2−31 副会長——木戸亮
「また、エセ貴族って、言いましたね……」
マーキスが怒りに身を震わせ、言葉の節々から憎しみが漏れ出していた。
「そんなこと気にするなんて、本当に自分はエセ貴族ですって言っているようなもんだぞ、エセ貴族!」
相手を煽るように、怒らせることが目的のように、木戸は何度もマーキスの嫌がる言葉を口にする。
「ま、また、エセ貴族と」
「何度でも言ってやるぞ。その燕尾服も平素から着ているとか頭沸いているんじゃないですか? 無難にオーダーメイドスーツでも着ていた方がよっぽど育ちがよく見えるぞエセ貴族」
「き、木戸先輩?」
「……」
ついには言葉も出て来なくなったマーキスは、深いため息を一つつくと、満面の笑みを浮かべていた。
「よろしい。やはりあなたたちとは感性が合わないようですね。ですので決めました。あなたたちは生け捕りにして今後の生体魔術のサンプルとさせていただきます!」
カッと見開いたマーキスの目は血走っており、木戸と竜一への対抗心でいっぱいであることが竜一らには容易に想像ができた。
故に、木戸は隣にいる竜一にインカム型トランシーバーを渡すと。
「これで細かい指示はする。あとは死なないよう全力で戦え」
「細かい指示をする前指示が大雑把すぎますよ木戸先輩ィ!」
先ほどから蚊帳の外にいた竜一は、知らずのうちに死地へ飛び込まなくてはいけなくなっていたらしい。
唐突な特攻命令に思わずツッコミながらも、急いでインカム型トランシーバーを耳に装着すると。
「来るぞ! 構えろ!」
「——!? はいッ!」
「グルルルルルァ!」
脚に力を込めたキマイラは、バネでもついているかのような跳躍で竜一らの真上まで飛び込んできた。
尻尾を振りおろすように竜一へ叩きつけて来るのに対し、竜一は鉄屑を両手に握り、足元から真上に向けて全力で振り上げる。
「ガルァッ!」
「ッチ! この馬鹿力が!」
なんとか尻尾の叩きつけを弾いた竜一だが、その反動により体は仰け反り、両腕は万歳をするかのように弾かれ完全な無防備と化してしまう。
「先輩!」
「わかっている! 『鉄の剣山』!」
竜一が弾かれる前にいた場所から、何本もの鉄の針が真上に向かって伸びていく。その先にいるのは先ほど竜一に攻撃を加えたキマイラである。竜一とは異なり、弾かれることなく空中から落ちているところへ木戸の『鉄の剣山』が襲う。
「グルルァ! ガフ、ガファッ!」
『鉄の剣山』がキマイラへ直撃するその瞬間、キマイラの爪が急速に伸び出し、まるで一本一本が剣のように鋭くなったその爪で、鉄の針を迎え撃った。鉄の針と剣のような爪が衝突し、摩擦で火花が飛ぶ。キマイラはその爪で鉄の針の間へ潜り込むと、難なく無傷で地面に降り立った。
「おいおい、そんなことまでできるのかよこの化物は」
多少のダメージを与えられると思っていたのだろう。木戸の落胆は竜一から見ても明らかだった。
「先輩! 来ます!」
「ッく!」
キマイラが竜一らのもとへ飛び込むと、先程伸ばした爪で攻撃を仕掛ける。
「『鉄の壁』! ——なに!?」
キマイラの爪が木戸の『鉄の壁』に激突した瞬間、甲高い金属音が鳴り響くと、どんな攻撃をも防いで来た鉄が深く抉れていた。
「どんだけ馬鹿力なんだこの化物は……!」
初撃は防げるが、何度も受けると『鉄の壁』すらも破られるだろう。そう感じた木戸は一旦距離を置き。
「灰村、奴の攻撃は出来る限り避けるようにしろ! 最低限俺からも援護するが、その剣で奴の爪を受けようものなら一撃で真っ二つだぞ!」
「どうやらそのようですね! それで、具体的になにを——」
《あーあー、メーデーメーデー。ヤホー! 二人とも聞こえるー?》
どう攻めようか思案する二人のインカム型トランシーバーに、先程どこかへと消えた千歳沙月からの通信が入った。
「会長、準備はできましたか」
《できてるよー! いつでもオッケー!》
