3−10 対談
「そそそそれってどう言う意味だコノヤロー!」
村田のふとした疑問に水瀬はびくりと身体を震わせ、高速で目を泳がせながらつい勝気な言葉で反応してしまう。
「いやどう言う意味も何もないんだけど、水瀬くんは容姿もさることながら、筋肉のつき方、果ては骨格までまるで女性みたいだなって思っただけさ」
「むむむ村田くん、なんだかそのことは水瀬さんも気にしているみたいだし、その辺で……」
「おやそうだったか、正直に言ってしまうのは僕の悪い癖だ。すまないことをしたね」
村田の正直な言葉に動揺した菊川が何とか静止する。村田はあっけらかんと爽やかな笑顔を水瀬へ向けて謝罪するが、薄く開いた瞳からはまるで貴重な患者を観る医者のようだった。
「あ……、いえ、オレも先輩に向かって失礼なことを言ってしまいすみませんでした。せっかく足まで治してもらったのに」
「いや、患者に失礼なことを言った僕が悪いから、気にしないでくれ。それより〜……」
相変わらず爽やかな笑顔を浮かべる村田が、言葉尻に後ろを振り向く。
するとそこには映画の発券チケットを二枚握りしめた竜一が怪訝な顔で村田と菊川を睨んでいた。
「今にも噛みつきそうな彼に、水瀬くんから説明してくれないか?」
「!? すみません竜一ストップ!」
村田の言葉でやっと竜一の存在に気づいた水瀬は、竜一を犬の如く諌めると、先ほどの一連の流れを説明し。
「何だよ、絡まれてたわけじゃないのか。っと、村田先輩と菊川先輩……でしたよね? 俺の相方を治してくれてあざっした」
ぶっきらぼうながらも村田と菊川へ頭を下げた竜一に、村田も笑顔を浮かべて。
「いやいや、僕も放って置けなかっただけさ。それより灰村くん、彼ーー水瀬くんのことなんだけど」
竜一と向かいあった村田が、再度水瀬をチラと見やる。怪我を治してくれたことに気を取られていた竜一だが、村田の視線が移動すると同時に水瀬を見やりようやく思い出す。今日の水瀬は女の子の格好をしていることに。
「!? あぁいやこれはただの女装ですよ!? そう……趣味! こいつの趣味なんですこれってイテッ!」
村田から水瀬の追求を受けそうになった竜一のあまりにお粗末なウソに、水瀬のローキックがお見舞いされた。
「いやそのことではないのだが、その反応からするに、灰村くんは知っている人なんだね」
「……は? 知っている人って?」
竜一の心配とは裏腹に、爽やかな笑顔を浮かべた村田は、しかしながらやはり患者を観る時の目を崩さず、水瀬と竜一を見つめ。
「キミたち映画を見終わったあと時間あるかい? 折角こんなところで会えたんだ。是非お茶でもしようじゃないか」
何の気なしに、水瀬と竜一をお茶に誘った。
◇◇◇
「なんかあんまり映画に集中できなかったな……」
スクリーンから出た水瀬が開口一番にそう言った。というのも、その理由はいくつかある。まず一つに、先ほどの村田・菊川ペアとの相対、そして映画後にお茶をする約束を取り付けられてしまったこと。二つに、これが水瀬を最も集中から阻害した要因だった様だが、周りの観客がほぼほぼ『カップルであった』ということである。
「まぁ、あの内容的にはそうだわなぁ」
竜一もあまり集中できなかったのか、水瀬に同調する。
二人が見た映画『笑顔の対価〜君がくれたもの〜』。ごく一般的な悲劇系ラブロマンスものらしく、涙する観客もチラホラ見受けられた。
しかしながら、観客のほとんどがカップルで構成されている中、完全に女の子にしか見えない水瀬と竜一は、それはもうカップルか、はたまた付き合う前の初々しいデートの様子にしか見えなかった。それは本人らも自覚しているらしく、席に座るや否やソワソワしたまま上映が始まり、今に至るという。
「さて水瀬さんよ、これから次の対戦相手である村田先輩&菊川先輩との対談が待っているわけだけど……、このままバックレるじゃダメかな?」
「まぁその気持ちはわからんでもないけど、ほら見てみ」
