3−16 もう一人のキミ
浮遊して接近してくる菊川が、霊装杖を突き出すと竜一と水瀬へ向け散弾のように魔力弾を射出する。
「対魔法防御魔法!」
「水瀬、こいつの魔力弾はそこまで大した威力じゃねぇ! 隙をついて俺が懐に飛び込むッ!」
竜一を前面に、ピンク色のシールドが形成され、小さな魔力弾の群れが大雨の中の傘の様に大きな音を立てて消失する。
「今だ、竜一!」
「……ッ!」
まるで雨の様な魔力弾が止むと、菊川はすでに前方5メートルはあろう所まで接近している。竜一は全身にくまなく『生命の輝き』を行き渡らせると、まるで菊川と同じ浮遊している様に突撃し、
「またこいつで、よろめきやがれ……ッ!」
鉄屑が地面を抉る様に竜一の右手下側から切り上げる。テレフォンパンチの様なその一撃は、確かに早い斬速であるが、即座に反応できれば何かしらの対抗策を取ることもできよう。
菊川も例に漏れず、先ほどと同じ様に彼女の前面に展開されている『反射鏡』で鉄屑を迎撃すると。
「ほんと、おバカさんね〜あなた」
「なに……!?」
鉄屑が『反射鏡』に当たった瞬間、反動は確かに返ってきたのだが、竜一が驚愕したのはさらにもう一つ。竜一が放った一撃が剣撃となりて本人、竜一へと反射する。
反動で吹き飛ばされた身体では避ける動作も叶わず、鉄屑を盾代わりに構えるも、大きく切り上げたことにより防ぎきることは難しく。
「ぐぁあああぁ!!」
身体のセンターラインこそ守れたが、斬撃は脇腹や肩などに直撃し、すぐ側にあった岩柱にもヒビを入れた。
竜一から大量の血が荒野に滴り落ちる。
「竜一!?」
竜一から少し離れた場所で見ていた水瀬にも、その血飛沫は見て取れる。もし事前情報なしにその光景を見ていたならば、水瀬は何が起こったか皆目見当もつかないだろう。しかし、試合前から不思議に思っていた点と点が、今繋がる。
「あの逆転劇は、こういうことだったんですね」
「そうーーこれが本当の『『反射鏡』。表のあたしは反動を跳ね返す事くらいしか出来なかったみたいだけど、あたしは違う。反動はもちろん、この鏡に当たった際の衝撃、効果すら反射するーー。どうかしら、ひ弱な女の子にぴったりな能力だと思わない?」
口元に手をやり、クスクスと菊川が笑っている。
と、傷口を抑え、今にも倒れそうな竜一が睨む様に菊川を見やると、
「菊川さんは……本来の菊川さんとアンタは、意思を共有出来ないのか? あんたは表の菊川さんを認識しているみたいだが、なぜ表の菊川さんはあんたを認識出来ていないんだ」
「……だってあの子、深層心理であたしを拒絶してるし」
「拒絶……?」
「そう、怖いのか何なのか知らないけど、表のあたしはこのあたしを知ろうとしない。何ならこのあたしを消し去ろうとしている。そりゃあ、あたしの声は届かないだろうさ」
物憂げにどこかを見上げる菊川は諦めか達観か、淡々と語るが虚しさが滲み出ている。
「それに、あたしを消そうとしているのは表のあたしだけじゃない。あの人も……いや、お喋りが過ぎたな。これ以上お前たちに話すことはない」
そう言うと、菊川は荒野に膝をつき今にも倒れそうな竜一へ霊装杖を向け、
「これでアンタを倒せば、あとはあのお嬢ちゃんだけね。……ん? そのお嬢ちゃんはどこに……」
「こっちですよもう一人の菊川先輩」
菊川の後方から水瀬の声がする。菊川が振り向くと、そこには岩壁にもたれ掛かったまま動けない村田に、水瀬が霊装拳銃を突きつけているところであった。
「先輩が竜一を倒したら、オレも村田先輩を撃ちます。良いんですか? あとお嬢ちゃんて言うのやめてください」
菊川が竜一と話している間に、水瀬は村田の隣まで移動していたらしい。お互いが相方の命運を握る状態の中、菊川は口角を吊り上げると。
「撃つなら勝手に撃ちな」
「なっ!?」
