2-21 あのバカ!
帝春学園、校内ランク1位の天才魔導士――千歳沙月。彼女の最大の特徴はその魔力量もさることながら、その本質は全てを破壊するその暴力的なまでの攻撃力。霊装として所持する銃の数は50を超えているのではないかと噂されているが、その実数を知る者は彼女自身とその相方「木戸」のみであろう。
千歳の一斉射撃はまさにおぞましいの一言で、千歳の両手に持つ銃、左右に浮遊する計10個の銃から発射された魔力弾はベルモンドの命を刈るべく容赦なく降りかかり、その大量の魔力弾の衝撃で魔力干渉を起こしたのか、その場に小規模の爆発が起こる。煙の立ち込めるその場には、銃声とベルモンドの叫び声だけが響いていた。
「あれが……校内ランク1位……」
その場にへたり、ただ見ているだけの竜一は、その光景に目を奪われていた。冷酷な瞳から発せられるその殺意。冷静な声音から発せられるその死音。そして何より戦いを――殺し合いを楽しんでいるであろうその表情に。
鬼姫と謳われた彼女は、まさに悪鬼の如く表情を歪ませていたが、それが返って妖美で妖艶な彼女の心髄であるかのようにさえ思えたのだ。
圧倒的な力、圧倒的な武力。この学校の頂点に君臨する彼女は、まさに壮観であった。
「……あっ! どうしよう木戸くん、あの人死んじゃったかな!? どうしよう! 私ヤバない!? どうしようどうしよう!」
ふと現状を察知した千歳は、先ほどまでの雰囲気は一転、いつものおどけた様相を取り戻していた。
彼女の嘆きを受け、相方である木戸は深い溜め息を吐きつつ、まるでそれがいつものことのように、呆れ半分に返答する。
「大丈夫ですよ。ほら」
言うと、千歳と竜一は再度ベルモンドの方へ視線を向ける。
すると、煙が晴れたそこには先ほど見た鉄壁が立っており、その後ろで守られているであろうベルモンドは、身体こそいくつか撃ち抜かれているが、命に別状はなく、その場で気絶をしていた。
「会長また殺す勢いでやってましたし、ちゃんとタイミングは見計らっていました」
「さっすが木戸くぅん!」
満面の笑みで千歳が木戸に抱き着こうとするが、いつものことなのか、木戸がひょいと千歳の抱擁を交わす。
「さて、それでは僕は犯人であろう彼を拘束してきますが、灰村くん……だったかな?」
「……え? あっはい」
「キミにも色々と事情聴取をしなければならない。この後、我々についてきてくれるね?」
「あ~……、やっぱりそうなりますよねぇ……」
気絶しているベルモンドをどこから取り出したのか、魔力封じの縄で縛りながら、木戸が竜一へ圧をかける。一応その問いは聞き手の意思を確認するものだが、言葉の節々からそれはほぼ強制であろうことがわかる。
「面倒くさいけどしょうがない」と不承不承ながらも竜一は了承を促すが。
「というか、よく俺の名前わかりましたね」
「そりゃあ知ってるよ~! キミ、この学校ではそこそこ有名人なんだから!」
ニコニコと笑いながら千歳が竜一の拘束を解く。
「校内ランク最下位の灰村竜一くん。私、実は結構キミのこと注目してたのよねぇ」
「はっ? 何で生徒会長でランク1位の先輩が俺のことを?」
「はい、縄解けたよ」
「あ、アザッス」
竜一が振り向くと目と鼻の先、ともすればお互いの吐息がかかりそうなほどの近距離に、千歳が満面の笑みで見ていた。
「どぅわっ!?」
「ちょっとぉ、助けてくれた可憐で清楚で偉大なる生徒会長様にどぅわはないんじゃない?」
「あ、そ、その、すいません……。近かったからビックリして」
「アハ、顔赤くなってる~カーワイイ!」
赤面し、思わず身体を逸らす竜一をおちょくるように千歳は笑っている。
長くきれいな髪、こうしていれば整った顔立ちの彼女は、よく見れば本当に綺麗で、竜一にとって先輩である彼女は年上というバイアスがより彼女を魅力的に演出して見える。
だからこそ、そんな年上美少女先輩におちょくられれば、案外悪い気もせず、顔も少しは赤くなるというものであるのだ!