「だから、さっきからお二方はなにをしてるんですか! いい加減俺にも教えてください!」
《あのワンちゃんを倒す為に、アンチマテリアルライフル……対物用ライフルで狙撃するんだよ! 竜一くん、もし万が一当たったら身体が爆発四散するから気をつけてね♪》
「気をつけてね♪ じゃねーっすよ!」
「!? 『鉄の壁』! 灰村! ボサッとお喋りしてんじゃねぇ!」
「理不尽っ!」
ガキンッ! と甲高い金属音と共に、木戸の『鉄の壁』が再度削られる。竜一らが相談している間、マーキスがそれを見逃す道理はない。当然ながら、作戦談義中もキマイラは御構い無しに襲って来る。
《ただ、暗闇の中だし暗視スコープ使ってるんだけど、やっぱり命中精度はちょっと落ちるかも。だから狙うなら胴体……それに一瞬でいいからワンちゃんの動きも止めて欲しいの》
「動きを止める……か。簡単に言ってくれますね会長は」
《難しい?》
「全く……会長命令を遂行するのが、副会長であるこの俺の仕事ですから」
《ふふ、頼りにしてるよ、木戸副会長》
「あのー、俺にも聞こえてるんでイチャイチャするのやめてくれません?」
《べべべ別にイチャイチャとかしてないし!?》
ともあれ、ようやく三人の目的が全て合致した。
竜一と木戸は、一瞬だけでもキマイラの動きを静止させ、千歳はその隙に狙撃する。
一言で言えるほど簡単な作戦であるが、先ほどからキマイラの動きについていくのがやっとの竜一と木戸にとって、その一瞬の隙を作るというのは全身全霊の集中力が必要になるであろう。
おどけて見せた竜一にも、そのことは瞬時に理解できた。
それほどまでに、目の前の化物『キマイラ』は強力なのだ。
会話中にも攻撃の手を緩めないキマイラに対し、二人は防戦一方であったが。
「さて木戸先輩! これ、どうします!?」
竜一がキマイラの突進から巨大な牙による噛みつきを紙一重で交わし、すれ違いざまに鉄屑を横一線に切りつける。
しかし相変わらず手応えがない。キマイラを見やれば、案の定傷一つすらない。
「……策がないこともない」
「ホントですか!?」
キマイラが近付きざまに尻尾の蛇を横薙ぎに叩きつける。
蛇が直撃する瞬間、これまた木戸の『鉄の壁』でなんとか凌ぐ。
「灰村、お前あの固有魔導秘術はあとどのくらい使えそうだ」
「……あと一回、それに使えてもほんの数瞬です」
「十分だ——『針ねずみ』!」
木戸が竜一へニッと笑うと、地面につけた手の先からキマイラへ向かって針が生え迫る。キマイラが俊敏な動きでその迫り来る針を避けると得意の爪で破壊し、得意気のように、威嚇のようにも取れる咆哮をする。
しかし、もはや木戸はそんなことは気にしない。いや、気にしていられないのだろう。これから作る鉄に比べれば、これまでのは粘土のようなものなのだから。
「調子に乗るのも今のうちだぞ、ニャン公! 固有魔導秘術——『鋼鉄の粗製!』
木戸が己の固有魔導秘術を発動した。さすがは帝春学園第三位。漏れてる魔力は相当なもので、離れたところで見ているマーキスも余裕の表情から少し曇りが見える。
「グルルルルル……グルルルガァ!」
キマイラも一瞬後退しようとするが、野生の世界で後退は敗北でも意味するのだろうか。その挙動は瞬時に取りやめると、己を鼓舞するかのように吠えると、体勢を低く構え、伸ばした爪を持って突撃し。
「言っただろう、ニャン公。さっきまでのと一緒にするなってな! 『鋼鉄の城壁』!」
鈍く重い音が辺りに響くと、突然キマイラが叫び出した。
竜一が見やると、先ほどまで『鉄の壁』と互角、いやそれ以上に渡り合っていた爪はひどく折れ砕け、場所によっては完全に剥がれている。
「会長、準備しといてください」
そうインカムに告げた木戸の手元では、銀色に輝く鋼鉄が月夜の明かりを照らし出す。
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