2−32 狙撃
誤操作によりこの話を一度削除してしまいました。
申し訳ありません。
内容も特に変更されていません。
キマイラが雄叫びをあげている。自慢の爪が破られたためか、はたまた、木戸を舐めてはいけない獲物と判断したのか。喉を鳴らし、鋭い眼光を木戸へ向ける。
「やるじゃないっスか先輩!」
「俺を誰だと思ってる。帝春学園副会長だぞ。これくらいできなきゃ会長の右腕はやれねーさ」
得意気に語る木戸は、言葉とは裏腹に少し重苦しい表情をしていた。
「さて、とりあえずは『鋼鉄の粗製』で防げることがわかったが……灰村」
「何すか」
トーンの低い声で語る木戸に、竜一も何かを察したのだろう。鉄屑を構えたまま、耳だけを木戸へ向ける。
「俺の『鋼鉄の粗製』は確かに強力だが、実はあまり長時間使用できないんだ。というのも、魔力消費が異常に多くてな。さっさと決めないとそれこそ詰みだ」
ただでさえ物質錬成は高度な魔法であり、大量の魔力を消費する。それこそ、普通の生徒であれば木戸の得意とする『鉄の壁』を一回錬成しただけで大量の魔力を消費し、息切れをしてしまうだろう。それを普段から軽く扱えているのは、木戸の天性のセンスなのか。
しかし、その木戸をもってしても鋼鉄の錬成は骨が折れるようだ。
「でも木戸先輩のおかげでだいぶ希望が見えてきました。俺も残り体力は少ないですし、一気に行きましょう!」
竜一がもう一度鉄屑を強く握りしめ、自分を鼓舞するかのように戦意を向上させる。
一方、いつの間にか爪が生え変わっていたキマイラは、喉の奥を鳴らしながら竜一らの出方を伺っているようだ。
どうやら、先程の木戸の一撃で竜一らの評価を見直したらしい。眼光は鋭くなり、警戒をしているのか、簡単に前へ出てこようとしない。一瞬の隙をついて獲物を仕留める。野生動物としての名残だろうか、キマイラという神獣の姿に変わっても、その闘争本能は健在であった。
故にお互いがお互いを警戒し、張り詰めるほどの緊張感が森の中を包む。月明かりが照らす森は、時折夜風が吹くと木の葉が揺れ、耳に柔らかな音を届けてくれる。しかし、現在彼らにはその音を聴く余裕もないだろう。
竜一の頬に汗の雫が流れる。猛獣と対峙する——本来であればそれだけで身体はすくみ、立つことすらままならないだろう。休む暇もなく戦闘をしていれば特に感じないことも、この空気では否が応でもそういった本心に気づいてしまう。
頭の片隅ではこの獰猛な獣に喉仏を噛み切られ、頭と胴体が離れてしまうのではないかと思案することもあるだろう。
だからこそ、竜一は心の底から安心をしている。
それは恐怖を感じれる自分は正常だとか、頼りになる仲間がいるから大丈夫だとか、そういったことではない。
竜一の胸にあるのは水瀬葵——ただ一人である。このような危険な場に彼女がいなくて本当に良かったと。彼女が逃げるために自分は剣を握っているのだと、そう思えたことに安心をしていたのだ。
だからこそ、竜一はここで引くことはできない。また彼女に会うということを心に誓い、この静寂な空間に己が一閃を振るおうと構え。
「キマイラ……覚悟ッ!」
その言葉と同時に竜一・木戸・キマイラは一斉に動き出す。
◇◇◇
竜一らから後方三十メートルほどだろうか。五メートルほどの高さがある起伏地に、千歳沙月は自身の持つ武器の中で最も強力な銃である、アンチマテリアルライフル『バレットM82』を構え地面に寝そべっている。
「ちょうどいい場所があってよかったけど、やっぱりライフルは慣れないなぁ」
独りごちるように言いながらも、千歳は暗視スコープ越しに木々の隙間から竜一らを見やる。
「やっぱ近接でズバババってやりたいよね。狙撃とか私の性格上合ってないと思うし」
