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2-20 生徒会長――千歳沙月

 千歳と木戸が校舎へ入ると、相も変わらずそこは静寂な空間が広がっていた。早朝ということもあり、生徒会の仕事をしていた時からそこは変わっていないのでおかしくはないが、この静寂は意図的なものであり、やはりどこか違和感が広がっている。


「クンクン……こっちよ!」

「まるで匂いで犯人の場所がわかるみたいな小芝居いりませんから」


 廊下を走る二人の足音だけがこの空間に響き渡る。

 普段なら廊下を走るなと注意する側の二人であるが、今ばかりはそのようなことも言っていられない。

 廊下を進み、突き当りを曲がりさらに奥へ。校内のことならどこに何の教室があるのか把握している二人には、その先に何があるのかは既に把握している。


「この先はぁ……、図書室?」

「犯人は何で図書室なぞに向かったのかは不明ですが、行ってみましょう」


 扉を開け、中に入ると見慣れた光景の、何万と書物が並べられた巨大な空間が広がっている。

 学術書や文学書、通常の図書室にある本はもちろんのこと、魔法学園ならではの専門書も大量に置いてある。

 故に、その貯蔵量は大したもので、図書館と名乗ってもいいほどの広さを有しているのだが。

 魔力残滓を追うと、図書室の最奥、あまり人目につかないようなそこには、本棚が横にスライドされており、その先には地下へ続いているであろう階段が現れていた。


「木戸くん。この階段、知ってる?」

「いえ、初めて見ました」


 生徒会として、二人は学校のありとあらゆる施設について把握しているつもりであった。

 備品の管理や施設の管理も生徒会の仕事の一つ。学校側から提供されている資料にもこのような階段は存在していなかったのだ。


「魔力の残滓は確かにこの先に続いてる……。行ってみましょう」

「はい」


 人ひとり分の横幅しかないその地下へと続く階段は、少し進むと螺旋状となり、次第に図書室の明かりも届かなくなっていた。

 壁に魔力の備わった鉱石でも埋められているのか、ぼんやりとした明かりが足元を照らし、今ではその光でさえ心の味方と言わんばかりの安心感を与えてくれる。

 階段を下りて1~2分経っただろうか。視線の先には開けた空間が広がっており、明かりも煌々と灯っている。奥は薄暗くなっているが、灯りのおかげか多少ぼんやりするが見ることが出来なくもない。よく見ると、奥には大きな両開きの扉が設置されており、頑丈そうな見た目、扉に記された魔術刻印から、その奥には大層な物が隠されていることがわかる。

 息を殺し、忍び足でその入り口まで近づいた二人は、できるだけ階段の暗闇に身を隠し、その先を観察する。

 すると、犯人だろうか。誰かの話声が聞こえてきた。


「おい、この先の扉はどうやって開くんだ」


 声音から、その主が男であると判定できる。齢はおよそ三十代程だろうか、渋みの効いたその声はおよそ生徒の声ではないと判断できる。

 すると、その声へ返すように、もう一人の声が発せられる。その声を、二人は聞いたことがある。


「知らねーって。そもそも、この部屋のことすら知らなかったんだぞ。お前ら、何者だ」

「質問に質問で返すとは良い度胸じゃねーか灰村。この地下は俺らの仲間が見つけていてな。禁呪書物はお前が学校側に預けたって聞いてたんだが、ここのことを知らないとは予想外だったぜ」


 返答した男は灰村竜一。帝春学園の最低ランクに座しているある意味有名な男だ。生徒会として活動する千歳と木戸は、否が応でもこの男の名前を聴く機会多かったのである。


「俺は禁呪書物を学校側に預けただけだからな。その先のことなんか知れる権利があるわけねぇだろう。ちょっとは考えろよ悪役面」

「……縛られてるくせに吠えるじゃねぇか。余程痛い目にあいてぇみたいだ、な!」


 男の言葉尻に一拍おかれると、部屋に鈍い音が響き渡る。音から察するに、男が竜一を殴ったのだろう。その音と同時に、竜一から低いうめき声が発せられたのがその証拠だ。


「はっ、銀次の野郎をやったやつと聞いていたのに、それがこんなガキとはま。あいつも所詮は肉弾戦しかできない雑魚。その程度のタマだったってこった」

「……銀次を知っているということは、お前、『Iris(アイリス)』に関係するやつか」

「ほう……、その名はさすがに知っていたか。そうさ、俺は『Iris(アイリス)』の第三部隊副隊長『ベルモンド』だ。以後、お見知りおきを……って言っても、お前はここで死ぬわけだし、名乗ったところで意味はないけどな」

