2-28 遅いんだよ!
水瀬と見境兄弟を逃がし、マーキスとホムンクルスの魔導士に対峙する形となった竜一は、策があるとは言ったが冷や汗をかいていた。
「……青春とはいいものですねぇ。美しい友情劇だ。実に感動的です」
「お前にもそんな時代があったのか?」
「まさか、私は人生の大半を魔術に費やしました。そのようなお涙頂戴は本の中でしか知りませんね」
マーキスが右手を再度上げる。これを振り下ろせば今度こそ一斉にホムンクルス魔導士が一斉に襲い掛かってくるだろう。
「でもだからこそ、その友情劇を血塗られた猟奇劇に変えた際、生き残った者は絶望を味わうんですよねぇ」
「本当に趣味のワリィ野郎だ」
「えぇ、自覚しています」
恍惚の表情を浮かべたマーキスが、まるで物語のモノローグを語るように、謳うように言う。
右手は上げているが、自分に酔っているのか、はたまた余裕の表れなのか。どちらにしろ時間を稼ぎたい竜一にとっては好都合ではあった。
「お前、見境兄弟が何でIrisに入ったか知ってるのか?」
「もちろんですよ。声をかけたのは私たちですしね」
「なに?」
「まぁ、正確には取引の延長で、彼らが私たちと一緒に行動していたと言った方が正しいですがね」
「……何の取引をしたんだ」
竜一が霊装『鉄屑』を構えマーキスを睨む。しかしマーキスはどこ吹く風、竜一のその威嚇を威嚇と思わず、勝利を確信しているのか言葉を綴る。
「今あなたの目の前にいるホムンクルスたち。これは彼らの父である見境源治氏の研究成果なんですよ」
「なっ、これが……この人たちが?」
「えぇ。彼は魔術研究において天才ですからね。あの子たちが持っていた見境源治氏の研究ノートを見せてもらう代わりに、私たちの仲間にして差し上げたのですよ」
「ホムンクルス何か作って、何が目的だ!」
「そこまでは言えません。まぁ、近々大きなことをしようとしているみたいですから、その準備の一つとしてねとだけ」
薄ら笑いを浮かべるマーキスは楽し気に、大仰に語る。
「彼らも中々頑張ってくれてはいたんですがねぇ。如何せん魔術師としての才能がコレっぽっちもない。そこにきてこの失態です。これは処分に至ってもしょうがないと私は思うのですよ」
「それはお前の論理じゃねーか。あいつらがお前に殺されて良い理由にはならねぇ!」
つい、マーキスのその論に牙をむいてしまった竜一は、途端冷めた目を向けるマーキスに背筋を凍らせ。
「さ、そんなことよりアナタには最初の犠牲者としてこの劇を彩っていただきましょう。ありがとう、そしてさようなら」
右手を振り下ろし、三十人以上の魔導士が襲い掛かる。
ある者は短剣を、ある者は杖で魔法を。炎の矢が暗闇の森を明るく彩り、短剣が薄く届く月明りを反射し、眩く煌めく死の協奏劇を奏でる。
「チッ、オンオフの激しい野郎だ――!」
「さぁさぁ、踊り狂ってください!」
後方にいる魔法部隊からの『燃え盛る炎』が先んじて竜一へ襲いかかる。
「――『生命の輝き』ッ!」
数十本はあろう真っ赤な炎の矢が暗闇を照らし、猛然と竜一へ迫る。左右に広がるそれは竜一の逃げ場を奪い、サイドステップで避けるのは難しいだろう。水瀬がいれば『対魔法防御魔法』で守りを固めるが、それも今はできない。
故に、竜一は固有魔導秘術――『生命の輝き』を筋力補助に回さず、特殊技能魔法『千里眼』・『音霊』と併用し、反射神経を限りなく上げ。
「――セイ!」
自らに迫る炎の矢だけを切り落としていく。
「ほう、つくづく器用な男ですねぇ貴方は。でも……それもいつまで持つかな?」
一本二本……切り落とした矢の数が七本へ到達したであろう。時間にしてホンの数瞬。たったそれだけの短い時間であったが、竜一は額から大量の汗を流し。
「貴方の固有魔導秘術は自己強化系であると思いますが、反応速度を上げるというのは辛いでしょう。筋力補助なんかより数倍は消耗が激しいハズです」