「ところで、さっき俺のこと注目してたって、それどういう意味ですか? まさか退学間近とかそういう意味ですか? やめてくださいよ俺には野望があるんです簡便してください」
「キミの野望が何なのかは気になるところだけど、そういう意味じゃないわ」
苦笑いを浮かべる千歳がスクッと立ち上がり、未だへたり込んだままの竜一へ手を差し伸べる。
「今の魔導士教育って、ある意味高水準に纏まった魔導士を育成する方針じゃない? 実際それは正しいし、何でも一定以上できる人がたくさんいた方が良い場面の方が圧倒的に多い。でも……それってすごくつまらないじゃない?」
おどけてみせる彼女の論は、何も現状の魔導士教育方針に一石を投じるというものではない。それは彼女もわかっているのだろう。その考えは、彼女自身の根幹にある「楽しいか楽しくないか」の物差しで測ったときの感想の一つに過ぎない。
「特に近年の帝春学園は魔導舞踏宴でも負け続き。そろそろ、何か新しいことを初めてみる時期だと思わない? 学校の威厳とか歴史とか、そういうのには興味ないけど、私負けるのは嫌いなの!」
「まぁ、負けるの嫌いってのは確かにわかりますけど」
特に先ほどの戦闘狂と呼ぶに相応しい佇まいを見ると、負けるの本当に嫌いそうだな~と内心で竜一は思うも、口には出せない。
「新しいことって、何ですか?」
「例えば、そうねぇ。何か一つのことに特化した人や、魔導士のくせに近接戦闘だけを試みる怖いもの知らずの大バカ者を入れてみるとかね」
フフと笑ってみせる生徒会長は、それが誰を指しているのか言及はしない。
しかし、この学園でもそれに当てはまる者などそうそういないだろう。寧ろ、そのような大バカ者ばかりの魔導士が世に蔓延れば、世の中のあらゆる市場は崩壊してしまう。
「それに、私自身普通の魔導士と戦うの飽きちゃったし。このままアナタたちが勝ち上がれば、私たちと戦うことになるのは知ってる?」
「あぁ、まぁ、はい」
以前真琴と岩太郎の控室にお邪魔した際、竜一らは雑談がてらそのような組み合わせの話をしていたのがよかったのか、そのこと自体には気付いている。
だからこそ、先ほどの戦闘では目を離せなかったというのもあるのだが。
「私楽しみにしてるから、頑張って勝ち上がってね。最底辺の竜一くん♪」
その呼び名は、ともすれば竜一を卑下する言葉であるが、千歳から発せられたその言葉には、ある種の期待のニュアンスが込められていた。
最底辺である者が勝ち上がるのは本当に難しい、それこそ偉業を成し遂げるようなものである。だからこそ、自分が最底辺であることを誰よりも自覚し、挑まなくてはならない。
「まぁ、善処します。というか、会長たちもぶっ飛ばすつもりなので覚悟しておいてください」
「おぉこわーい! じゃあ私も銃の整理して竜一くんたちを物理的にぶっ飛ばさなきゃね」
「ナニソレコワイ」
笑ってはいるが、千歳のその目はほんの一瞬だけ鬼姫と呼ばれた目になったのを竜一はしっかりと目撃し、思わず引きつる。
「会長、雑談はそこまでにそろそろ戻りましょう。ここが何なのかも不明ですし、早く先生方へ連絡もしなくては」
「あぁ、そうね。ごめんごめん」
木戸がベルモンドを抱え、千歳と竜一の間に割って入る。確かにこの場に留まることはあまり得策ではないだろう。それに先生方への連絡を急ぐのも正当である。
しかし、割って入った木戸が、一瞬だけ竜一を睨むように見たのを竜一は見逃さず。
「さぁ、行きますよ会長」
「あ、ちょ、押さないで~。行く、行くからぁ」
「……あぁそういう」
竜一から引き剥がすように千歳を押す木戸を見て、竜一は何かを察し、思わず苦笑する。
すると、出入り口付近。さらに言えば先ほど千歳と木戸が隠れていたであろう付近に、人影がよぎる。
「誰だ!」
木戸の呼びかけにその人影は階段の方へ翻し、急いで駆けているであろう足音が広間に反響する。
「そういえば、さっきこの男仲間を呼んでいたわね……、木戸くん!」
「はい、追いま――って灰村くん、待ちたまえ!」
言うが早いか、その人影を最初に追ったのは竜一であった。
というのも、竜一にはその人物が誰であるかある程度予想はついていたのだ。
「あのバカ! これで捕まったらお前らの夢は潰えるかもしれないんだぞ!」
