3−13 鬼ごっこ
大小様々な岩が突出したこの荒野フィールド、その最北端の岩陰に村田と菊川は隠れている。
「冬香、これまでは様々な魔法を使う魔道士相手だったからあんな目にあわせてしまったけど、今回は水瀬くんと灰村くんだ。遠距離攻撃はまずないと考えていい」
「……はい……」
なるべく身を屈め、相手に見つかるまいとする村田が菊川に作戦を説明するが、菊川の表情が優れないでいた。いや、何かを気にしているようだった。菊川のバディ、それ以上に彼女のボーイフレンドとして村田がその反応を見逃すはずもない。
「冬香、またあの状態になることを気にしているのか?」
「……」
コクリっと菊川がゆっくり頷く。あの状態とは、数ヶ月前から菊川に現れる暴走状態である。実のところ、この選抜戦においても村田・菊川ペアが勝ち進めたのは、彼女のその暴走状態が要因だった。本来攻撃手段ん乏しい治癒魔道士が、戦闘を得意とする魔道士に太刀打ちできるハズもない。
しかし、その暴走状態は二人にとって不本意であり、できる限り顕現させたくないと考えている。だからこそ、できる限り作戦を練り、格下と思わしき水瀬・竜一ペアを打開せんとする。
「今回こそ、うまくやれば僕らの本来の力で完封できるハズだ。だから冬香、落ち着いて」
「落ち着いて、なんだって?」
「!?」
と、威圧的な声が村田の上から降り注ぐ。村田が上を見やれば、そこには大剣を肩に担ぎ見下ろす男ーー灰村竜一が立っていた。
「随分舐められたもんですねぇ、せんぱ〜っイッ!」
村田らが攻撃体制に入る前に、竜一が大剣を振り下ろしながら岩から飛び降りる。
「くっ!」
村田目掛けて振り下ろされた大剣『鉄屑』をすんでのところで交わした村田が竜一を見やると、竜一は既にすぐ近くにいた菊川へ向け、鉄屑の柄頭を振り抜こうしていた。
突然の出来事に緊張していた菊川が反応できるハズもなく、鉄屑の柄頭が直撃する直前、
「物理防御魔法!」
菊川の目の前に青白い光の膜が現れると、鉄屑の柄頭がその青白い光とぶつかり火花が散った。
「冬香、一旦退散だ! 態勢を立て直そう!」
鉄屑の反動でよろけた竜一の隙をつき、村田が菊川の下へ辿り着くと一目散にその場から退避しようと駆け出す。
しかし、運が良いのか悪いのか、竜一の先行に置いていかれた水瀬がやっとの思いで追いつくと、村田・菊川ペアを挟み撃ちする形となってしまった。
「なっ、ここで水瀬くんだと!?」
「あ、あれ村田先輩に菊川先輩!? え、えぇと……とにかく身体能力向上魔法!」
「ぐぁっ! なん、なんだこれ、身体が言うことを効かな……!?」
奇しくも奇襲となった水瀬の身体能力向上魔法が村田に直撃する。当然、水瀬の身体能力向上魔法を受ければ身体への負担は大きく、逆に自由を奪ってしまう。村田も例外ではなく、身動きが取れなくなってしまった。
しかし、慌てながらもようやく動けるようになったのか、菊川が両手を村田に向ける。すると怪しげな紫色に近い光が発せられ、
「状態異常解除っ……!」
「うっーーく、ありがとう冬香!」
直後、村田にかかっていた水瀬の身体能力向上魔法が解除された。
「なに!? くっそー、さすが治癒魔道士、解除系の魔法もそりゃあ習得してるよなぁ。と言うか身体能力向上魔法も状態異常に入るのか……」
「じょ、状態異常と言っても、要は人の身体に作用する魔法を対象とした解除魔法だから……水瀬くんの身体能力向上魔法が悪いわけじゃないのよ……」
「あ、解説ありがとうございます菊川先輩!」
「冬香! そんなこと良いから早くこっちに!」
村田に腕を引っ張られながらも、気にしている水瀬へフォローする菊川の根の良さが伺える。だからこそ、村田らが言っていた菊川のもう一つの人格が恐ろしく感じるのだろう。
「水瀬、先に行くぞ」
「あ、おい待て竜一! おーい! ……また先行っちまった。なんかあいつカリカリしてないか?」
岩柱の上を再度飛び移りながら竜一が村田らの後を追う。
フィールドとしては丁度真ん中らへんだろうか。岩柱はあるものの、少し拓けた場所に出た村田らは、急いで岩陰に隠れようとするも。
「鬼ごっこは終わりですよ、先輩方」
村田と菊川の間に割って入るように竜一が上空から飛び降りてきた。
「くっ、もう追いついたのか……ッ! でもこれだけ至近距離なら!」
村田が手に持った霊装杖を竜一へ向けると、その先端から野球ボールほどの魔力弾が射出される。竜一までの距離にして2メートル、弾は竜一の肩へ直撃し破裂する。竜一の肩口から煙が上がり表情は伺えないが、どうだと言わんばかりに村田も口角を釣り上げニッと笑い。
「よし! これで少しはダメージが」
「ヌルいっすよ、そんな攻撃……ッ!」
煙の隙間から見る竜一の眼は魔力弾など意にも介していないかのようだった。直ぐさま鉄屑を構えると、横一線の一振りが村田を襲う。
「ウグッ!?」
すんでのところで杖を構え鉄屑をの直撃を免れたが、力では敵うハズもない竜一の一振りに力負けし、吹っ飛ばされてしまう。
「りっくん!」
菊川の悲鳴にも近い叫びが村田を呼ぶ。と、それに反応するように竜一が菊川の方へ冷たい視線を移し。
「なぁ、菊川さん」
竜一が鉄屑をだらし無く手から提げ、今この瞬間は敵意がないこと示しながら、ポツリとずっと溜め込んでいた質問を吐露する。
「何で、もう一人のその人格を……受け入れられないんですか?」
冷たかった竜一の眼は、菊川には荒野に染められたように少し悲しげに見えただろう。
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※0話と1話を改稿しました
 




