2−34 暴走
「なんだ……これ……?」
竜一が驚愕の表情を浮かべる。
木戸を抱き寄せた千歳の足下に魔法陣が出現すると、千歳の絶叫とともに魔法陣は赤黒く光り、千歳を包み込んだのだ。
「これは……なんですか……? なんなんですか! 一体なにをしようとしているのですか!」
悪魔の化身となったマーキスが先程までの自信とは裏腹に、千歳の様子に困惑しているようだ。
千歳の周囲では魔法陣の影響のせいか、空間が歪み、異様な光景を映し出している。
「やめなさい……それを、即刻やめなさい!」
その異様な光景に耐えきれなくなったのか、それともキマイラと融合したことで野生の勘が働くようになったのか。マーキスは困惑と憤怒を内包しながらも身体の前方へ小さな魔法陣を三個展開すると、紫色のした閃光がその赤黒い魔法陣へと射出される。
「会長! 先輩!」
紫色の閃光が魔法陣に直撃……することはなく、まるで見えないシールドがあるように、直前で紫色の閃光は方向を変えた。
すると、赤黒い魔法陣は次第にその姿を変え、まるで竜巻のように千歳のいた場所に発生する。
「くそ、なんですかそれは! クソ!」
マーキスがもう一度、またもう一度紫色の閃光を千歳へ向けるが、赤黒い竜巻が閃光を弾くと、次第に竜巻は薄くなり。
「会……長? です……か?」
そこに現れたのは、丈の短い和装姿に、足にはコンバットブーツを履き、肩は露出され妖艶さを滲ませる。その姿は観る人を魅了するほど美しく妖しい色気を纒い、しかし——目は赤黒く染まり、言葉にならない叫びを発しながら、半狂乱した千歳沙月が現れ。
「————ッ!」
両手にはアサルトライフル『89式小銃』と思われる物がそれぞれ握られている。何故「思われる物」なのか、それは。
「何だあの銃……。管? のようなのが銃に纏わり付いて、まるで血管のように鼓動している……?」
竜一が驚愕の表情で千歳を見やる。
両手に握られた89式小銃は全体に黒い管が纏わり付き、一目ではそれが89式小銃と判断できないほどとなっていた。
そしてもっとも異質な物と思わせるのは、竜一が言っていた「鼓動」である。
89式小銃に纏わり付いた管は、まるで脈を打つかのように鼓動をし、それ自体が生きているようであった。
「姿が変わったくらいで、だから何だと言うのです!」
その異様な姿に変貌した千歳沙月を見たマーキスは、両腕についている蛇をうねらせ、爪の代わりの毒牙を携えキマイラの脚力を持って千歳へと突撃し。
「————ッ!」
脈を打つ89式小銃のマガジン部分から、さらに黒い管が伸びる。
その管が千歳の腕を這い、肩を這い、肩の露出した部分から背中の方へと伸びて行くと、千歳の身体が小さく跳ね、一瞬呻き声を漏らす。
すると、脈を打っていた89式小銃は一際その鼓動を強くし、千歳の足元から身体全体にかけて魔力が溢れるように放出されると。
「ガァアァァッ!」
毒牙の蛇を持ったマーキスが千歳に噛み付くその瞬間、ガチャリ——と銃特有の部品音を鳴らしながら千歳が右手の脈打つ小銃を構え。
「——。キサマガ」
怒りの表情を隠すことなく、その引き金を引き。
「キサマガキサマガキサマァ!」
脈打つ小銃から、赤黒い閃光が射出される。
「ヒゥッ!? うぎゃぁあ!」
千歳へ迫り来るマーキスの毒牙蛇のうち、右腕の蛇を赤黒い閃光が貫くと、まるで貫いた場所は焼かれたように赤く焦げ跡も残していた。
ただの魔力弾であればそのような現象は起きないだろう。まるで魔力とはまた異なる別の媒体が射出されたように、未知なる閃光は毒牙蛇を屠ると、マーキスは叫びながら後退し。
「ヒィヒィ……。 クソクソくそ! 私の私のワタシの右腕が! 最強である私が!」
