3−8 仲直り?
「リューくん、サイッテー」
ゴミを見るような目つきをした真琴が、話を聞くと開口一番にそう言う。
「面目ありません……」
時刻は昼の十二時を過ぎたころ。天気が良いから外でお昼ご飯を食べようと真琴に誘われた竜一と水瀬は、昨日の一件により二人でいるのが多少気まずくなっているのか、真琴の呼び出しに嬉々として応じた。
寮の敷地内にある生徒共有のテラス席に二人が行くと、既に真琴がお弁当の準備をしている。合流すると、空気に機敏な真琴はすぐさま二人の異変を察知し問いただし、今に至るのだが。
「い、いや真琴ちゃん違うんだ。オレも悪かったし今回はお互い様って感じで」
「葵ちゃんそこは譲っちゃダメ! 今回のリューくんは明らかに女の子の心を傷つける行為をしたんだから、しっかり制裁しないと!」
「女の子の心を傷つけるって、おおおオレは心だって男の子だもん!」
「葵ちゃん変なところで張り合わないで!?」
最近の真琴はすっかり水瀬を女の子扱いするようになっていた。それも致し方ない話だ。昨日の一件、水瀬が泣いた理由は女の子歴イコール年齢の真琴からしてみれば当然共感できることであり、逆に言ってしまえば水瀬の心はかなり女の子に近寄ってきているということになる。
水瀬自身は女の子に近寄っていることを否定しているが、さすがの本人も薄々気付き始めている。以前と考え方や感じ方が違うというのを。
「でも、葵ちゃんはリューくんには怒っていないのよね?」
「あぁ、怒っているわけじゃないよ。色々びっくりして動揺してるだけ」
水瀬が竜一を見ながら苦笑する。水瀬の言うとうり、本人は竜一に対して怒りの感情はないのだろう。ただ様々な感情がない交ぜになり、処理をするのに時間がかかっているようだ。
「そこでホッとしているリューくん。葵ちゃんが怒ってないからって今回のことが問題なしになったわけじゃないからね?」
「ウグっ……はい……返す言葉もございません……」
俯いた竜一が真琴に叱責され反省している。昨日の件から時間を追うごとに、竜一も今回はマズイことをしたと自覚が出てきたらしい。反省しているからこそ、対して怒っていない水瀬が苦笑している姿に胸を打たれる。
「竜一、そんな思い詰めるなよ。そもそもオレがあんな格好していたのが悪いんだし……」
「葵ちゃんは悪くないわ! 女の子なら買い物のあと、家で一人ファッションショーをやるのは常識だもの!」
「え、そうなの?」
「そうよ、私も昨日あの後したし、穂乃絵ちゃんも買ってあげた服を着た写真を夜に送ってきたわ」
「なんだ、女の子なら自然なことなのか……あ、おおお女の子じゃねーし!」
「葵ちゃんそろそろそれも面倒くさいわ……」
女の子と言う言葉の否定に呆れる真琴をよそに、水瀬が少し安堵の表情を浮かべる。みんなやっている行為と言うのは何故安心感を与えるのだろう。自分の行いは普通のことであり、だから責任を感じる必要はない。そう考えると少し気持ちも楽になる。
「さてリューくん、女の子としての楽しさを少しずつ芽生えさせ始めた葵ちゃんですが……どう思う?」
「最高に可愛いと思います」
「正解っ!」
「やめろ恥ずかしい!」
真琴の問いに俯いていた竜一も目をキリッとさせ即答する。二人の問答が恥ずかしいのか、水瀬が赤面して声をあげるが二人は無視をし続ける。
「それでね、実は葵ちゃん昨日は下着以外にもお洋服を買ったのよ」
「なにっ!? ……それはまさか」
「そうそのまさか。女の子の服よ!」
「みみみ水瀬!?」
「だからこっちみんな恥ずかしいやめろ!」
驚愕めいた竜一が水瀬を見やるが、水瀬はすでに恥ずかしさが限界突破したのか、顔を両手で隠している。
「でもね、昨日葵ちゃんが言ってたの。買っただけで満足だ、着ることはない——って」