暗視スコープ先では、竜一と木戸がキマイラと激しい攻防を繰り広げている。とは言っても、木々の隙間から見える範囲内だけなので、キマイラの縦横無尽な動きは即視界から消えてしまう。
「うーん……動きを止めてもらわないと無理だわねこれは。しかも、私の射線上で止めてもらわなくちゃ」
千歳のいる起伏地から、竜一らのところまでは木々が一本もない見事な好立地である。森の中でこう言った場所を見つけられたのは、普段から森でいたずらを仕掛けている千歳だからこそできた芸当か。学校の裏庭でもあるこの森の地理は頭に入っていたのだろう。
ただし、射線が通っていると言っても、それは横幅が一メートルにも満たない射線。少しでも対象がその射線からズレれば、木々が邪魔となり狙撃は不可能だろう。
「アレだけは極力使いたくないし、これで仕留めたいよね、うん。頼むよ二人とも」
一瞬暗い顔をするが、それは誰が見ている訳でもない。それでもやはり極力明るく振る舞うのは千歳の本心なのか、はたまた偽心か。
少し先から聞こえる鍔鳴り音に耳を傾けながら、千歳はスイッチを切り替えるようにスコープを覗きこむ。
◇◇◇
「クッソ! 相変わらず早え!」
黒衣の礼装の袖を切り裂かれながらも、首の皮一枚で避けた竜一が不満を漏らす。
「どうやら奴さんも本気のようだな。さっきまでとスピードが全然違う」
木戸も口調は余裕そうだが、クールな表情とは裏腹に汗を滲ませていた。
先ほどまでは手を抜いていたのだろうか。木戸の言うとうり、キマイラの動きは格段に早くなっていた。サイドステップをするように左右に揺れながら接近することで竜一らの狙いをずらし、一撃放った後は即退避するヒットアンドアウェイ。本当に獣か疑いたくなるほどの戦闘センスに、二人はついていくのがやっとだった。
「ッ!? 先輩、シールドください! ——ック!」
「『鋼鉄の城壁』! ハァハァ」
キマイラの超スピードにギリギリの反応で応対する二人は、そろそろ魔力が限界に近づいてきているのか、肩で息をしだしていた。
《竜一くんはもっと右に行ってもっと右! 木戸くんは〜どこにいるの!? 木が邪魔でわからない! あ〜竜一くん通り過ぎたそこじゃない!》
インカム越しでは竜一らにあれこれ指示を出しているのは千歳である。千歳のいる位置から狙撃できるポイントは限られていると伝えられた竜一らは、そのポイントを探しながらの戦闘を行なっている。
「会長、指示が大雑把すぎッスよ!」
《文句言わない! 左後方に移動して!》
「〜〜! 了解ッス!」
ただでさえキマイラの攻撃を防ぐのに神経が削がれるというのに、千歳の指定ポイントを見つけなければならないというのは更に体力を消耗させるのだろう。
竜一の体は度重なる攻撃を受けて、すでに傷だらけである。ギリギリのところで木戸の支援を受けながらやってきているが、それも限界に近いか。
「ここら辺か!? 会長! ここで良いんすか!?」
《オッケーだ竜一くん! そこでワンちゃんの動きを止めてくれ!》
「ッス!」
走り回りながらようやく見つけたポイント。竜一は後方を見やると、そこには確かに横幅一メートルほどの空間が暗闇の中に続いている。おそらくこの先に千歳はいるのだろうと推測し。
「木戸先輩! ポイント見つけました!」
「やっとか! じゃあそろそろ戯れあいもここらで終いにするぞ!」
「ウスッ!」
肩で息をする木戸も再度気合いを入れ直し、竜一の近くへ駆け寄ると鉄屑の前に両手を突き出す。すると、その手の先が薄っすらと銀色に輝く。
「——『鋼鉄の付与』。これでよしっと」
「先輩、これは?」
竜一が鉄屑を見やると、元来鈍く黒光りしていたその剣は、まるで上からコーティングでもされたかのように刀身が銀色に輝いていた。
「お前の剣に俺の『鋼鉄の粗製』を付与した。これで一回だけならキマイラの攻撃も防げるだろう……ッウ……」
