3−2 羨望
三木が水瀬の背中に手を当て、意識を集中させる。水瀬が初めてここに訪れた時から毎回やっているこの診察は、水瀬の魂を覗いているのだ。
本来であれば、一人の人間につき魂は一つである。だが、水瀬には魂が二つあるのだ——といっても、一つの魂がまるで分裂したかのような魂なので、水瀬は三木との定期健診では必ず見てもらうようにしている。
「いつもながら、なんだかこれ身体の芯からムズムズするんだよな……」
三木は水瀬の魂をチェックすることを『ダイブ』と呼称している。というのも、魂をチェックする際、三木は意識を失うのだ。これは全神経をその一点に集中し、自らの意識を水瀬の中へ飛ばしているからと三木は説明していた。
「——うっ」
「おっ、帰ってきたか」
「……ッブハァ! ハァハァ……」
三木が大汗をかきながら意識を取り戻す。
ダイブ中の意識はまるで海の中に潜っているような感覚に陥るらしく、三木はダイブから帰ってくる度に荒い呼吸をしている。
「はい先生、タオル」
「あぁ……、ありがとう水瀬くん」
「それで、今日はどうだった?」
水瀬がデスクの上にあるタオルを三木に渡す。これもいつものことで、大汗をかいた三木が顔を丁寧に拭きながら、息を整え冷静になったところで診断結果を伝える。
「今回はあまり変化はないかな。二回目の診断時は初回と比べ多少魂の大きさに変化があったけど、それからは落ち着いているね」
「まぁ、あの時は色々とありましたからね」
初回の診断は選抜戦の第一戦前に行い、二回目の診断は見境兄弟との試合直後に行った。その時は水瀬自身、魂が二つあるということ、女性化が進んでいることという結果に動揺し、長原上地ペアとの一戦が後押しとなり、魂に大きさに変化を与えたと三木は推測している。
「あ〜でも、そうだな、些細な変化ではあるが、片方の魂がいつもより少し発光していたかな」
「いつもより発光?」
「そう発光。魂って呼称してるけど、僕が見てるのは光の球体だからね。その光の球体がいつもより少し強く発光していたのさ」
三木がデスクに置いておいたミネラルウォーターを取ると、失った水分を補給するがため一気に飲み干し、一息入れると話を続ける。
「まぁでも、発光の強弱は誰にでも起こることなんだ。その日の体調や気分とかでね」
「そんな曖昧なものなんですね」
「人間なんて曖昧なものさ。人を形作る素材自体は今の世の中でも簡単に手に入るが、それを集め形成したところで人間は生まれない。中身がないからね。昔の魔術——禁呪書物ならあるいは可能性はあるけど……。以前キミが戦ったマーキスと言う男の『ホムンクルス』のようなものは理論上確かに作れるが、あれは人間とは呼べない。一種の自立型魔法だね」
マーキスとの件については学校側——理事長の阿藤 静香に話している。阿藤と協力関係にある三木に、調査の一環でその件を話していたのだろう。
徐々に複雑な話になってきたからか、水瀬の瞳は次第に色が褪せていき……。
「つまり、あのホムンクルスはマーキスが人間の素体に魂を定着させることができなかった結果、仕方なく霧で形作ったものに自らの魔力を通じ命令系統を伝達させる仕組みをインプットさせていただけであり、水瀬くんでもわかるように言うと、田中・ウィリアム・岩太郎くんの固有限定魔術である『砂地の造兵』と同じ理屈——」
「グゥ……グゥ……」
「って寝てるぅー!」
眠りの世界へ入りかけていた水瀬を三木が何とか連れ戻すと、ホットコーヒーを入れたのか、部屋内に心を落ち着かせる芳醇な香りが漂う。
「すまなかったね水瀬くん。何だか話しているうちにスイッチが入ったみたいで、楽しくなってきてしまったのだ」
「それで、結局魂の発光がいつもより強かったって?」
水瀬がズズッと一口ホットコーヒーに口をつけながら、話を元に戻す。
「あぁそうそう。魂の発光と言うのは先ほども言ったように、体調や気分に左右されることがほとんどなんだ。見た所、水瀬くんの体調は特に問題ないように見えるし、何か直前で、そうだな一時間以内で胸が踊るようなことや、ワクワクしたこと、嬉しかったこととかあったかい?」