「なん……だと?」
「勿体無くない?」
「勿体無い!」
ついには立ち上がった竜一に、真琴が胸の谷間から二枚のチケットを取り出し。
「そしてここに二枚の映画のチケットがあります。チケットの期間がこの大型連休中までなんだけど、私はあいにくもう予定があって行けないのよねぇ。チラっ?」
「しゃーねーな真琴、もらってやるぜ! 水瀬、今から行くぞ着替えてこい!」
「うぇっ!? いいい今から!?」
手を引っ張られ大きな目をパチクリさせて驚いた水瀬を余所に、去り際に竜一が真琴へ親指をグッと立て感謝する。笑顔で同じく親指を立てて返す真琴が小さく頑張れと言ったのは、おそらく聞こえてはいないだろう。
◇◇◇
「確かに寮で誰にも見られたくないとは言ったけど、出方が斬新すぎるぞ……心臓止まるかと思ったわ」
「でも誰にも見られてないだろう?」
映画館へ向かう二人が、つい数分前のことを振り返る。
自室へ帰った二人は映画を観に私服へ着替えたのだが、昨日買ったレディース物の服を着る羽目になった水瀬は、外に出る際他の寮生にその姿を目撃されるのを懸念していた。
「そうだけど、オレの身体能力向上魔法と竜一の生命の輝き
を掛け合わせ、そのまま竜一に抱えられながら窓から大ジャンプで寮をでるって作戦、もう二度としたくない……」
「思ったより高く飛んだもんなー」
「安全バーのないジェットコースターに乗った気分だったよ」
「俺は役得だったけどな!」
「この脳筋が……」
所為お姫様抱っこと呼ばれる格好で運ばれた水瀬は、あまりの恐怖に無我夢中で竜一に抱きついていたが、思い返すと恥ずかしさに耳が熱くなる。
そんな耳を赤くした水瀬の気持ちなど気付きもせず、隣に歩く竜一がジロジロと水瀬を見ている。
「な、なんだよ竜一」
「水瀬、その服装なんだけど」
「……なんだよ。悪いか?」
どうやら水瀬の服装を見ているようだった。
細身の水瀬に合うタイトな八分丈ほどの袖をしたボーダーのカットソーに、膝丈ほどの紺色のハイウエストフレアスカートは女の子らしさを演出し、少しヒールのあるパンプスで小柄な水瀬を少し大人にさせる。
「いや、最高かお前」
「あ、ありがとよ。お前もそんな服持ってたんだな。意外すぎる」
「意外ってなんだよ意外って」
真顔で力強く褒める竜一に思わず動揺してしまう水瀬は、あまり褒められると色々とボロを出しそうだったらしく、即話しを切り替える。
竜一はスキニージーンズにTシャツ、春用の薄地チェスターコートを羽織り、水瀬の言う通り意外にもオシャレさんな側面を見せていた。
「何か普段の竜一らしからぬ格好だなって」
「俺を何だと思ってるんだ」
「筋トレマニアの脳筋バカ」
「辛辣ぅ!」
若干テンション高めの竜一に水瀬がウザさを覚えながらも、実際竜一の格好は案外悪いものでもなく。
「まぁでも、竜一もちゃんとそういう格好してれば、その……何だ? 案外カッコいいんだな」
「水瀬も予想通り、と言うか予想以上に本当可愛いぞ」
「「……………………」」
褒め合う二人は目を合わせると、お互い言っていることに恥ずかしくなったのか、言われたことに恥ずかしくなったのか、お互い真っ赤になり顔を外側で向けてしまう。
「おおおお前そんな可愛い可愛いって、ややややめろよなコラぁ!」
「み水瀬こそ、普段褒めないくせに急に褒めるなよ!」
そっぽを向いて目を泳がす二人の頭は、まるで湯気が出そうなほど高騰しているが、果たして二人にその自覚はあるのだろうか。
映画館に着くまで、二人はまともに目を合わせることもできないでいた。
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