて良いものではない。だからこそ、水瀬は先輩にも負けじと声を上げ、目に光を灯す。
すると、菊川がまたしても両肩に設置されている反射鏡を、水瀬の前後左右に浮遊させ、
「せっかく気を使ってやったと言うのに……、そんなにお望みならやってやるわよ! くらいなさいーー『鳥籠のワルツ』!」
水瀬へ向けサッカーボール程の大きさをした魔力弾を射出する。
「オレだって竜一に何かお返ししたい、オレのバディはすごいやつだって証明したい! だからオレも……ワタシだって!」
水瀬の身体から魔力が溢れ、荒野の砂を舞い上げながら、水瀬はお得意のあの魔法を口にした。
「身体能力向上魔法ーー極小!」
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