「ん〜、特になかったと思いますけど……ん?」
今日の試合で勝ったことは水瀬にとって確かに嬉しかったことではあるが、直前と言われると微妙なところである。試合自体はすでに二時間以上前に終わっており、三木の指定している時間に該当しない。では何かと考えると、水瀬の中に一つ思い至ることがある。が、水瀬にとってもそれはあまり信じ難いことであり。
照れているのか、水瀬が俯きながら頬を赤らめ三木に問う。
「何か思い当たる節が?」
「あ〜、はい、そのですね。笑いませんか?」
「僕は研究者でもあるが、その前に医者だぞ? 患者の悩みや症状に関わることで笑いなどするものか」
三木の回答は水瀬にとってとても心強く、ある意味では竜一より素直に話せる後押しとなってくれた。
水瀬にとって竜一はバディとして信頼し、頼りにもしているが、やはりバディと医者とでは関係性が違う。話せること話せないこと。相談できること相談できないこと。それぞれ異なるのだ。
水瀬は耳まで赤くすると、俯いたままポツポツと言葉を綴り。
「あの、ここに来る前にですね。白衣を来た女生徒がいてですね」
「うんうん」
三木はただひたすら、相槌だけを打ち。
「その白衣……と言うか、女生徒の制服の上から着る白衣が、その、なんと言うか、その」
「うん」
声を吃らせながら、勇気を出して一言。
「かわいいなぁ……と……」
「なるほど。それはどんな意味での?」
「どんな意味での!?」
水瀬の決死の一言に流れるように、三木が追求する。
「意味の確認とはとても大切なことなんだ。その水瀬くんのかわいいとは、誰からの目線なのか、どこからの言葉なのか。そう言ったすり合わせをすることで、今後の治療に役立つと言うものだ」
医者である三木は水瀬の驚きにも動じず、真剣な面持ちでその意味を説明する。
言葉とは相手の受け取り方で意味が変わる。本人の意思と全く異なる意味に即した時、それは医療にとって致命的なミスを引き起こすのだろう。だからこそ、三木はそれが大切なことであると説く。
「わ、わかりました……。えーと、今言ったかわいいってのは、なんて言うか、自分で説明するのも難しいんですが、なんと言うか。そうですね、男の頃にアイドルを見てこの子かわいいって言う時のかわいいと言う意味とは違くて、今言ったかわいいてのは、ん〜、うらやましい? みたい……な? あぁ……やめ! やっぱ恥ずかしいダメダメ!」
うああああ! ——と言いながら耳を真っ赤にした水瀬が顔を手で多いながらヘドバンよろしく頭を上下左右に振り回している。
しかしその光景を見ても尚、三木は冷静な口調で質問をする。
「そのうらやましいってのは、自分もしてみたいって意味かな?」
「え!? いや、そのしてみたいと言うか、別に白衣が着たいわけじゃないですけど……あぁ恥ずかしい!」
「着たいわけじゃないけど?」
「その、そのですね、ワタシもかわいい格好とかしてみたいなぁ……て……うわああああああオレは一体何を言ってるだぁぁああぁっ!」
「落ち着いて水瀬くん、言葉がおかしくなってきているよ!」
感情が高ぶってきたのか、どちらの水瀬も表面化してきている。もし今三木がダイブしたら魂はどちらもLEDが如く煌々と輝いているだろう。
「あのですね先生! そうは言ってもオレは男に戻りたいという気持ちはあるんですよ!? でもですね、なぜか良いなという気持ちが湧いてきてしまって!」
「水瀬くん!」
「!? ははははい!」
気が動転している水瀬に、三木が一喝するように大きな声で一言呼ぶと、それで気を取り戻したのか水瀬は頭を止め。
「水瀬くんが元男であったことを知っていて、且つ信頼できる女の友達、いる?」
「はい?」
三木の問いに、水瀬が目を丸くして聞いた。
お読みいただきありがとうございます!
久々の水瀬回でしたね!
水瀬回はまだまだ続きます!
あとブクマやっと300いきましたやったぁ!(外されなければ)
次は総合評価1000ptとブクマ500目指して頑張ります!
ご感想等お待ちしておりますにお気軽にどうぞ!
 




