2-27 逃げろ
「魔法弾なんか空に打ち上げて、見つけてくれと言っているようなものだろうにねぇ」
暗闇が覆う森の中、多数の魔導士を引き連れたマーキスが竜一らの後方から声をかけてくる。
「まっ、森に誘導したのは私なんですがね」
微笑を浮かべるマーキスの顔は、まるで獲物がうまく罠に嵌ってくれた喜びを感じているかのようにしていた。
いや、実際竜一らは罠に嵌ったのだろう。これまで魔導士らに追われていた竜一らは、頑なに大通りに出してくれなかったのを、単に逃げ道をふさいでいるだけと思っていた。しかし、その実は道を塞ぐことにより、逃げていた状態が既に奴らの掌の上だったのだ。
恐らくマーキスの言う通り、この森まで入るのは計算の内だったのだろう。さらに言えば現在の位置は森の入り口から学校までのちょうど中間。言い換えれば、最も人目につかない位置にいるということになる。
「どうせ魔法弾なんて見なくても、ここら辺で俺らを仕留めるつもりだったんだろ」
「おや、バレてましたか」
したたかに笑うマーキスが右手を上げると、取り囲むように並ぶ魔導士たちは杖や短剣を構えだす。
「狩りもたまには悪くないと思いましてね。いやはや、ここまで綺麗に嵌ってくれると思っていませんでしたよ。いくら見境源治のご子息と言えど、所詮はただの学生でしたね」
言うと、マーキスはその右腕を振り下ろし。
「では、死になさい」
その言葉と共に短剣を携えた魔導士が竜一らへ襲い掛かってきた。
「くそ、話す暇もなしかよ! こい――『鉄屑』!」
竜一は霊装鉄屑を取り出すと、同時に黒衣の霊服を身に纏い魔導士の迎撃に出る。
「水瀬、支援を! 全力でいくぞ!」
「おうっ! 身体能力向上魔法!」
竜一の呼び掛けとともに、水瀬が最小の身体能力向上魔法を竜一へかける。
淡い光に包まれ爆発的に能力を向上させた竜一が飛び出すと、短剣を持った魔導士が既に鼻先まで近づいていた。
「はやっ!?」
短剣を携えた魔導士は、小回りの利く獲物を下から真っ直ぐに振り上げる。勢いよく飛び出した竜一は既に止まることは不可能で、あわや下から切り裂かれるという寸での所、左足で地面を勢いよく踏み込み魔導士の右側へと回り込む。
「――せい!」
魔導士の短剣が空を切り、がら空きになった脇腹へ全力の一閃を振り払う。
鉄屑越しに伝わる生々しい感触。雅也、銀次との戦闘で人間を切る感触を覚えた竜一は、その苦々しい感触が手に伝わるのを感じ、致命傷を与えたと確信を得ていたが。
「……どうなってんだこりゃあ」
脇腹が半分に切り裂かれた魔導士は、血の一滴を出すこともなく、その場で霧となり霧散した。
「ほう、私のホムンクルスを一撃で屠るとは。少年、中々良い腕をしていますね」
魔導士たちの後方より高みの見物を決めていたマーキスが、その光景を見てぽそっと呟いた。
「ホムンクルス?」
「えぇ、聞いたことありませんか? 魔術を用いた人体の錬金術。まぁ、霧でできたこれらはホムンクルスの紛い物ですがね」
「……胸糞悪いことしてるな」
「胸糞悪いとは心外ですな少年。人体練成は言わば神への挑戦、魔導士たるもの神秘の追及をするものではないのかね?」
「だとしても、それは俺の趣味じゃねぇな」
「ふむ……少年たちにはまだ早い話だったようだ」
続いてさらに短剣の魔導士が飛び出してくる。
「――クソ!」
短剣を持った魔導士が突きを繰り出すように飛び込んでくる。竜一がそれを先ほどと同じようにサイドステップで躱そうとすると、それを読んだのか、短剣は水平に竜一を追いかける。
水平に横薙ぎされる短剣を屑鉄で受け止めると、竜一は手首を返しそのまま短剣を上へと受け流し。