水瀬にとって予想外な回答が返ってきた。
「あたしがメインアタッカーの灰村くんを倒せば、アンタがあたしの相方を倒したところで形勢は変わらない。やるならお好きにどうぞ」
「お好きにどうぞって……む、村田先輩はあなたの彼氏なんでしょう!? 何でそんなことを」
「何でそんなことって、その人は表のあたしの彼氏であって、裏の人格であるあたしには関係ないの」
あまりの展開に、水瀬は動揺して村田へ向けた拳銃を下ろしてしまいそうになる。
「で、でも! 彼氏が危険な目にあってて、そんな」
「その人は! ……その人はあたしの彼氏なんかじゃない!」
突如、菊川が叫んだ。
「その人は表のあたしの彼氏で、あたしはその人のことなんか……」
菊川の叫びは誰が聞いても悲痛なものであった。表情は苦虫を噛んだ様に苦悶し、今にも泣き出しそうな、まるで幼子の様な目をして。
「村田さんは、どうなんすか」
竜一の問いに、村田が微かに反応する。
「村田さんは、本当にこの菊川さんを別人だと思っているんですか」
「僕……は……」
竜一はその言葉たちに怒気を滲ませながら、ずっと心に引っかかっていた思いを口にする。
「例え別人格が現れようと、心が変わろうと、それでも菊川さんは菊川さんです。何でこの人を除け者にしようとするんですか、何でこの人のことも認めてあげないんですか。何で、何でこの人の気持ちから目を逸らそうとしているんですか!」
別人格。もし自分のパートナーに現れたら混乱するだろう、最初は受け入れるのも難しいだろう。しかし、それでもその人はそれを含めその人なのだ。
水瀬葵と菊川冬香は、そういった意味では境遇が近いと竜一は感じたのだろう。一つの身体に意識が二つ。細部は違うだろうが、共通点はある。だからこそ、竜一はもう一人の菊川について考え、村田に感情移入し、このカップルに苛つきを覚えたのだ。
そんな想いがない交ぜになり、想いは言葉に、言葉には感情が乗り、自然と出てしまう。
「冬香……キミも冬香なのか……?」
だからこそ、竜一の言葉は村田に届くのだろう。
「……そうだよ、りっくん」
村田の掠れた声に、別人格の菊川が答える。
「そうか……キミも冬香だったのか。……なぁもう一人の冬香、この試合が終わったら、ゆっくり話せるか? 表の冬香には……俺から伝える」
「会って……何を話すの? あたしは……」
「キミも冬香だって……やっと気づいたんだ……。だから……これからのことを……話そう」
「これからの……こと」
不安な表情を浮かべる菊川に、村田は優しく微笑むと。
「さて、それじゃあ僕たちが勝たなくてはいけない理由は無くなってしまったけれど……キミはどうしたい? 今の冬香くん」
「あたしは……勝ちたい。勝って、あたしが何で生まれたのかを知りたい」
「……僕も同意見だ、冬香」
見つめ合った二人は微笑みを交わし合うと、今までそれを待っていた水瀬と竜一が大きくため息をつく。
「かぁ〜! 見ていて恥ずかしくなりますよ先輩! もう良いですか!? オレやっちゃっていいですか!?」
「けしかけた俺が言うのも何ですが、イチャついたカップル見るのって死ぬほど苛つきますね」
唾でも吐きそうな表情をする水瀬と竜一は、恐らくそれで決心がついたのだろう。お互いのイラついた目で目配せすると、竜一が声を張り上げ。
「じゃあ水瀬、あとは頼んだぞ!」
「任せろ竜一、またあとでな!」
竜一の叫びに水瀬が応じると、拳銃の発泡音が響き、同時に杖から魔力弾が射出される音もした。
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目の前でカップルがイチャコラしてたら、そりゃイラつくよね。
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