3−1 定期健診
「灰村選手の横一文字が決まったーッ! 試合終了ー! 灰村・水瀬ペア、これでベスト8入りです! 下馬評を覆す奮闘は一体いつまで続くのでしょうかぁ!」
会場で実況を担当する生徒が声を上げる。
たった今、竜一と水瀬の第三回戦が終わり、見事ベスト8入りを果たしたところである。いまだ見学者は少ないが、やはりここまで来ると試合にも実況がつくらしく、いよいよ選抜入も見えてくる。
「おつかれ水瀬! ナイスフォローだった!」
「オレは支援しかできないからな。竜一のおかげだ」
「おっ、珍しく褒めてくれるな。ちょっと照れる」
「顔赤らめんな!」
控え室に戻りながら、いつものように雑談を広げるこの時間が、二人は心地よく感じる。勝利の美酒というわけではないが、やはり余韻に浸りお互いの良かったところを褒め合うのは気持ちの良いものだ。もちろん、その後なんやかんやでお互いのダメ出しを言い合う(喧嘩)こともするが、とりあえずは良しとする。
「にしても、これでベスト8か〜。俺らも結構良いとこまできたよなぁ」
「だな。次はベスト4を決める試合だし、さすがにこれまでのようには行かないだろうけど、そろそろオレらを最底辺と呼ぶ奴らも減るんじゃないか?」
「最近でももう言われること減ってきたもんな。まぁ魔法自体は使えないから、魔道士としてはやっぱり底辺だろうけど。ハハハ!」
「なにわろてんねっ……ん?」
「ハハハ……どした水瀬?」
「んあ? あ〜、いやな、最近胸が痛くなることが多くて」
「恋か?」
「そう言うお前への心労かもな」
突然、水瀬の胸に痛みが走る。胸と言っても、心臓や内臓的なものではない。もっと表面の、肌や筋肉という部分の話だ。
この痛みは何も今に始まったことではない。水瀬が女に変異してから時折あったものだが、ここ最近はその頻度が多くなっていた。最初のうちは特に気にする素ぶりも見せなかったが、頻度が多くなるにつれ、さすがの水瀬も心配になる。
「まぁでも、一度医者に見てもらったらどうだ?」
「そうだなぁ。今日はこれから三木先生のところで定期健診だし、ちょっと相談してみるよ」
「それが良い。俺はトレーニングしてるけど、心配ならついて行こうか?」
なんやかんやで、軽口を叩いていた竜一も水瀬のことが心配なのだろう。そっぽを向きながら話してはいるが、少しそわそわしているのが水瀬にも見て取れる。
水瀬自身は心配ではあるが、そこまで大きな問題と言うわけでもないので、首を横に振りつつ。
「いや、大丈夫だよ。何かあったら知らせるし、気遣いありがとな」
「ん。良いってことよ」
そんな雑談をしながら、控え室で制服に着替えた二人は試合会場を出ると、竜一はトレーニングへ、水瀬は保健棟へと向かう。
◇◇◇
選抜戦が始まってからは、試合で負傷した生徒の多くが保健棟へ訪れていたため、良くも悪くも活気があったが、今や試合も進み、ここへ訪れる生徒も少なくなっていた。待合室や廊下では生徒がまばらに歩いており、中には白衣をきた生徒もいる。おそらく治癒魔法を専門にしている医療系魔道士だろう。
治癒魔法は習得が非常に困難で、例えかすり傷を一つ治す微力な治癒魔法でも、膨大な勉強と魔力コントロールが必要となる。そのため医療系魔道士になるのは、ある意味で千歳沙月などとは別方向に優秀な人間しか慣れない。見方を変えると、エリート集団と言うことになる。
ここ保健棟では、その医療系魔道士がそれぞれの分野に置いて魔法の研究をする傍、貴重な治癒魔道士として働くことができるのだ。当然、学生でもそれなりのお給料が出るため、治癒魔道士を目指している人のほとんどは放課後にここでアルバイトをしている。
ここに所属している大概の生徒は制服の上から白衣を着用する。以前竜一はここの女生徒の白衣と短いスカートから見える脚のコントラストが素晴らしと、鼻の下を伸ばしながら力説していたが、水瀬自身も概ね同意でその時は話が盛り上がっていた。白衣とはなぜあそこまで女性の魅力を引き上げるのか、そう以前は二人で話していたのだが。
ふと、正面から歩いてくる三人の女性治癒魔道士を水瀬が見やる。相変わらず制服の上から白衣を来た女生徒は不思議な魅力を発しており、その姿に釘付けとなった水瀬は——。
「かわいいなぁ……」
ポツリ……と、自身でも気づかず発していた。
二階のつきあたりの部屋、そこが名目上水瀬のかかりつけの医師『三木 透』の診察室である。すでに何度も通っているこの部屋へノックしスライド式のドアを開けると、そこには珍しく先客が居た。
如何にも真面目そうな二人の生徒、おそらく治癒魔道士だろう。白衣を着ていることから水瀬がそう判断したその二人の生徒と三木が一斉にこちらを見やる。
「あぁ水瀬くん。そうかもう定期健診の時間か、すまないすまない。——じゃあ二人とも、これからこのかわいい男の子の診察をしないといけないから、また今度でもいいかい?」
「えぇもちろんです。突然の相談で申し訳ありませんでした」
三木が水瀬へ軽く挨拶し、それに乗じて二人の生徒が退出すべく立ち上がる。白衣を身に纏った男子学生は雰囲気的に三年生だろうか。同学年で見たことはなく、かといって一年生と言う雰囲気ではない。スラリとした体型に竜一より背が高いであろう男子生徒は、三木へこれまた真面目に挨拶をする。
隣にいる白衣を纏った女生徒も、同じくこの男子生徒と同じ三年生だろう。男子生徒と同じく、少し線の細い女生徒は、無造作に伸びた黒髪は肩口まで伸び、まるで瓶底メガネのような古典的なメガネに前髪がかかりそうだった。隣の男子生徒が立ち上がるのを見ると、女生徒も立ち上がる。
部屋のドアの入り口で待っていた水瀬は、振り返った二人の生徒と目が合う。すると、水瀬を見るなり男子生徒が「おや?」と呟くが、すぐに表情を戻すと、水瀬へ軽くお辞儀をして部屋を退出した。
「いやぁすまないすまない、ちょっと話が長引いてしまってね」
「いえ、オレは別に構いませんが、珍しいですね。三木先生に来客なんて。いつも一人でここにいるのに」
「まぁ僕の専門分野についての相談だったからねぇ。詳しくは守秘義務があるから言えないけど」
三木の専門分野とは魔導医術であり、その中でも特に禁呪書物についての研究をしている。——しかし、三木が禁呪書物について研究していると言うのは公にされていない。公表では三木は魔導医術を専門にし、その中でも古代魔術の研究を行なっているとされている。
しかし、一般の生徒が古代魔術について相談〜……と言うのはあまり考えられない。三木自身、人柄は置いておいて、魔導医師としての実力は高い。そちらの方面での相談だろうと水瀬は思案する。
「それじゃあ、今日も元気に隅々まで診察しようか」
「言い方が嫌だな……」
三木はいつものように水瀬の背中へ手を当てた。
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