2-24 ドアを叩く者
暗闇が広がる部屋に、玄関から小気味の良いノック音が響き渡る。
コンコンと二度ほどのノックのあと、一拍置くと再度コンコンと二度ほどのノックがされる。
竜一と水瀬が見境兄弟を見やるが、二人が首を横に振っているのが暗闇の中でも薄っすらと見ることができる。
家賃滞納で大家さんが訪問……などということなら笑い話にもなろう。しかしその可能性は次の瞬間には真っ平に否定され、見境兄弟の顔が強張る。
「優さん、穂乃絵さん、いるのでしょう? 私が直々にお迎えにきましたよ。ドアを開けてください」
丁寧な口調でドアの外から声をかける者は、その声音から男性であることがわかる。少し艶めかしく話すのがこの者の癖なのか、鼻につくその喋り方は脳内にひり付いて離れない。
「いないフリしたって無駄ですよ。あなたたちには他に行く当てなんてないのですから。大丈夫、今回の任務失敗くらいであの方はお怒りにならないでしょう。さぁ、大人しく早く開けてください」
優雅に響くその声音から発せられるセリフは、見境兄弟を連れに来たIrisの者であることを示している。
任務失敗とは今朝方起きた例の事件のことであろう。
禁呪書物が手に入るかもしれない。そういったタレこみを見境兄弟が報告し、作戦を実施した経緯から、二人にも責任が生じたのだろうか。
竜一が見境兄弟を見やると、二人は額に汗をたらし緊迫した表情を浮かべどう出ようかと考えているようだった。
「おい、外にいるアイツは誰なんだ」
外に聞こえないよう、竜一が小声で二人に促す。
「あいつは私たちのいた部隊の隊長『マーキス』よ。ベルモンドが捕まったから、私たちを処分しにきたんだわ」
「処分って!?」
「私たちなんて組織の末端も末端。いてもいなくてもいい立場だもの」
「何で逃げなかったんだよ」
「逃げても無駄よ。あいつらはどこまでも追いかけて、その先に待つのはただの死。だったら、ここで大人しく待つ方がよっぽど有意義だと思ってたんだけど」
穂乃絵が顔を上げ、潤んだ瞳で竜一を見やる。自らの生を諦め、ただ死を待つだけだったところに先ほどの言葉。それが彼女にどのような葛藤を生ませたのか。
誰かを巻き込んででも生にすがるか。自分たちの行いは自分たちでしっかりと償うか。その償いの先にあるのは死と言う名の絶望だ。しかし、一時でも彼女らはそれを受け入れていたのだ。
故に、彼女の胸中は様々なものがない交ぜになり、反動が瞳へと競り寄せたのだろう。
そんな穂乃絵を見た竜一は、一瞬目を伏せると、隣で今も黙って座る相方を見やる。竜一の考えを既にわかっているのか、水瀬はそれに頷くと静かに微笑んだ。
「わかってるよ竜一。オレも覚悟はできてる」
「あぁ……。ありがとう、水瀬」
たったその一言でお互いの意思を疎通できた二人は、より見境兄弟に近づくと、真剣な面持ちで囁きかける。
「いいか、どうせここにいてもあいつらは帰らないだろうし、何ならドアを破って強行手段を取ってくるだろう」
「アンタ、Irisの性質をよくわかってるのね」
「まぁ関わるのはこれが初めてじゃねーからなぁ……」
以前竜一らが銀次と戦った際も、|Irisは竜一を誘き出すために水瀬を攫うという手段を取った。きっと奴らにとって目的を達成するためなら手段というものは選ばないのだろう。
今はマーキスが紳士のフリをしているから穏便に外で呼びかけているが、それも時間の問題だ。恐らくあと5分もしないうちにドアを破って捕まえにくるだろう。
「いいか、だから――」
声を絞り、竜一の考えを見境兄弟へ伝える。
◇◇◇
月明りがない今日は、絶好の暗殺日和だろう。Iris第三部隊隊長マーキスは、化粧を施したその顔面を大きく歪ませ、オンボロアパートのとある一室前に立っていた。
「優さん、穂乃絵さん。お返事がありませんが、それは入っていいという意思表示として受け取っていいのですねいいのでしょうそろそろ入りますよ?」
線が細く長身のマーキスは、現代日本ではもはや仮装でも中々見受けられないであろう黒を基調とした燕尾服にシルクハットを着用していた。傍から見ればどこかのダンスパーティーにでも出かけるであろう風貌は、このオンボロアパートの様相から逸脱いた存在として君臨していた。
「あと10秒ほど待ちます。できれば貴方たちから開けてほしいのですが」
手に持つステッキで二度三度とドアをノックする。わざわざステッキでドアをノックするのはそれがマーキスであると存在を証明するためか。ともすれば、わかっている相手にはそれは畏怖を与える行為になるハズなのに、マーキスはあえてそれをしていた。
中にいる見境兄弟はきっと今頃怯え震え嘆き悲しんでいるのだろう。逃げ場のないこの現状に絶望し、この先何が起こるのか想像力を巡らせているに違いない。
――そうマーキスは直感していた。これから処罰する者の絶望する顔、それが彼にとって何よりも楽しみであり、関心であり、快楽でもあったのだ。ギリギリまでいたぶり、肝心のトドメを刺さず、相手が早く殺してくれと懇願するその瞬間が、彼にとってエクスタシーを感じる最高の瞬間なのだ。
だからこそ、こうしてわざわざ回りくどい行為を繰り返し、相手に猶予を与え、その瞬間に立ち会う準備をしているのだ。
「あと5秒ですよ。4、3、2、1」
出てくるハズがない。それはマーキスのこれまでの経験からそうわかっていた。猶予を与えても、相手は怯え震えるだけで動けず、だからこそ相手の前に立った瞬間、その者は悲愴を浮かべ、無様にも生への執着を捨てきれず、懇願し、絶望する。
その瞬間がもう訪れると考えるだけで、マーキスの身体は次第に熱を帯び始めていた。あと一言、たった一言「0」と言うだけで、次の瞬間にはエクスタシーを味わえるのだ。甘美の瞬間まで残りコンマ何秒か……。
マーキスの表情が歪み、ドアに手をかけようとしたその瞬間、カチャリ――と鍵の開く音がした。
「……おや?」
マーキスがドアノブに目をやると、安っぽい金属製のドアノブがゆっくりと回転し、錆び付いたドアの開閉音が静かに鳴った。
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先週は更新できずすみませんでした……。
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