2-29 緊張感
「私の喜劇に乱入するとは、一体どなたですかあなたは」
明らかに嫌悪の感情を示すマーキスの視線の先には、足元まである長い髪に少し吊り上がった目、身体の周りに七つの重火器を浮遊させ仁王立ちをする女子高生——千歳沙月が立っていた。
「どなたもなにも今自己紹介したじゃないこのエセ貴族」
「え、エセ……?」
「え? やだもしかして本当に貴族の方だったりします? ごめんなさいその恰好が如何にも貴族に憧れてますみたいなコッテコテの服装だったのでつい……」
「貴族ではありませんが、私は由緒ある魔術師の家系で」
「やっぱエセ貴族じゃないですかヤダー! その恰好ダサいからやめた方がいいですよークスクスー! 魔術師なら魔術師らしく、悪者なら悪者らしい恰好しなくちゃあ!」
「……副会長、止めなくていいんですか?」
「まぁ……いつものことと言えばいつものことだから……」
マーキスがこめかみに血管を浮かばせ、目元をヒクヒクと引きつらせている。ご自慢の燕尾服をイジられたから怒っているのか、おちょくられたという事実に怒っているのか。どちらにせよ、これまで終始余裕の態度を崩さなかったマーキスが、初めてそのほかの感情を露わにした。
「……コホン。えぇ、お嬢さん、先ほど聞き取れなかった私のために、もう一度自己紹介をしていただけませんかね」
「もう一度自己紹介してほしかったら、まず自分から名乗るのが礼儀じゃないんですかエセ貴族さま」
「……私のことは傀儡士マーキスとお呼びくださいそして二度と呼ぶことはないでしょう死になさい!」
目を血走らせたマーキスが右手を動かすと、まだ辛うじて息のあったホムンクルスの魔導士が『燃え盛る炎』を撃ち放つ。
「そんな初級魔法効きませんよーだっ!」
千歳が言うと、左右に浮遊させている重火器で飛んでくる炎の矢を全て撃ち落とした。竜一が反射速度を上げてやっとの思いで迎撃していたあの雨の様な矢たちを、いとも簡単に撃ち落としたのだ。
その様子を見たマーキスは、一つ合点がいき。
「その一見豪快な戦い方に見えて、冷静に目標を射撃する戦闘スタイル。……あぁ、貴方が帝春学園の天才魔導士——千歳沙月さんでしたか」
「あら、貴方も私のことご存知だったの? ねぇねぇ木戸くん、私の名前も大きくなったもんですなぁ」
「有名になるというのは面倒ごとが付きまといますからね。SNSとかで炎上しないでくださいよ」
「もう何度も炎上してるから大丈夫!」
「炎上するようなことは呟かないでってあれほど言ったじゃないですかぁ!」
懇願するかの様に涙目を浮かべた木戸に、ごめんねと下を出しながら戯けて謝る千歳は、もはやマーキスなど眼中にないのだろうか。
その余裕とも取れる立ち居振る舞いは、竜一としては内心ハラハラどころの騒ぎではなく。
「……あなたたち、この現状を理解しているのですか」
額に青筋を浮かべ、目元はヒクヒクとヒクつかせているマーキスは、明らかに苛立ちを隠せないでいた。
「確かにあなたたち、いえ、千歳沙月さんは多少なりとも腕に覚えがあるのでしょう。しかし、それも所詮は学生の内輪に置いてのもの。私たちに恨みを買う行いがどれほど危険なことか、その能天気な頭でも理解はできると思いますが?」
「——ッ」
怒りを抑え込んでいるのか、冷静を装ってはいるが明らかに怒気を含み声を震わせ話すマーキスの言葉に、沈黙が流れる。
実際のところ、千歳らが来る前までマーキスは明らかに竜一を殺しにかかっていた。それは誰の目から見ても明白であり、ベルモンドの一件でIrisの存在を知った千歳らならば尚更理解はできるハズ。
数瞬の沈黙が暗闇の森に流れると、千歳はフッと小さく微笑み、軽やかに鉄の壁から飛び降りると、一言。
