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2-33 融合

「おやおや、これはこれは」


 土手っ腹に大きな穴の空いたキマイラは、やはりと言うべきか血は流れなかった。代わりに穴付近から霧のようなものが霧散しているのを見ると、やはりホムンクルスたちと同じ過程で生まれたものだとわかる。


「まさかキマイラさんを倒してしまうとは、さすがの私も驚きですよ」


 マーキスの切り札であるキマイラを倒した竜一らは、倒れながら満身創痍の状態で話すマーキスを見やる。

 竜一らがすでに戦闘不能状態だからか、余裕の表情を浮かべるマーキスに竜一らは言い知れぬ不安感を感じていると。


「もう戦えないであろう貴方たちを消し去るのは赤子の手首を捻るくらい簡単なことですが、問題は千歳沙月嬢ですねぇ」


 顎を指で触り、芝居掛かった所作で悩む姿を見せるマーキスはこの状況を楽しんでいるようだ。

 千歳沙月を問題視していると発言している割に、まだ何の行動もしないのは何かさらに奥の手でもあるのか。自分の勝利に揺るぎないと確信しているからこそなのか。

 「ふーむ」と悩むそぶりをしているうちに、噂の千歳沙月は竜一らの下へ辿り着くと。


「これで終わりね、観念しなさい!」


 両手で拳銃『ベレッタM92』を構え、いつでも発砲できる状態で現れた千歳は、それが威嚇でないことを示すかのように殺気を立てていた。


「お〜怖い怖い。その銃を下ろしてくださいよ。私なんかがその銃弾を浴びればひとたまりもありませんよ。ふふ」

「そういう割に何だか余裕そうじゃない。何か行動しようとしてもすぐに発砲するから動かないこと、いい?」


 ニヤけ面を崩さないマーキスに、さすがの千歳も警戒をする。おそらくマーキスは何かまだ隠し持っている。それはこの場の全員が理解しているだろう。マーキス自身もそれを隠そうとしない。

 故に、千歳はマーキスへ警戒しながら近づいていく。十五メートル、十四メートル……一歩一歩ゆっくり歩を進める。


「あなたは捕縛後、魔導騎士団へ受け渡します。下手なことをしなければ命までは取られないでしょうから、大人しくなさい」

「ふふ、うふふ……」


 一歩、また一歩と千歳が近ずく。

 今手に持つベレッタの引き金を引けば確実にマーキスの脳天を貫けるだろう。しかし、この者たちの正体、目的を判明しなくては今後も竜一らは狙われ、後手に回り続ける。だからこそ、マーキスは生きたまま捕縛したい。

 それは悠長でも慢心でもなく、実に合理的な考えだろう。だからこそ、目の前のことに集中してしまう千歳は、まだまだ学生ということなのだ。

 木戸が大声を叫ぶ。


「——ッ!? 会長! 後ろ!」

「えっ? ——きゃっ!」


 千歳が後ろを振り向くと、ホムンクルスの少女が千歳に向けて短剣を突き刺そうとしていた。

 すんでのところでそれに気づけた千歳は身をひるがえし交わすが、その隙に何人かのホムンクルスが既に絶命しているキマイラをマーキスの下へ運ぶと。


「ここまで私を追い詰めた貴方たちに、私は最上級の敬意を払いましょう。ふふ……ふひひッ!」


 マーキスが不敵に笑うと、足元で何かの魔法陣が発生する。紫色に光る魔法陣の中、マーキスが何かしらの詠唱を唱え出す。


「神の理りに触れるは多重の小象。禁忌を持ってその身に宿すは幾重にも列なる光玉の寄る辺。我の肉体をもって其の寄る辺に従い、今次をもって宣名す、来たれ、破軍の魔導ッ——!」


