2-22 同じ気持ち
「ふぁ~……、やっと解放されたなぁ」
時刻は夕刻。朝の騒動が嘘のように今日も変わらず授業は行われ、竜一と水瀬は現在自室へと帰宅していた。
そもそも、早朝の学校に人除けの魔術が使われ、あまつさえ犯罪組織の一員が校内に侵入していたなど一般の生徒は知る由もなく、学校側としてもそれは大っぴらにはしていなかったのだ。
今回、敵のベルモンドが侵入した場所、地下広間は限られた教職員しか知らない秘密の部屋。いや、地下牢と呼ぶに相応しいその密室は、この学校でも最重要機密なのだろう。
当然、事件当事者の竜一はもちろん、生徒会長の千歳、副会長の木戸、そして中には入っていないが、その入り口を目撃している水瀬が理事長の阿藤 静香と教師宮川 美弥子による生徒指導という名の会議が行われた。
「なぁ竜一。何であのこと黙ってたんだ?」
学校の秘密に触れたというのに、なぜ取り調べのような尋問ではなく、会議が行われたかというと理由がある。
「……、」
ことに、原因は竜一らにとって言わずと知れた「禁呪書物」にあるからだ。
「昨日、あいつらと何かあったのか?」
阿藤らの話によると、あの広間の最奥――扉の向こうに禁呪書物が保管されているとのことだった。……保管というには語弊があるだろう。封印されているという話だった。
あの扉の向こうには、禁呪書物以外にも、有害と認定された魔術書なども保管されているらしく、歴史あるこの帝春学園には、以前よりそういった書物の封印を施す任を請け負っているらしい。
なぜこのようなことを竜一らに話すのか。それは一度ならず二度までも犯罪組織Irisとの事件に巻き込まれてしまった竜一や水瀬と、生徒の中心でもある千歳と木戸がIrisの組織員と面識を持ってしまったが故である。
本来、一生徒にこのような機密の共有はしないだろう。しかし、彼らはもはや無関係と呼べないところまで足を踏み込んでしまった。
だからこそ、彼らにはその秘密を打ち明け、今後の対策を練る必要があったのだ。
「……」
「まぁ、あいつらにも何か事情があったのかもしれないけど、このまま野放しって訳にもいかないだろ」
今回の事件の全貌について、竜一は見境兄弟のことを阿藤らに話さないでいた。見境兄弟を目撃している水瀬は、事件についてほとんど知らないため口を挟まず、千歳は竜一が何か隠していることを気付いている節はあるが、それを言及してくることもなかった。
そのため今回の事件は、昨夜竜一が犯人であるベルモンドに襲撃・拉致され、今朝の事件につながるということになった。
「それに、犯人の男。捕まった時は気絶してたからいいだろうけど、目を覚ましたらどうなるかわからないぞ。あいつらのことを話す可能性は十分にある。そうなれば、虚偽の報告をした竜一の身が危なくなる。そこのところ、お前わかってるのか?」
ベルモンドは宮川と合流後、すぐさま魔導騎士団に連れていかれた。何でも、阿藤とつながりのある人物に頼んだから公にはならなかったらしい。
現在は目を覚まし、取り調べを受けている頃だろうか。未だ竜一に何も来ないところを見ると、ベルモンドは何も話していないのだろう。
「竜一、聞いてるのか? オイ竜一!」
「……ん? あぁ、悪い水瀬」
「悪いって、お前やっぱおかしいぞ。……なぁ、本当に何があったんだよ」
「何って、本当に何でもないことだ。水瀬は……気にしないでくれ」
悩みうつむく竜一は、その語尾を尻すぼみに小さくし、最後にはまた何かを考える素振りを見せたまま部屋のベッドに腰かけていた。
竜一にとって、今回の事件は本来これ以上首を突っ込む案件ではないだろう。それこそ、もう全て話し、身の安全の保障を学校側や魔導騎士団に頼むくらいしても当然だ。
しかし、それをすれば見境兄弟はどうなるだろうか。犯罪組織Irisのメンバーとして逮捕され、あの兄弟が話していた夢は潰えてしまうのではないか。
別に、竜一にとってあの二人に何かシンパシーを感じるだとか、因縁があるだとか、そういった特別な何かがあるわけではない。なら、何故竜一があの兄弟にそこまで気を止めるのか。
二人が、普通の高校生だったからだ。生い立ちは多少特殊であれ、見境優は気が弱く、妹に守られるほど臆病だが、肝心なところでは兄として根性を奮いたたせられる勇敢な子で。見境穂乃絵は、ちょっと気が強く、言葉も荒いが、その実ちょっと褒めるとすぐ顔を赤らめるほどの純情な子で。
そんなどこにでもいる普通の高校生な一面を見てしまったから、だから竜一はそんな二人が放っておけなくて。
そして、だからこそ、竜一はこのことを水瀬に話せないでいた。これはIrisが関わる事件だ。首を突っ込めばどうなるかわからない。もしかしたら、また命を狙われてしまうかもしれない。
そのような危険なことに、竜一は水瀬を巻き込みたくなかった。何せ関わる理由が竜一の個人的な感情から来るものだ。そこに正当性なぞないだろう。これは竜一本人が挑み、解決する問題だ。
だからだろうか。それが顔に出ているのか、言葉の節々に出ていたのか。いや、そんな表面的なものでもないのかもしれない。沈黙の刻を撫でる様に、水瀬がゆっくりと口を開き。
「なぁ竜一。お前、オレが前女になりつつあることに悩んでた時、竜一はどういう気持ちだった?」
「……? そりゃあ、力になりたいって思ってたさ。水瀬は俺のバディだ。一緒に重荷は背負いたいし、暗い顔なんか見たくない」
「そうだろ? オレの暗い顔なんて見たくないだろ?」
「当たり前じゃないか。だから、あの時は俺も必死で」
「今、オレはあの時のお前と同じ気持ちでいるよ」
「――あっ」
竜一がふっと顔を上げる。
見上げた先にいる水瀬の顔は、困ったような、悲しいような、でもその目は愛しめる様に優しく、竜一を見つめていた。
「あの時、竜一はこんな気持ちでオレのことを考えていてくれたんだな。申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、その反面、本当にありがたいって今になって思うよ」
ゆっくりと言葉を選ぶように、噛みしめるように話す水瀬は、今どちらなのだろう。
男として友を心配する友愛の心か、女としてパートナーを心配する慈愛の心か。それは水瀬自身にもわからない。似ているようで異なるその親愛は、ともすれば水瀬のアイデンティティに深く関わる問題だろう。
ただ、そのような理屈や論理を振りかざし、水瀬の気持ちを把握しようなどというのはこの場に置いて不適切である。そもそも、今そんなことはさしたる問題でもない。
今そこにある水瀬の言葉は、竜一の力になりたい。ただその一心に向けられているのだ。
だからこそ、竜一はそんな水瀬の目、口、言葉に、その全てに改めて気付かされるのだ。
「……そうだよな。俺は、俺たちはバディだもんな。……なぁ、水瀬」
「何だ、竜一?」
竜一の言葉を待つ水瀬は、その現実から乖離した銀髪を耳に掛けながら、優しく微笑み返し。
「これから行きたいところがあるんだ。水瀬、力を貸してくれないか?」
「その言葉を待ってたよ、竜一」
勝気にニッと笑う彼女は、その手を竜一に伸ばした。
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