悪魔の化身となっても中身は変わらないのか。動揺を隠せないマーキスは、それでもやはり代替融合の恐ろしさか。マーキスが苦悶の声音を漏らしながら、焼き裂かれた右腕の蛇を再生すると。
「私が私が、私がぁッ!」
マーキスが再度、千歳へ向かい飛び込もうとする。
——が、そこには既に千歳の姿はなく。
「……どこへ? どこへ消えたのです!」
「ココヨ」
狼狽するマーキスの声に呼応するように、千歳がマーキスの背後に突然現れると。
「——ヒッ!」
未だ無事な左腕の蛇を振り回し、背後の千歳を狙うも、またしても音すら立てずに消えた千歳はすぐにマーキスの前に現れ。
「ハァッ!」
高さ三メートルはあろう悪魔の化身と化したマーキスの顎に、飛び膝蹴りをかます。
ライオンの頭蓋骨だけとなったその顎でも脳はあるのだろうか。顎に強力な一撃を喰らったマーキスは覚束無い足取りで後ろへヨタヨタと後退する。
そこへ追撃が如く、千歳が両手に持った脈打つ小銃のセレクターレバーを単発から連射へと切り替え、構える。マーキスが足を止めたところで、両手の脈打つ小銃のトリガーを引くと。
赤黒い弾——銃弾とも魔力弾とも言えないその弾が、悪魔の化身たるマーキスの巨体に向かって放たれる。
先ほどのキマイラ戦ではキマイラの厚い毛皮により、千歳のアサルトライフルは全く通用しなかった。しかし今回は。
「ウッ……グハァッ!? なぜ、なぜだァ!」
赤黒い弾はキマイラの分厚い毛皮を有したマーキスの巨体を難なく貫き、大量の風穴を空けた。
「フゥフゥ、クソ、クソガァ!」
マーキスの足元に魔法陣が展開される。
「『疾風魔法』!」
自らを速度強化したマーキスは両手を地面に付き、キマイラと同じ四足体勢になると、キマイラとは比べ物にならないほどの速度で辺りを駆け出した。
目にも留まらぬその速度は、側から見ている竜一ではとても追いつくことができず。
しかし赤黒い眼をした千歳は眉を一つ動かすこともなく、両手に持った脈打つ小銃を消すと、新たにショットガンと思わしき銃を出現させる。
『レミントンM870』と思わしきそのショットガンは、相変わらず管が纏わり付き、その正体が判別できない。千歳が弾を装填すべく、ガチャリとポンプアクション式ショットガン特有の所作を施し、高速で動き回るマーキスへ狙いを定め。
「————ッ!」
トリガーを引くと大きな発砲音が鳴り響く。その瞬間、千歳と繋がった管が大きく膨れ揺れ動くと、射出されたのは散弾ではなく、いくつもの細く赤黒い閃光であった。
赤黒い閃光群は、それこそ散弾と同じかそれ以上の速度を持ってマーキスに向かう。
それを見たマーキスは、キマイラの運動性能と『疾風魔法』の複合により、高速な再度ステップで回避に成功した。
が、しかし——。
「なんだ……と!? なんだこれは!」
その赤黒い閃光群は直角に曲がるとマーキスを追跡する。それぞれが不規則に動きながらも一個の群として追尾するそれを、マーキスは右へ左へ、木々へ登り飛び移り、その持ち前の脚力で躱そうとするも、障害物を避け切ったいくつかの閃光に、ついには追いつかれ。
「ウガァァァッ!」
いくつかの閃光がマーキスへ直撃すると、小爆発を引き起こした。
「うふ、うふは、ウハハハハふふふ!」
その光景はもはや圧倒的と言うべきか。キマイラと融合したマーキスを赤子の手を捻るかのようにいなす千歳は、その小爆発を見ながら高笑いをあげていた。
爆発の照り返す灯りが千歳を照らし、赤黒い眼をした千歳の顔は、心底楽しそうな表情を受けべており。
「鬼が……いる——」
眺めることしかできない竜一は、そう呟いていた。
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