3−15 もう一人
岩壁に打ち付けられた村田と菊川は、その衝撃で身体を動かすことが難しいのだろう。菊川は気を失い、何とか意識を保っている村田も回復魔法をかける余力がなさそうだ。
満身創痍の二人へ竜一と水瀬が近づき、竜一は鉄屑を、水瀬は拳銃をそれぞれに向ける。
「降参してくれますか? 先輩♪」
水瀬が満面の笑みで首を少し傾げる。「最近ちょっとこういう可愛い挙動するようになってきたな」と竜一は内心思うも口には出さずにおく。
半目で水瀬らを見上げる村田は、その問いに仕方がないと諦めをついたように一息つくと、小さく息を吸い、両手をゆっくり上げながら。
「降さーー」
言いかけたその時、突如村田の左腕が上がらなくなる。いや、正確には掴まれているのだ。
腕を掴まれた村田はもちろん、降参の宣言を見届けようとした竜一と水瀬にも衝撃が走る。そう、その腕を掴んでいたのは紛れもなく菊川冬香であり。
「なーに勝手に降参しようとしちゃってんの。りっく〜ん?」
その菊川とは到底思えない声音ーーいや、声自体は確かに菊川なのだ。だが、明らかにこれまでの喋り方やイントネーションが異なるそれは、だらし無く地面に垂らしていた左腕をゆっくり顔へと持っていくと、分厚い瓶底のようなメガネを投げ捨てた。
目元まで伸びきった前髪から薄っすらと覗く眼は見開き、これまで紡いできた口は口角を吊り上げ、ゆっくり立ち上がるとその野暮ったい髪を掻き上げる。
これまでの菊川の様相とは全く異なるその荒々しい姿となった彼女は、胸に手を当て、まるで舞台挨拶でもするかのように会釈をすると、口を開き。
「ほーら、あんたたちが望んでいた……もう一人のあたしの登場だよぉ?」
より一層、威圧的な笑みを竜一らへ向けた。
「ーー!? 水瀬、動きを封じろ!」
「お、おう! 身体能力向上魔法!」
「甘いよーー『反射鏡』」
水瀬の身体能力向上魔法に合わせ、菊川が『反射鏡』を展開すると、身体能力向上魔法は反射され、水瀬の下へとUターンし。
「あっ、やばーー」
水瀬自身に身体能力向上魔法が直撃する瞬間、竜一が水瀬を抱えすんでのところで回避する。
「さ、サンキュー竜一」
「いや、俺も咄嗟のことで忘れてた。あの人の固有限定秘術を。……っつっても、俺の知ってるあの人のは、あんなんじゃなかったけどな」
超スピードで回避した竜一たちの方へ、菊川がゆっくりと振り向く。すると、彼女の正面に1枚、左右の肩らへんに2枚ずつの、合計5枚の鏡が浮遊しつつ一緒に展開される。
「よく躱したね。すごいすごい」
まるで子供を褒めるように、菊川は大仰に拍手をしながらゆっくりと歩を進める。
「全く、表のあたしもバカよねぇ。迂闊に自分の固有限定秘術なんて見せるから、こうやって学習させちゃうんじゃない」
両手を肩まで上げ、そこにいない誰かに向けて「やれやれ」と言わんばかりにため息をつく。
「『表のあたし』ってことは……やっぱり、アンタは本来の菊川さんとは別人格なのか?」
竜一の問いに菊川がピクリと眉根を揺らすと、竜一らを流し目で見つめる。
「そうさね。あたしはとあることがキッカケでこの子の固有限定秘術から生まれたもう一人のあたし。……この子の固有限定秘術はもうわかってるんだろ? この子の反射は本来衝撃を反転させる程度のものだったが、ある日反射鏡が暴走してね。この子の内面を反射した別人格、つまりあたしが誕生したってわけ」
胸元に手を当て、得意気に話す菊川はまるでもう一人の自分にも説明しているようであった。
「ご高説どうもありがとう、菊川先輩。でも今の話で一つ疑問があります」
「なんだい?」
水瀬の疑問に菊川が手を述べ、続けろと言わん仕草で促す。
「まず固有限定秘術とは一人に対し一つまで。それは大原則としてあります。二つ目に、固有限定秘術の効果は基本的に一個です。多少の応用は効くかもしれませんが、その程度はたかがしれます。そして、先輩の反射とは物理的なものに対してだけでした。……今先輩の言っていることが本当ならば、内面までも反射……目に見えないものまで反射するというのは、ほとんど別の能力です。それについてはどう説明をするんですか!」
疑いの眼差しを向ける水瀬に、若干の面倒臭さを感じる菊川は目元を軽く細めると、一つため息をつき、
「そんなの知らないよ。あたしだって誰に説明されたわけじゃないんだ。ただそうだね、一つ言えるのは……固有限定秘術にはアンタたちがまだ知らない何かがあるーーってことくらいだね」
「俺たちにも知らない何か……だと?」
菊川はそれだけ言うと、左右の鏡を肩口・腰辺りにそれぞれ配置し、
「さて、お喋りはここまでにして決着をつけようか。……重力反射」
菊川の身体周辺に設置された鏡がゆらゆらと歪な形に揺れる。いや、揺れているように見えているのだろう。何かが振動するかのような低い音が響き渡ると、菊川の足は荒野から離れ、その身体は宙に浮き、
「それじゃあ行くよ坊やたち。降参するならーー今のうちだよ!」
滑空するように、口角を吊り上げたもう一人の菊川が水瀬らへ迫り来る。
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