「アジア人面してるくせにベルモンドとは、また良い趣味をお持ちで」

「俺らは互いに本名は名乗らねぇからな。名は捨て、コードネームで動くことにしてんだ」


 『Iris(アイリス)』……、その見たことも聞いたこともない名に、千歳と木戸は互いに顔を向け、小首を傾げる。

 しかし、その男――ベルモンドが口走った死という言葉に、その男がただの一般人でいないことが明白であった。

 すると、ベルモンドが通信機らしきものを取り出し、どこかの誰かへ喋りかけている。ベルモンドの言葉から、仲間に応援でも頼んでいるのか、今すぐこの場に来いということを命令していた。

 これまで静観をしていた千歳と木戸も、この言葉に汗を一滴流す。


「どうします、会長。ベルモンドという男、仲間を呼んでいるみたいですよ。このままでは奴らの仲間が来て、僕らも挟み撃ちを遭う形になります」

「そうね……。一旦引いておきたいところだけど、彼の命も危ないし、ここは――」


 千歳が思索を巡ると、事態に変化が訪れる。

 ベルモンドが竜一の眉間へ拳銃を突き付けているのだ。


「もうお前は用済みだし、厄介事になる前に消えてもらう」

「……俺がそうやすやすと殺されると思うか。固有魔導秘術(リミットオブソウル)、デスペラード――」


 ベルモンドが引き金にかける指に力を込める瞬間、竜一が固有魔導秘術(リミットオブソウル)を唱えだす。両腕を後ろで縛られている状態の竜一は、その弾を例え避けられたとしても、その後が手詰まりになるのは自明の理だ。その結果、その場に凄惨な血の雨が降り注ぐことが千歳は容易に想像でき、彼女は考えるよりも先に動いていた。


「待ちなさい!」


 広間へ躍り出た千歳は、胸を張り、背筋を伸ばし、凛とした声音で男――ベルモンドへ呼びかける。

 その突飛な行動に木戸は頭が痛くなり思わずこめかみを抑えた。彼女の行動はいつだって衝動的で、感情的で、傲慢的な故、いらぬことに首を突っ込むのは彼女の日常なのだ。そんな彼女の後始末をいつもつける木戸にとって、ある意味、彼女の行動は彼女足らしめることで、そんな彼女の行動に、木戸は苦虫を噛んだような笑みを浮かべながら、彼もまた広間へ足を進める。


「我が校への不法侵入は愚か、生徒に手をかけるその行為、生徒会として見過ごせん。覚悟するがいい!」


 千歳の隣に並んだ木戸は、存外にもノリノリに口上を述べると、ベルモンドへ一瞥とばかりに睨みを効かせる。

 その二人の登場に、一瞬何が起きたのか把握できていなかったベルモンドだったが、次の瞬間には素知らぬ顔で声を発する。


「オイオイ、人除けの魔術は使ったハズなのに、何でここまで来れたんだかねぇ。やっぱり広範囲展開だと、魔術効果は薄くなるのか」


 一人ごちるように話すベルモンドは、相も変わらず竜一の眉間に銃口を突き付けているが、その声音は冷静であった。


「それで、お前らは俺に何かするわけ? 別にしてもいいけど、お前らも殺しちゃうよ? というか、よくここがわかったな。お前らこの場所知ってるのか? というか、この扉どうやって開くか知ってる?」


 その目が表すは無感情の瞳。見据えるその瞳が捉える千歳と木戸は、ベルモンドにとって障害の一つにもなり得ないと踏んだのだろうか。淡々と語り掛けるベルモンドは続ける。


「その様子だと、お前らも知らないみてぇだな。全く……。それに、さっきの俺と灰村の会話も聞いていたみたいだな。ったく、しくったぜ。こんなことならさっさとコイツを片づければよかった」


 残念そうに頭を掻くベルモンドは、そこで完全に興味を無くしたのか、千歳と木戸を見ることもなく、再度竜一の方へ見やると、引き金にかける指へ力を込める。


「まぁちょっと待ってろ。コイツを殺したら次はお前らを殺してやるから」


 ベルモンドが言うと、広間内に甲高い音が鳴り響く。


「……ほう」


 それは、ベルモンドが竜一の眉間に向け発砲した音……ではなく、その銃が何かに当てられた衝撃で発せられた音であった。

 拳銃は衝撃で宙を舞い、2~3回転しながら床にゴトリと鈍い音をたてながら落ちると、ベルモンドがゆっくりと千歳らへ視線を向ける。

 ベルモンドが視界に捉えた千歳と木戸は、変わらず入り口近くに留まっていた。一つ、違うとしたら、千歳が霊装――と呼ぶには禍々しいボルトアクションライフルを手に持っていることだった。


