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3−7 込み上げるもの

「み、水瀬……?」


 竜一が目を見開いて立ち尽くしている。当然であろう。相棒である水瀬、つまり竜一の意中の人間の『下着だけの姿』を見てしまったのだ。


「りゅりゅりゅ竜一!? あ、あれ全然気付かなか……いやそんなことよりこれはその……! というかそんな見ないでぇ!」


 耳の先まで真っ赤にした水瀬が右手でブラを、左手でパンツを隠す。全身から汗を流す水瀬は軽いパニック状態になっていた。

 当然である。これまでずっと男に戻りたいと願い続け、そう言い続けた水瀬が、自らの意思で女性用の下着を着用しているのだ。身体は女でも意識は男と言い張っていた彼女がその格好をしていれば、側から見たらただの女装趣味に目覚めたと思ってもおかしくはない。あらぬ誤解を相方に持たれる可能性は十分にある。


 いや、しかし水瀬が焦る本当の理由はきっと別にあるだろう。


「み、水瀬……その格好……たたた谷間までお前……」

「だからそんな凝視しないで!? 竜一、目っ! 目つきヤバい! そしてジリジリこっちに来てる!?」


 彼女が焦る本当の理由。それは至ってシンプルである。そう、——『異性に裸を見られた羞恥』である。

 この事自体を取り上げれば、特段おかしなところはない。しかし、水瀬に限って言えばこれは重大の変化である。


 普通、男女とも異性に裸を見られれば羞恥や嫌悪と言ったマイナスな感情が働くだろう。実際、この状況は女性の身体をした水瀬が男の竜一に裸を見られた——という状況である。ここだけ見れば羞恥を感じるのは当然であるが、問題は水瀬の内面にある。これまで男として振舞っていた水瀬が、意識上は同性と思い込んでいる竜一に裸を見られたのだ。多少なりとも驚きはするが、パニックになるというほどではない。

 しかし、現状の水瀬は羞恥からの軽いパニック状態だ。つまり、身体に対して意識も引っ張られている——女性の身体に意識も引っ張られ女性の思考になっている、ということになる。


 しかし、そのことに考えが至る状況でもない二人は、ジリジリと距離が詰まっていく。というか竜一が近寄って行っている。


「な、なぁ竜一落ち着いて? ちょっと服を着させて訳を説明させて——」

「水瀬……胸……谷間……下着姿……」

「竜一!?」


 俯いた竜一がワナワナと身体を震わせ始め、下着姿の水瀬もつい驚いてしまう。あまりの事態に竜一が壊れたのかと心配した水瀬が一歩足を踏み出すと、竜一の目が突然「カッ」と見開き。


「ゆゆゆ夢にまで見た、水瀬の下着姿だキャッホーイ!」

「うわ飛んできた!? 夢でこんなの見てんじゃねぇ、身体能力向上魔法(フィジカルブースト)!」


 歓喜のあまり、さながらトビウオのごとく天井近くまでジャンプした竜一が、その勢いを持って水瀬へ向かって落下しようとしている。逃げ場のない狭い室内で水瀬の取れる行動は、己の得意魔法『身体能力向上魔法(フィジカルブースト)』で竜一の動きを止めることだった。パンツを隠していた左手を竜一へ向けると、見慣れた紫色の光が竜一へ飛来する。


「当たった! これで竜一も動けなく」

「今の俺には効かねぇ! 生命の輝き(デスペラ)ァッ!」

「なにその勇ましさ!? い、いやあああああ!」


 身体能力向上魔法(フィジカルブースト)を制御した竜一が、水瀬へ向かって突撃する。

 若干電気を纏うほど強化された竜一の突撃は、水瀬を背後にあったベッドへと押し倒すことに成功した。


「おうふッ!? りゅ、りゅうい——」


 起き上がって逃げようとする水瀬の両腕を竜一が掴み、さらに押し倒す。

 水瀬へ覆い被さるようになった竜一は悪戯顔を浮かべて、得意気に口を開き。


「フフフ、日頃鍛錬を積んでいる俺はもう水瀬の強化だって多少はコントロールできるようになったのだ! さて水瀬、どうしてそんな格好をしているのかの説明を」

「……竜一……いや……」


 得意気に語る竜一が水瀬を見やると、そこには予想していなかった、いや——見たくなかったものがある。

 両腕を掴まれた水瀬は身動きが取れないでいた。ただでさえ身体を鍛えている竜一に、しかも水瀬の強化を受けて掴まれたのだ。並みの人間でも太刀打ちできまい。それに竜一は男で水瀬は女、逆立ちしたって腕力で勝てそうにはない。両腕を捕まれ、押し倒され、その力関係をハッキリと感じ取ってしまった水瀬の胸の内に、ある思いが募る。怖い——と。


 逃げ場もなく、逃げれる自由もない。為す術もない状況に陥った水瀬は、今ハッキリと自分が女であるということを認識する。もし竜一が変な気を起こせば、今の水瀬にはそれを打開する術がない。竜一に限ってそんなことはない——そう水瀬も信じているが、どう転んでも女の水瀬が男の竜一に力では敵わない、そのことが怖くて、辛くて、堪らなく悲しい水瀬は、高ぶる感情を抑えることができないのも無理はない。


 水瀬の美しい瞳から溢れる雫が目頭を伝い、ベッドへと滴る。一滴……二滴……と、溢れ出した涙は止まることなく、クシャクシャの顔となった水瀬が嗚咽を漏らす。


「怖い……怖いよ……ウッ……竜一……やめて……ヒグッ——」

「えっ……あっ……水……瀬?」

「ひぐ……うぅ……」


 水瀬の悲痛の叫びを聞いた竜一は水瀬の両腕を掴んでいた手を放し、ただ水瀬を見ることしかできなかった。

 何が水瀬をこんな風にさせてしまったのだろう、なぜ水瀬は泣いているのだろう、悪ふざけがすぎたのか……。目の前で涙を流す水瀬を見ながら、竜一は原因を考えていた。……が、その真相はわからず。


「み、水瀬……その、すまん。そんなつもりじゃ」

「うっ……ひっ……わかってる……ぐす……。ちょっと驚いただけだから、気にしないで……ぐしゅ」


 竜一の謝罪に水瀬は怒るということはなく、むしろ竜一の気を案じていた。おそらく水瀬自身が認めたくないのだ。自身が女としての恐怖を竜一に感じてしまったこと、そして自分が確実に女に変化しているということに。

 しかし、湧き上がるその女としての感情を止めることもできず、女性らしい言葉や思考も止めることができない。何せそれが当たり前であるかと感じてしまうのだから。


「気にするなってそんな、俺のせいで水瀬がこんな泣いて」

「良いから、本当に気にしないでくれ……。……着替えるから、竜一はシャワーでも浴びてきて」

「……わかった」


 涙が少し止まったからか、落ち着いてきた水瀬は、しかし竜一と目を合わせようとしない。俯き、呟くように言う水瀬の言葉を、竜一は承諾し、風呂場へと向かう。


 ——竜一がシャワーを浴び終え部屋に戻ると、部屋着に着替えた水瀬はすでに寝ていた。

はい、お読みいただきありがとうございます!

あーあ、竜一泣かせたーいけないんだー。なんて思いながら書いてました。


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