映画の上映中ずっとソワソワしっぱなしで疲れ切った竜一の不誠実極まりない発言も虚しく、水瀬が映画館出口を指さすと、既に村田と菊川が待機をしていた。
「大人しくついていくしかないんじゃないかな」
「……まぁしゃあねぇな。敵意がある感じでもなかったし、行くとすっか」
水瀬と竜一が近づくと、それに気づいたのか村田も爽やかな笑顔を浮かべて二人を先導する。
さすが複合施設の大型ショッピングモール。大型連休中で人がごった返してはいるが、ちょっと休憩するようのカフェなどは多く出店されており、四人が座れる分の席は難なく確保できた。
「さて先輩方、話ってなんすか?」
「おいおい目つきが怖いよ灰村くん。何も取って食ったりするわけじゃないんだから落ち着いてくれ。それよりもさっきキミたちもあの映画観てたろ。笑顔の対価って映画」
威嚇する竜一をひょうひょうといなした村田は、場の緊張感でも払拭しようとしているのか、先ほどの映画の話を切り出したきた。
と言っても、竜一は相も変わらず敵意を剥き出しているため、水瀬が二人の間に割って入り反応する。
「さっきのってことは、村田先輩たちもあの映画を?」
「うんうん、僕たちもその映画を観ていてさ。いやぁ実にいい映画だったね、彼女なんて感動して泣いてしまってさ。危うくメガネを取るところで危なかったよ」
「あああああの村田くん、そのことはちょっと……」
村田と菊川はどうやら映画に没頭できたらしく、映画の感想を嬉々として語っている。特に菊川は涙すらしたそうだ。そのことを暴露されて恥ずかしいのか、菊川が頰を赤らめながら村田を静止しようと必死でワタワタしていた。
その様子は側から観たらもうアレにしか見えず、思わず水瀬も口を挟んでしまい。
「あの……つかぬことをお伺いしますが、お二人は付き合っているのでしょうか?」
「ん? あぁそうだよ。彼女は僕のバディにしてガールフレンド、公私共にパートナーというわけさ」
「あっ、へぇ……バディがガールフレンド……ですか。そうですか」
水瀬の質問を意にも介さず、村田はカップルであることを認めた。水瀬が菊川の方を見やると、相変わらず顔を赤くして反論しない様子から、どうやら本当にそうらしい。
運ばれて来たアイスカフェオレを口に運びながら、水瀬の胸に何かがざわつく。が、それが何なのかわからず、水瀬はまたアイスカフェオレを口に運び。
「あの映画を観ていた人なんて、ほとんどがカップルだったしね。ーーかくいうキミたちもそうなんだろ?」
「そうって、何がそうなんです?」
「いやいや、キミたちも付き合っているんだろ?」
「「ブーーーーッ!!??」」
水瀬は言わずもがな、沈黙していた竜一も思わず口に運んでいたアイスコーヒーを思いっきり吹き出してしまっていた。
それもそのはず。これまでどれほど仲良くしていても、どれほど一緒にいても、学校の人間たちからは中の良いバディ同士としか思われていなかったのだ。そう、それは二人が『男同士である』という既成事実があったからなのだがーー。
目を血バラせ、口からアイスカフェオレをボタボタと垂らし水瀬が村田にグイと近づき。
「せせせ先輩!? あああああのワタシたち男同士何です!? そそそそんなことあるわけななないじゃないですかかか! なんでワタシがここここんなやつとッ!!」
「えっ違うの?」
「ちちち違いますよ!」
「水瀬、そんなに否定しなくても良いじゃないか」
「竜一は少し考えて発言してぇ!?」
「あのお客様、他のお客様のご迷惑になりますので……」
「ああああすすすすみませんんんん……」
吹き出したアイスコーヒーを拭きながら満更でもない竜一に水瀬が驚愕めいたツッコミは店内に響き渡り、
奇しくもおしぼりを持って来た店員に注意されてしまった。
お久しぶりです!
お待たせしてしまい申し訳ありません!
また再開しますので、どうぞよろしくお願いします!