 その詠唱は細かいところは違えど、多少なりとも聞き覚えのある竜一は眼を見開き、大声をあげ。


「会長! それはヤバい! ヤバいやつだ! 逃げてくれ!」

「——なに、これ?」


 千歳に竜一の声は届いていないのか。いや、届いてはいるだろう。しかし、今目の前で起きている現状に理解が追いついていないのだ。ただただ呆然と見つめるその先に広がるのは、これまで見たこともない魔法。いや、魔術である。


 マーキスの詠唱により、キマイラは完全な霧に分解されると、その霧はマーキスの身を包み込むと、異様な様へと形作っていく。

 マーキスの足はまるで山羊のように屈強な脚へと変化し、胴体はまだ人としての名残が残っているが、灰色の毛に覆われた胴体はもはや人間と呼ぶことができず。腕は蛇でできており、本来手にあたる頭の部分は、キマイラと同じ爪が牙となっている。顔はもはや人間を捨てており、且つライオンでもない。まるでライオンの頭蓋骨をそのままくっつけたような、言うなれば悪魔のような化身がそこに立っていた。


「なに……これ、こんなもの、私見たこと……」

「会長ッ! 早く逃げ——」

「——————ッ!」


 声とも獣の咆哮とも取れないその叫びと同時に、悪魔の化身と化したマーキスの前に6個もの小さな魔法陣が発動すると、そこから紫色をした閃光が無作為に放たれる。

 成人男性の腕ほどの太さであろうその紫色の閃光は適当な方面へ放たれ、木々を薙ぎ払い、地面を抉り、そして——。


「——え?」


 紫色の閃光のうち、一本が呆然と立ち尽くす千歳沙月へと向かい。


「会長ッ! 千歳会長——千歳ェッ!」


 何もできず紫色の閃光が迫り来るのを見ていた千歳は、気づいたら地面に転がっていた。

 そして、先ほどまで千歳が立っていた場所には——副会長、木戸亮が立っている。


「えっ、うそ、木戸……くん?」


 木戸を見上げる千歳は言葉にならないのか、現状を把握できていないのか。しかし、確かに紫色の閃光が自らに迫っていた瞬間のことは覚えている。木戸が叫び自らの名を呼んでいたのも薄っすらとだが覚えている。

 しかし、自分は地面に転がり、目の前には木戸が立っている。それが意味することは。


「全く……会長は世話が……焼け……ます……ね……ウっ……ゴフッ——」


 口から大量の血を吐き散らし、千歳の隣へ倒れた木戸に千歳が擦り寄る。


「き……ど……くん? ねぇ木戸くん? どうしたの? 目を開けて?」


 千歳が木戸を抱き寄せると、その手にはべっとりと血がついていた。どうやら紫色の閃光は木戸に直撃したらしい。

 目を閉じ意識を失う木戸を、千歳はただひたすら呆然と眺め。


「くは、くはは……くははっハハはっハハは! 素晴らしい! これが禁忌の魔術とされた代替融合ですか! 力が、力が溢れるようですよ!」


 悪魔の化身と化したマーキスは、もはや人間とは呼べない己が身体を舐め回すように見つめ、歓喜の雄叫びをあげていた。


「これなら私はどんな者にも負けない! 誰も私に逆らえない! そう、もはやIris(アイリス)は私のも——」


 ドクンッ——。

 何かの心臓の鼓動だろうか。その場にいた竜一はもちろん、マーキスにもどうやら聞こえたようで、歓喜の雄叫びを途中でやめ、あたりを見回すと。


「木戸くん? ねぇ、嘘だよね? そんなことないよね?」


 意識を失った木戸の顔に、ポタポタと涙を流す千歳の周りの景色が歪み。


「木戸くん、木戸くん——」


 木戸を揺すり、ただ寝ているだけだろうと、起こそうとしても目を開けない木戸を見て涙が止まらない千歳は。


 ドクンッッ————。


 一際大きな鼓動が鳴り響き、千歳の足元に赤黒い大きな魔法陣が展開されると。


「ああ、ああアァあ、あアァああアァァアああアァああッ!」


 千歳は絶叫をあげ、赤黒い魔法陣は千歳を包み込んだ。

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