「う、うるせぇ……」
通常の生活では得られることのないであろう反射神経の強化は、身体への負荷もさることながら、普段体験しない反応の世界、それを処理する脳への負荷、それらの弊害は筋力効果に比べ数倍の体力を浪費する。
「ほらほら、休んでる暇なんてないですよ」
「――っ!?」
十本目の炎の矢を切り落とした瞬間、竜一の目の前に飛び込んだのは手の届く範囲にまで入られた短剣を持つホムンクルス。
明るく照らす『燃え盛る炎』の陰に隠れ、短剣を持つホムンクルスが懐に潜り込んできたのだ。
「――ッチ!」
「……」
左右は相も変わらず炎の矢が迫りくる。たまらず、竜一はバックステップで距離を空けようとするが。
「うぐぁっ!」
それより早く、ホムンクルスの短剣が突きをつく形で竜一を襲う。身を捻じり避けようとするが間に合わず、短剣は竜一の脇腹を浅く切り裂き肉を削ぐ。
切り裂かれた傷口は熱を帯び、燃えるような痛みが竜一を襲う。炎の矢に負けないほど赤い鮮血が脇腹から滴り落ち。
「ク……ソ……!」
身をひるがえした勢いをもって、竜一は鉄屑を横薙ぎに払う。それは他の個体が見ているからか、ホムンクルスは屈んで躱すが、追撃の上段切りをお見舞いし。
真っ二つになったホムンクルスは血を流すこともなく、霧となりその場で霧散する。
「まずは一人……あがぁぁああぁ!?」
霧散した先から現れたのは何人目かのホムンクルス。無表情の彼女が短剣を竜一の左肩に突き刺し。
「こ……のぉ!」
突き刺した短剣を持つホムンクルスの手を竜一が掴み、そのまま前方に迫る『燃え盛る炎』の雨の盾とした。
無数の炎の矢に身体を貫かれたホムンクルスは、またも霧となりて霧散するが、追撃の手は緩まず。
「左手が動かねぇ……こうなると鉄屑が重くなるし、軽量化でも考えるか?」
右手のみで愛剣『鉄屑』を振り回し、迫りくる『燃え盛る炎』を薙ぎ払う。
しかし大振りとなるそれは、迫る炎の矢を処理しきるのは難しく、限界は時間の問題で。
「あぐぅぁっ!」
右足に炎の矢が刺さる。
「どうやらこれまでのようですね。さぁ絶望の雄たけびを上げなさい!」
立つことさえままならず、倒れることだけはしまいと満身創痍の竜一は、トドメと言わんばかりの『燃え盛る炎』一斉射撃と、その陰から迫る短剣部隊を視界に捉え。
「……何を笑っているのですか?」
不敵な笑みを浮かべる竜一はそれに応え。
「……すよ……」
「はい?」
絶望とは程遠い雄たけびで応える。
「遅いんすよ! 会長!」
突如、木から飛び降りてくるように、鬼姫こと帝春学園生徒会長の千歳沙月と副会長の木戸亮が現れ。
「四番から十番を展開! 木戸くん、竜一くんを守って!」
「もうやってますよ! 『大地の素養――鉄の壁』!」
刹那、竜一の前に鉄の壁がそそり立ち、千歳はその壁に着地すると。
「よくも私の可愛い後輩をいたぶってくれたわね。覚悟なさいよぉ! 四番から十番、一斉射!」
千歳の周りに浮遊する七つの重火器がおびただしい量の銃弾を撃ち放つ。
それは迫りくる全ての炎の矢を撃ち落とし、同時に飛び込んできていた短剣持ちのホムンクルスも蜂の巣……とはならず、鈍い音をたて吹き飛ばしていた。
赤く燃え盛っていた森は、暗闇を取り戻し、一瞬の静寂を纏うと。
「これ以上貴方の好きにはさせません。この帝春学園生徒会長兼アイドル――千歳沙月ちゃんがお相手してあげるわっ!」
月光を浴びた千歳が、高らかに名乗りを上げた。
お読みいただきありがとうございます!
ちょっと間空いちゃってすいません……。
年末年始は仕事が忙しいので、もしかしたら投稿が遅くなるかもしれません。
何らかの形で報告しまーす。
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