「木戸くん、何か言ってやって」
「ここにきて人任せ!?」
「まぁそうなりますよねぇ」
真剣な眼差しで相方に振る千歳の行動はいつものことなのか、ツッコまずにはいられなかった竜一と異なり、木戸は平然と千歳の後に続く。
「もちろん理解していますよ。ですから、本来であればお引き取り願いたいところなんですが、そうはいかないでしょう?」
「もちろんじゃないですか」
木戸の問いにニヤッと返すマーキスは、さも当然の様に返す。
「私たちの組織はあくまで秘密裏に動いていますからね。ベルモンドさんは色々とやらかしてくれましたが、私は違う。ちゃんと証拠は残さないよう処理する義務がありますから」
未だ声音に怒気を含んでいるが、しかし先ほどよりは多少落ち着いたのか、目元をニヤつかせたマーキスは続ける。
「なのであなたたちは本来消えてもらう対象です。……ですがあなたたちさえ従順でいてくれたら、そうですね。私の配下にして差し上げてもいいのですが」
大人しくしていたら仲間にする代わりに命だけは助けてやる。つまるところそういうことなのだろう。マーキスの返答は木戸としては予想通りだったのだろうか。その問いに眉ひとつ動かさず。
「そうですか。せっかくのお誘いのところ大変恐縮なのですが、私たちはまだ学生、それに生徒会役員です。そう、生徒の見本になる立場故、今回は辞退させていただ——」
「ウエー! 竜一くん聞いた!? あのエセ貴族、このピチピチなJKを捕まえて何しようと考えてるのかしら! エセ貴族らしく夜な夜なあんなことやこんなことをするつもりなんじゃ……ヒィ気持ち悪いよぉ!」
「ちょっとは我慢できないんですが会長! せっかく副会長が真面目に返してたのに……あっ、ほら副会長が途中で話折られてしょげてますよ!」
両手で自身の体を抱きかかえ、身体をウリンウリンと捻り罵詈雑言を叫ぶ千歳沙月に、木戸は深いため息をついていた。
「……もういいです。わかりました」
そんな学生たちの話を遮り、マーキスはこれまでの雰囲気を一転、目を細め、何かの考えを固めた様子で語る。
「所詮あなた方はまだ世間を知らぬお子様だったということでしょう。せっかくの温情でしたが、どうやらこれまでのようですね」
月明かりの薄暗い森の中、マーキス曇った表情はハッキリと竜一らには見えないが、きっとそれは暗く冷たい表情をしていたのだろう。これまでにない冷たい声音は、先ほどまで騒いでいた千歳沙月らを黙らせるには十分であった。
マーキスが右手を胸ほどの高さまで持ってくると、パチリと乾いた音が鳴る。
するとどこから現れたのか、新たな増援が出現した。
——いや、それを増援と呼んでいいものだろうか。
「ちょ、ちょっと、あれ何よ」
「……俺に聞かれても分かんねぇっすよ」
確かに先ほどまでいたホムンクルスたちと全く異なるその生物は、まっすぐに竜一らを睨みつけ。
「……竜一くん、まだ戦えそうかい?」
「まぁ、なんとかってところです」
「そうか、なら遠慮なく頼りにさせてもらおう。あの化物はちょっと手に余りそうなものでね」
木戸がその化物と呼称する生物を見ながら、冷や汗を垂らす。
視線の先にいるその化物は、全てを喰らい尽くさんばかりな牙を生やすライオンの顔、どんな場所でも素早く動くことが容易に想像つく山羊の胴体。そして尻尾の代わりに独立した生物として居座るは巨大な蛇であり。
「これが私の最高傑作、キマイラです!」
マーキスが高らかと、その生物の呼称を宣言した。
お久しぶりです!
約一年ぶりの再開となりますが、今後はまた不定期に続けていきますので、どうぞよろしくお願いします!