2-26 あの日オレは
鬱蒼とした森の中は裏通りと比べ当然ながらもさらに薄暗く、雲の合間をぬって届けてくれる月明りはさらに草木の影をすり抜けないと足元を照らさない。
学校の丁度裏手側から侵入した森は、校舎までの距離が最短距離で数百メートルほどしかないであろう短い距離でも、この薄暗さの中、木を除け足元を注意し、さらには追っ手が来ていないか四方八方に気を回し、思っていた以上に過酷な要求を求められていた。
「はぁはぁ……ちょっと、あとどのくらいよ」
「もう半分くらいまで来たと思うけど」
「まだ半分!? もう何キロも歩いた気分よ!」
「大きな声を出すな! 声で位置がバレるだろ!」
「竜一も声大きいぞ!」
この暗闇の中、さすがの追っ手も容易に追って来られないのか、森に入ってからまだ一度も遭遇していない。
時折草木が揺れる音で四人は体を跳ねらせるが、大抵は風や動物が通っただけだ。順調と言えば順調。このまま学校側の敷地に入れば相手側も容易に手を出せなくなるだろう。
しかし、これまでことごとく逃走ルートを先回りしてきた奴らが、森に入っただけでここまで見失うモノだろうか。確かに森の中は薄暗く、足元も悪い。逃げる場所としては打って付けだろう。だが、周囲に気配が全くないというのは些か出来すぎという印象がある。
「なぁ……穂乃絵ちゃん」
「なによ……はぁはぁ、水瀬……先輩」
「先輩!?」
「うるさい!」
起伏の激しい獣道。地面は湿り足元もおぼつかない。息も切れ切れに言葉を綴る。
「なんで、お前たち兄弟はIrisなんていう犯罪組織に入ったんだ?」
「……」
当然と言えば当然の疑問。何故見境兄弟がIrisに入ったのか。水瀬はもちろん竜一もその真相を知らないのだ。確かに二人とも根は良い子たちなのだろう。しかし、Irisという犯罪組織に入っている以上、何かしらの事情が絡んでいるのだろう。
竜一が助けると言い、水瀬はそれを信じ協力すると言った。今まさにそれを実行しているところだ。だからこそ、二人がなぜIrisに入ったのかを知っておかなくてはいけない。
無知のまま助けても、その後に二人が同じ道を歩んだら意味がない。無知のまま助けても、周りから糾弾され擁護できなければ助ける意味がない。
だから、聞いておかなければならない。
水瀬の問いに、一瞬目を伏せ沈黙を置いた穂乃絵はチラと優を見やる。それの意味を察したのか、優は口を開くことはないが、仄かに微笑み頷く。
歩きながらもゆっくりと息を整え、穂乃絵は口を開いた。
「私たちのパパはもともと魔術について研究していたの。インターフェイス研究施設にもいたわ。でもあの事件で死んでしまってね」
インターフェイス研究施設。その言葉を聞いて水瀬は肩を跳ねらせる。当然であろう。日本に住んでいる者であれば一度は必ず聞いたことがある研究施設だ。聞いたことがあるという由来が由来ではあるが……。
「インターフェイス研究施設……見境……」
「……」
見境という名前自体は然程珍しくもない。多い苗字というわけではないが、全く聞かない苗字というわけでもないので、これまで気にも留めていなかった水瀬だが、インターフェイス研究施設と見境というワード。その二つが重なると一つの事件が浮かぶ。
水瀬の言葉に一瞬言葉を詰まらせる穂乃絵だが、話を続ける。
「パパはね、魔術の研究をする上で最後に関わっていた案件が禁呪書物なの。世間的には禁忌とされ極秘裏にされていたけど、裏ではちゃっかり研究してるのがこの国らしいところよね」
懐かしむように語る穂乃絵は昔を思い出しているのだろうか。朗らかな笑みを浮かべていたが、ふとその眼差しは冷たいものに変わり。
「ある日、パパは帰ってくるなり自室に籠って出てこなくなったの。小さかった私たちは心配になって、元気づけようとパパの自室に近づいたわ。そしたら、パパがこんなことを言っていたの。『こんなものは生命への冒涜だ。生と死の境がなくなれば、この世はどうなるのだろうか』――と。その数日後、パパは死んだわ。インターフェイス研究施設惨殺事件の犯人としてね」