竜一をここに連れてきたであろう張本人の彼女、いや彼かもしれないし、もしかしたらその二人かもしれない。その二人――兄弟は、禁呪書物を求めて色々と調査をしていたのだろう。恐らく、この広間に続く階段のこと自体は以前からわかっていたのかもしれない。しかし、ここに入るには今回のような大規模な人除けの魔術の使用をしなくては難しい。何より、広間の先に何があるのか手掛かりがなかったのだろう。
昨夜、竜一が禁呪書物を学校に預けたという言質を取り、この奥にあると確信し、今回この騒動を起こしたものと考えられる。
あの兄弟がなぜ「Iris」なぞという犯罪組織に身を落としているのかは竜一にはわからない。
しかし、昨夜二人と話した竜一は、二人の真意はIrisと異なっている。もしかしたら二人は利用されているのではないか。そう考えている。いや、そう信じようとしているのかもしれない。
でも、だからこそ、竜一は二人に真実を聞くため、誰よりも先に会わなくてはいけないのだ。
このまま千歳たちに捕縛されてしまえば、恐らく竜一が会うこともなく、魔導騎士団に引き渡され、今後会えなくなってしまう可能性がある。
何より、昨夜見た二人の笑顔が本物だった。あの兄弟をこの組織から助け出さなければならない。
その有難迷惑とも、正義感とも、偽善者とも呼べる使命感が、竜一を突き動かす。
「穂乃絵……優!」
図書室へ続く階段を駆け、その人影を追う。
すると階段の出口、図書室の入ったところら辺からだろうか。
二つの声が聞こえてくる。
「きゃあ! あ、アンタ、何でここに!? クッ……そう、挟み撃ちってわけね」
「え、は、え? 挟み撃ち? いや何のことで? いやその、後をつけたのは悪かったけど、何もそこまで怒らなくても」
竜一にとって聞き覚えのある声が二つ。
一つは先ほどの想像した少女の通り。
そしてもう一つの声は、竜一にとって最も想いを寄せるの者の声であり、昨夜帰らず心配かけたであろうパートナーの声。
「水瀬! 穂乃絵!」
階段を駆けあがり、図書室へ躍り出た竜一は二人を視界に捉え、叫ぶ。
額に汗を流し、前後の二人を睨む穂乃絵。昨夜帰らなかった竜一が突然現れ混乱する水瀬、一刻の猶予もないこの状況に三人は戸惑いの表情を浮かべるが。
「灰村……アンタ、私たちを嵌めるつもりだったのね」
「穂乃絵、いいから早く逃げろ!」
「はっ? 逃げろってアンタなに言って」
怪訝な目を向ける穂乃絵には、竜一の言葉の意が伝わっていないのだろう。穂乃絵側からしてみれば、殺すつもりで嵌めた相手から見逃してやるから逃げろと言われているようなものだ。そのような都合のいい展開など起こるハズもない。
だからこそ、竜一の言っていることは何かの罠と勘ぐってしまうのだろう。
「アンタ、私たちをどうするつもりよ!」
「どうするもこうするもあるかよこのバカ! クソっ! 優、いるんだろ! 早くこいつ連れて逃げろ! もうすぐ生徒会長たちが追いつくぞ!」
言うと、本棚の陰から一人の少年が現れる。
「う、うん。灰村……先輩……ありがとう」
オドオドとしていたその少年は、今も前髪でその目を隠しているが、きっと竜一の言葉が本物だろうと見て取れたのだろう。
警戒する穂乃絵の手を取り、窓へ向かう。
「ちょ、優!? アンタどういうつもり!? というか灰村! アンタもなに考えてんのよ!」
「穂乃絵ちゃん……は、早く!」
「あ、ちょ、優! もう、灰村……先輩! アンタ、覚えてなさいよ!」
窓から半身外へ乗り出した穂乃絵が、最後までギャーギャーと騒ぎ、何とか逃走できたようだった。
すると、タイミングとしてはギリギリだったか、階段から千歳と木戸が到着するが。
「竜一くん、さっきの人影は?」
「逃げられました」
「え?」
千歳の問いに平然と嘘の解答をする竜一に、水瀬が思わず口に出す。
その疑問符に些かの疑問、いや、確信を持ったのか、千歳は竜一へ再度向き直り問いただす。
「竜一くん。もう一度聞くわ。さっきの人影は?」
「――逃げられました」
「そう……」
一瞬、千歳の目は先ほどの戦闘時にしていた目、人を本気で殺す目をしていた。それが意図的か故意なのかは定かでないが、竜一の再度の変わらない、決意のこもった解答に何かを悟ったのか、その後の追及はしなかった。
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