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行間 ―我侭―

「それで、行きたいところって結局どこなんだ?」


 陽もすっかりと落ち、街頭の少ないこの裏通りでは暗闇が鎮座している。

 街頭が少なくとも、昨夜は相手の表情を多少なりとも確認できる程に明るかった印象のあった俺は、空を見上げると分厚い雲が覆っていることを気付き、あれは月明りのおかげだったと認識する。

 唸りを上げる光泥棒は、もうすぐここら一帯に大量の滴をもたらすと容易に想像することができる。


「見境兄弟の家だ。もう水瀬には隠さないが、昨日俺は見境兄弟の家にお邪魔してたんだ」

「はぁ? なんでまた」

「まぁ、行った理由は紆余曲折多々数多とあるんだけど、その時は普通に一緒に夕飯食っただけだよ」


 昨日のこの時間はちょうど優お手製の卵料理に舌鼓を打っていた時間だったことを思い出し、きっと今俺の顔は苦虫を噛んだみたいなことになっているだろう。

 それは、見境兄弟と一緒にいるのが苦痛だっただとか、見境兄弟に用意された飯を食べたことに嫌悪しているだとか、そういったことからくるものじゃない。この胸を占めるは二人の笑顔だった。

 一緒にいた時間自体は少なかったといえ、二人の見せた笑顔は本物で、その楽し気な表情は一緒にいた俺も楽しませてくれていた。

 だからこそ、その二人があのような者たちと一緒にいるという境遇に、俺は胸を苦しめているのだろう。


「でも水瀬、これだけは信じてほしい。あの二人はIris(アイリス)なんかに属するような性根はしていない。あの二人は本当は優しい、普通の子たちなんだ。それだけは……信じてくれ」


 道すがら、気付けば歩調が少しばかり早くなっていた俺は、水瀬を置いて歩いていたことにハタと気付く。それは二人を心配するが故なのだろう。水瀬の歩調を気遣うこともなく、自分の心象を浮かべる様にその歩みの速度を上げていた。声もいつもより気持ち低く、さらに言えば震えていた気もする。


 水瀬にはもう隠し事はしないし、俺の気持ちは素直に伝える。そう決めたけど、信じてくれというのは一方的な俺の押し付けで、その証拠を出せと言われたらどうしようもない。

 いや、水瀬はそのようなことは言わないだろう。でも、水瀬は二人のそのようなところを見ていないし、少なくともずっと監視してきていた奴らという印象しかないだろう。


 これまで、俺は水瀬にあれこれと好き勝手なことを言ってきた。アウトレットの約束、銀次との闘い、選抜一回戦と、俺は色々と水瀬に胸の内を叫んできた。

 でも、それはどれも水瀬の葛藤に対して俺が受動的に呼びかけていただけだ。身体が女性に変わり、心も女性へとなりつつある水瀬は、きっとその胸中を俺は計り知ることが出来ないだろう。

 弱みに付け込み、パートナーという立ち位置を利用し、俺は自分の思うままを叫び悦に浸っていたのだろうか。もしそうだとしたら、何て卑しい人間なのだろう。


 でも、だからこそ、俺は気付かされたんだ。これが俺にとって、俺と水瀬にとって、俺が初めて自分から我侭を言うんだということを。

 きっと俺は怖いのだろう。相手に求められたから答えるのではなく、自分の意見を、気持ちを、願いを一方的に伝えるのが。もしそれを拒否されてしまえばどうなるだろう。もしそれを理解してもらえなければどうなるだろう。もしそれを聞き入れてもらえなければどうなるだろう。もし、もし、もし……。

 そんなことが脳内を巡る。案外臆病な自分の一面を知って鼻で笑いたくなるが、そんな余裕もない。何て弱く、何て脆いのだろう。

 たった一言、信じてほしいと言っただけでこの有り様だ。いつも偉そうに叫んでいる俺は何だったのか。俺のこんな胸中を水瀬が知ったら幻滅するだろうか。


 思考の渦は留まるところを知らず、俺は水瀬の方へ振り向くこともできない。今の俺はどんな顔をしているのだろう。怖がっているのか、絶望しているのか、それとも泣きそうになっているのか。とにかく、そんな顔を水瀬に見てほしくない、見られたくない。

 一方的な俺の我侭は、暗闇に沈黙も付け足したのか。その静寂は恐らく一拍ほどもなかっただろう。でも、俺にはその一瞬が永遠にも似た長く辛い時間に感じ、胸の鼓動はその音を声高に上げている。

 水瀬は何て言うだろう、何て顔をしているだろう、……何て思っているだろう。


 気付けば足を止めていた俺の後ろを、パタパタと小走りに走る音が近づき、追い越す。俺は顔を上げると、目の前には後ろにいたハズの水瀬が手を後ろに組み、背を向けて立っていた。

 背中越しからは水瀬の表情を見られない。彼女は今どのような顔をしているのだろうか。幻滅、落胆、失望。脳裏に浮かぶはそのようなことばかり。


 でも、まるで踊るようにターンを決めて振り向いた彼女の顔は、夕闇とは無縁で。

 

「うん、信じる。昨日竜一が二人とどんな話をしたのか、どんな関係を築いたのかまではわからない。でも、竜一が二人を守ろうとしてるってことはオレにもわかる。だから、信じられるよ。それに――、オレ(ワタシ)は竜一のバディだから」


 振り向く水瀬の笑顔は、たとえ月明りなんてなくてもハッキリと見えた。


お読みいただきありがとうございます!

今回は話と話の間だったので、やや番外的なノリで一人称でした。


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