生と死の境――その言葉がどのような意味を指しているのか。傍らで聞いていた竜一は初めてのその情報に頭を働かせていた。
「パパが死んだあとは国からの使者が来て自室にあった研究資料を根こそぎ持っていかれたの。どうやらインターフェイス研究施設で外部協力者として関わる契約の内に、パパの研究資料の権利はあっちにあったみたいでね。でも全部持っていかれる前に、一冊だけ確保できたパパのノートにはこういう記述があったの、『死霊使い』というのがね」
「ネクロ……マンス?」
大昔、死者を蘇らせ使役するという魔術が存在していたというのはよく聞く話である。しかし、それはある意味で死者への冒涜であり、禁忌とされたその魔術は今では存在しないものとされていたが。
「そう。それを見て私たちは思ったわ。パパの言っていたことはこのことだったんだって。禁呪書物には『死霊使い』の魔術が載っているに違いないって」
確かに禁呪書物はあらゆる禁忌魔術が記載されている。『死霊使い』が載っていても殊更おかしくはないだろう。
しかし、ということは見境兄弟の狙いとは。
「お前ら……まさか親父さんを――」
竜一が目を見開いて言うと、穂乃絵は口元を薄く開き。
「そうよ! 私たちはパパを、見境源治を蘇えらせる! そのためには禁呪書物を何としてでも手に入れてやるわ!」
「でもお前、魔導騎士団に入って父の無実を証明するのが夢だって言ってたじゃないか!」
「それも夢よ。だからパパの無実は証明するし、蘇えらせもする。どちらか一つに絞る必要なんてないじゃない」
「そうだけど、でも蘇えらせるって……水瀬?」
竜一が黙っている水瀬を見ると、目を見開きワナワナと震え、いつの間にか取り出した霊装の拳銃を穂乃絵に突き付けていた。
「……これはどういうつもり?」
「お前らは、見境源治の子供だったのか」
「そうよ」
「――!」
目をカッと開いた水瀬は引き金にかける指に力を込める。
「水瀬!」
甲高い発砲音が鳴り響くと、その魔力弾は頭上へと放たれた。
発砲する直前、竜一が水瀬の腕を弾いたのだ。
「……で、私たちに何か恨みでもあるわけ?」
「――オレはあの日、インターフェイス研究施設にいた」
「……へぇ」
弾かれた腕をだらんと垂らし力なく俯く水瀬は、しかしその視線に敵意を込め見境兄弟を睨み付ける。
「あの日、オレを守るためにあの人は……あの人は死んだんだ! お前の親父が起こしたあの事件にせいで、あの人は!」
「パパは犯人じゃないっ!」
水瀬の激昂に正面から立ち向かう穂乃絵は、その言にハッキリと否定を応える。
水瀬の言っている、世間の言っている見境源治が犯人というのは、ある意味報道のみで伝えられた根拠のない事実だ。見境源治が事件の犯人であると一言報道し、指名手配され、遺族の敵意は一針に向けられるピエロのように。
しかし、穂乃絵の言っていることもまた根拠のないことだ。むしろ、希望的側面の強いこちら側は、ある意味で負のエネルギーを持っている者には逆なでしてしまうだろう。
だからこそ、穂乃絵のハッキリとした意見に水瀬は過剰に反応してしまう。
「だとしても、お前の親父が事件に何かしら関与しているのは事実だろう!」
「だから、私たちはパパの無実を証明するために動いているんじゃ」
「――!? 伏せろ!」
竜一が言い、水瀬と穂乃絵の頭を無理やり下げる。
すると、先ほどまで頭があったところを短剣が通過する。短剣は勢いもって後方の木に刺さると、霧となって霧散した。
「やぁやぁ諸君。元気そうで何よりだ。さぁ、ダンスパーティーの時間だよ。踊り死にたまへ」
暗闇の中から現れたのは、十何人もの魔導士を引き連れた奇術師――マーキスだった。
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