「先輩!?」
膝から崩れ落ちそうになる木戸を竜一が支える。木戸の表情を見やるとどうやら魔力切れ間近なのか、辛そうに見える。
だが、こうしている間にもキマイラは攻め込んで来るだろう。だからこそ、木戸は自らの力を奮い立たせ竜一の腕を跳ね除けると。
「……これがラストチャンスだ灰村。準備は良いか?」
「ッウス!」
目の奥で闘志を燃やす木戸の言葉に竜一は力強く頷くと、木戸はいつも通り上から目線で笑う。
木戸が竜一から離れ、最後の力を溜めるよう数瞬息を整える。耳につけたインカムにそっと手を触れると、自らのバディへ最後の合図を送る。
「会長、行きますよ」
《よろしく、副会長!》
いつも通り、あっけらかんと答える千歳の返答は、木戸にとってこれ以上ないほど力を与えるのだろう。
視線の先にいる化物に照準を合わせ地面に手をつくと。
「——『貫きの槍』!」
「グルルルルルァ!」
手をついた地面からキマイラに向かって無数の槍が精製されていく。銀色に輝く槍たちは切っ先が鋭く尖り、それに刺されればどのようなものでも貫かれるだろう。
高速に迫り来る無数の槍たちを回避すべく、キマイラはたちまち走り出すが。
「そこから先は袋小路にさせてもらうぜ。——『真実の道』!」
木戸が叫ぶと、キマイラの左右後方に銀色の壁が出現する。キマイラがジャンプして脱出しようとした瞬間、まるで蓋をされたように銀色の天井がつく。銀色に輝くその空間は、壁自体が光を発しているのか、明るく視界は良好であった。
「グルルルル!? ガァグァアアアアァ!」
鋼鉄の壁は破れないだろう。学習したキマイラはそのことが瞬時に理解できる。故に、左右後方と道を阻まれたキマイラに残された道は、十メートルほど続く前方のみであった。
「ガアアアアアァァアアッ!」
野生の勘でこの場所はマズイと察したのだろう。キマイラは唯一の出口である前方へと走りだす。出口に誰か立っていることは確認できるが、それごと消しとばすつもりなのか、キマイラは爪を振りかぶりながらジャンプするように突撃すると。
「待ってたぜ! ワンニャン野郎!」
狙撃ポイントであるその場所——『真実の道』の出口で待ち構えていた竜一は、銀色に輝く剣を両手で腰あたりに握り、身体に微弱な電流が流れ。
「固有魔導秘術——『生命の輝き』!」
残された最後の力を振り絞り、全力で身体能力を向上させる。
爪を振りかぶったまま突撃してきたキマイラは出口へと出た瞬間、その凶悪な爪を全力で振り下ろす。それに対し、竜一は真正面から鉄屑を爪への迎撃に振り上げると。
「ウォォォオオオアアアァァアッ!」
「グルルルルァァッァァァアアア!」
鉄屑と爪が衝突し、鼓膜が破れるかと思うほどの金属音が鳴り響く。強大な力の衝突に鉄屑にかけられた鋼鉄のエンチャントが剥がれてきているのが竜一にも見て取れる。
「踏ん張りやがれ、灰村!」
先ほどの『真実の道』で力を使い果たしたのか、その場で崩れ落ちている木戸が竜一へ力いっぱい檄を飛ばし。
「アアアアァァアアアッ!」
身体の傷から血が溢れ、鼻からは血が流れるほど全身から残された魔力をかき集めた竜一は、その渾身の一振りに全身全霊を乗っけて。
「だああぁらっしゃあぁぁいっ——!」
キマイラの爪をかち上げると、キマイラは万歳をするように直立し。
「今だ、会長ォォォオオオォォッ!」
同時に、反動で後方へ倒れる竜一は直接声を届けるが如くそう叫ぶと、インカムごしに落ち着いた声音で生徒会長千歳沙月は囁くように。
「よくやったよ、二人とも!」
ボンッという炸裂音がした瞬間、竜一の目の前で直立しているキマイラの土手っ腹が炸裂し、大きな空洞が空いた。
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