「ハァ!」
振り上げた鉄屑にて鋭い縦一閃を繰り出す。
縦真っ二つになった魔導士は先ほどと同じように霧になると霧散し、その場から消え去るが。
「竜一、前!」
目の前が霧散する霧で覆われ、視界を奪われた竜一の背後から水瀬が声をかける。その瞬間、霧の中から炎を纏った矢が現れ。
「な……にっ!?」
体を捻じり回避運動を取るが、弾速の早い『燃え盛る炎』を躱しきれず、脇腹を掠めた。
「うぐっ!? ……くそ、こいつら、一人一人が強え……」
「そりゃあそうです。紛い物とは言え、私の自慢のホムンクルスですから」
マーキスが自慢げに語り、指を鳴らすと後方よりさらに数十人ものホムンクルス魔導士が現れる。
「オイオイ、マジかよ……」
一人一人が竜一と対等な近接戦闘をこなせるほどの身のこなしを有し、さらにはホムンクルス同士で連携までも取ってくる。それほどの実力をこさえた魔導士がマーキスの指一つで何十人と追加され。
「無限湧きとかはやめてくれよ」
「いえいえ、さすがに数には限りがありますよ。まぁ、ストックはまだまだありますが」
その数は既に三十人を超えただろうか。マーキスの周りには無表情を浮かべたホムンクルスたちが群をなし戦闘態勢を取る。
「……水瀬、二人を連れて逃げろ」
「は? 竜一はどうするんだよ」
「俺は時間を稼ぐ。だから水瀬たちは逃げろ」
後ろを振り向くことなく、竜一は後方にいる水瀬へ語り掛ける。逃げろ――と。
それは誰か一人がおとりになり、三人が逃げ延びる方が勝算高いと踏んだからか。それとも、見境兄弟を守ると誓ったからか。
「できるわけないだろ! オレも戦う!」
「現状を見ろ水瀬!」
「――っ」
竜一が、水瀬へ激昂を飛ばす。
それは、これまで水瀬へ向けたことのなかった声音だった。常に優しく、気を配り、水瀬のパートナーとして歩幅を合わせた竜一が初めて向けた激しい声音。
「これは協力して何とかなるもんじゃない。だから、逃げてくれ。なーに、何も無策ってわけじゃない。だから、二人を頼む」
「……その言葉、嘘じゃないんだな」
「当たり前だろ」
当然とばかりに竜一は力強く応える。
つい前なら水瀬は竜一のその意を汲み取ることはなかっただろう。無理をしているんじゃないか、自己犠牲をしているんじゃないか。そう思っていただろう。
でも、水瀬は竜一を信じると誓ったのだ。竜一が守ると約束した二人を任せると、竜一は言ったのだ。それは水瀬なら二人を守れると信じているからだろう。水瀬のことを信頼しているからこそ、逃げろと言っているのだろう。
だからこそ、水瀬はそれ以上のことを言えず。
「行こう、二人とも」
「……灰村先輩、この借りは必ず返すから死なないでよね。寝覚めが悪くなるわ」
「はいはい、早く逃げろ穂乃絵後輩」
三人は踵を返し、学校の方へと走り出す。
背後へ遠くなる竜一は、鉄屑を構え、三人を守ると言わんばかりに背中で語る。
暗闇の森は足元が悪く、走ると足をくじきそうになる。だが、三人は走った。竜一の作ってくれたこの時間を守るために。生き延びて、竜一とまた再会するために。
「水瀬先輩、泣いてるんですか?」
「泣いてない!」
ある意味、暗闇でよかったと水瀬は思う。明るかったら後輩に情けない姿を見られるところだっただろう。目の端から滲む滴が風に流れ湿った地面へ落ちていく。
暗闇に加え涙で視界が滲む。だからだろうか。一瞬誰かが通り過ぎた気がするが、反応が遅れ声をかける暇もなかった。
あの後ろ姿は確かに……。
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