3−14 チームワーク
「え、ど、どうしてって……」
竜一の言葉に詰まる菊川。
どうして受け入れられないのか。そんなこと、聞くまでもないだろう。
「どうしてって、そんなの、自分の知らないうちに自分じゃない誰かが自分の中にいるのよ? そんなの、怖いに決まっているじゃない!」
竜一の問いは、ある意味菊川の癪に障るものだった。菊川の中で何かが生まれ、時折入れ替わるという恐怖は計り知れないものなのだろう。それをこうも簡単に言われてしまったら、それは菊川への侮辱に他ならない。
「あなただったら、灰村くんがもし同じ目にあったら、あなたは怖くないって言うの? そんな都合の良いこと言うつもりなの!?」
普段は寡黙で伏せ目がちな彼女が、声を荒げて反論する。それは未だ倒れ伏している村田も驚愕に目を見開くほどの光景だった。
「そんなことは言いません。もし……もし俺がそうなったとしても、それはとても怖いことだと思っています」
「なら!」
「でも……怖いと思うことと、向き合わないということは違うと思います」
「ーーッ! 詭弁、そんなの詭弁だわ!」
逆上した菊川は、ついに霊装杖を竜一へ向ける。
「あ、あなたと話すことなどもう何もありません。あとで謝っても知りませんから!」
菊川が言うと、竜一へ向けて杖の先端から魔力弾を射出し。
「それは効かないとさっき見せたでしょう……ッ!」
竜一が魔力弾を鉄屑で受け止めつつ、煙をかき分け強引に菊川の方へ詰め寄ると、そこには既に菊川の姿はなく。
「……ッ。状態異常解除!」
竜一の死角、ほぼ真横に位置していた菊川が両手から紫色の光を竜一へ向けて放つと、竜一の身体が大きく揺れる。どうやら竜一の固有魔導秘術『生命の輝き』を解除したようだ。
「うっ……く……ッ!」
急な解除に身体がついていかず、身体全体に重石を乗っけた様な感覚に陥った竜一だが、それでも真横にいる菊川へ向けて柄頭を振り抜くと。
「……。固有魔導秘術、『反射鏡』」
突如、菊川の前面に胴体ほどの大きさをした長方形の鏡が現れた。
振り抜かれた竜一の鉄屑にその鏡をぶつけると、振り抜いた勢いがそのまま竜一へ返り、自身を後方へと吹き飛ばしてしまう。
「なん……これが前言ってたアンタの固有魔導秘術か」
「はい、ただ跳ね返すしか能力はありませんが、物理攻撃がメインの灰村くんには厄介なものでしょう」
遠距離攻撃なら跳ね返ってきたものを避ける時間もあるだろうが、竜一の様に近接するスタイルではその暇もない。
しかし、こと菊川においては攻撃手段も乏しく、こちらから仕掛けなければ勝敗がつくこともほぼないだろう。
ゆっくり起き上がる竜一に警戒しつつ、菊川が再度村田と合流する。
「冬香、すまない」
「ううん。それよりりっくん、はい、小回復魔法」
竜一にやられた部位が直ぐさま回復していくところは、さすが治癒魔道士である。
「いたいた竜一。先行くなよなぁもう。……大丈夫か?」
「……あぁ、すまない水瀬」
と、水瀬も追いつき、ついには四人が同時に相対することとなった。
水瀬が村田らへ視線を移すと、どうやら村田を菊川が治療中らしいことがわかる。
「うーん治癒魔道士ってのは即時回復できて厄介だなぁ。竜一、ここは二人で一斉に行かないか?」
「……そうだな。ただ、菊川さんの固有魔導秘術を今くらったところなんだが、俺は相性が悪い様だ。だからまず二人掛かりで菊川さんを潰す。それでいいか?」
「おうっ! 任せろ!」
水瀬が元気に応答すると、両手に霊装の銃を取り出す。
一方、傷も治り態勢を立て直した村田が声だけ菊川へ向けて観察する。
「冬香、どうやら彼らもやはりキミに狙いを絞ったらしい」
「……うん」
「俺ができるだけ彼らの攻撃を引き付ける……。本当はこんな戦闘、キミに向いていないのはわかってる。でも、キミの別人格の手がかりを掴むためにはこの学校の選抜入りをし、キャリアを積んで上の研究機関に行かなくてはいけない。わかってくれるか?」
「わかってる。……わかってるよりっくん」
村田の視線は依然竜一らへ向けられている。しかしその表情は険しく、悔しさが滲み出ている。治癒魔道士という非戦闘要員のこの二人がこの様な場にいること自体稀な出来事なのだ。これまでも無事とは到底言えない勝ち上がり方をしてきている。
しかし、彼らは勝たなくてはいけない。この先へ進み、菊川の謎の現象について調べるためにも。
「もし、もしまたもう一人の私が出てきたら、止めないでね」
「……勝つためなら仕方がない……か」
そう言うと村田は杖を構え、菊川は村田の一歩後ろに下がる。
「スゥ……固有魔導秘術『見通しの診察』。……くるぞ、冬香』
「……は、はい」
村田が杖を構えたことをキッカケに、竜一と水瀬が同時に地面を蹴る。加速度的に竜一は再度『生命の輝き』を発動させたのだろう。
「ーーズァイ!」
「ーーッく!」
村田へ向かって低空で飛ぶ様に接近してきた竜一は、その勢いを持って鉄屑の高リーチ突きを繰り出し、それに合わせて突き上げる様な半円斬りを打ち上げる。
しかし、それらを紙一重で交わした村田に、竜一が一瞬驚きの表情を見せる。村田はとてもではないが戦闘が得意には見えない。ましてや接近戦など論外だろう。しかし、こうして決して遅くはない竜一の連撃を躱したのだ。竜一が村田の方を見やると、眼は見開き瞳孔は拡大、よく見ると眼の周辺の血管も浮き出ている。
「それがアンタの固有魔導秘術か」
「そうさ。診ている者の身体を観察する固有魔導秘術でね。攻撃力こそはないが、筋肉や骨の動きでだいたいの動きが予想できるってわけ」
「アンタもアンタで、俺が苦手なタイプだなこりゃ」
「そりゃどうも。お返しだッ!」
躱し側に村田の杖から魔力弾の連射が竜一へ射出される。と、竜一の目の前にピンク色の膜ーー対魔法防御魔法が展開されて、魔力弾は相殺された。
「さっきのお返しですよ! 先輩!」
「水瀬くんか。これは一本……取られたね……ッ!」
村田がバックステップで距離を取ろうとするも、近距離移動なら竜一の独壇場である。竜一が村田の懐へ一気に詰め寄ると、鉄屑を横薙ぎに振り払い。
「これでッ!」
「『反射鏡』!」
菊川も村田の側に駆け寄っており、竜一の横薙ぎにまたしても『反射鏡』を合わせてくる。だが今回はというと。
「……うっ……きゃあ!」
案の定、竜一は己の力に振り回されるが、今回は『生命の輝き』もかかっていたためか、菊川も反動に耐えきれず体勢を崩し。
「いただきっ!」
竜一の脇から現れた水瀬が、両手に持っている霊装拳銃を二人に向けて、魔力弾を発泡する。
「クッ、これは……!」
体勢を崩した村田らは避ける術もなく、5発6発と発泡された魔力弾は二人に直撃し。
「ぐぁああああぁああッ!」
「きゃああぁああ!」
小さな爆発と共に二人を岩柱へと叩きつけた。
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