「待ちなさい――と、私は言ったハズだけれど?」


 豪華絢爛とはお世辞にも呼べないその霊装は、されど美しいと呼ぶに相応しい黒光りの輝きを放っていた。銃口からは硝煙が上がり、火器でありながらも、底が見えない寒々しさを感じさせるその霊装は、彼女の深層を表しているのか。

 どこからともなく弾を練成し、装填すると、千歳は再度構える。


「次は、貴方に当てるわ」


 ライフルを構え、視線を真っ直ぐにベルモンドへ向けた千歳の目は恐ろしく冷酷で、ともすればある意味ベルモンドの目と同質なものを感じさせる。

 それは、戦うと決めた相手の命など欠片も興味がないと言わんばかりであり、冷酷な目をした彼女は冷笑を浮かべ魔力を込める。


「いいぜ、いいぜ! ちょっとは楽しめそうだ。まずはお前らから殺してやるよ!」


 ベルモンドの瞳から光が消える。それはまるで闇に飲まれた人間のように、相手の存在を憎み、殺し、奪いたいと暗に言っているような思想が見て取れる。

 ベルモンドは口元を大きく歪ませた笑みを浮かべながら、視線は千歳のまま固定し、竜一を大きく蹴り飛ばすと、いつの間にかその手には杖が握られていた。


「食らいやがれ、『貫きの闇スロー・イン・ザ・ダーク』!」


 ベルモンドが杖を千歳へ向けると、その先端から何本もの黒い閃光が飛び出す。それはまるで意思を持つかのように、まるで蛇のように不規則に動きながらも驚くべき速さで千歳へ襲う。

 数十メートルは離れているであろう千歳まで、瞬き一回でもしたら見て取れないだろう。それほどの速度で迫る黒い閃光は、やがて千歳の基へと終結すると、込められた魔力からの副次効果か、小規模な爆発を引き起こす。


「クハハっ! さすがにアレを食らったら逝っちまったか。まぁ、俺に歯向かっただけ度胸がある女だったな……なに?」


 煙が晴れると、千歳がいたであろうその場には鉄の壁がそそり立っていた。多少傷はついているが、これと言った外傷はなく、騒然と立つその鉄壁がフっと消える。

すると、そこには木戸が立っており、後ろにいる千歳は相も変わらず冷笑を受けべている。


「戦闘開始するならするって言ってくださいよ。会長はいつもそうだ」

「悪い悪い。でも、木戸くんなら察してくれるって信じてたからさ」


 木戸との会話中、一瞬だけ無邪気な笑顔を浮かべた千歳は、ベルモンドへ再度視線を向けると、その瞳はまたも冷たく輝く。


「何だあの壁は……!? 俺の『貫きの闇スロー・イン・ザ・ダーク』を正面から受けてピンピンしているだと!?」

「次はこちらの番だね」


 驚愕の表情を浮かべるベルモンドに、千歳が律儀にも一言加えると、その麗美な脚からは想像できない踏み込みで駆けだす。

 ベルモンドとの距離を半分まで一瞬で縮めた千歳は、右手に持ったそのライフルをベルモンドへ向けて発砲する。

 真正面からの正攻法、正面突破である。しかし、真っ直ぐに突っ込んだが故に、その弾を軽々とよけるベルモンドは額に脂汗をかきつつ、尚も歪んだ笑みを浮かべている。


「そんなボルトアクションライフルじゃあ、次の弾装填するのに時間がかかるだろう! 正面から来るなんて間抜けだなぁ!」

「誰が武器はこれ一本だって言ったかしら? 二番!」


 すると、左手を掲げた千歳の手にはいつの間にかサブマシンガンが握られている。


「ナニっ!?」


 カチャリ、と構えた左手のサブマシンガンを、千歳は躊躇なくベルモンドへ速射した。

 小気味の良い銃声音が広間に響き渡り、連射される魔力弾は床から壁を容赦なく抉りとる。


「く、クソ! 『対魔法防御魔法(マジックシールド)』!」


 避けきれないと読んだのか、ベルモンドは前方へ対魔法防御魔法(マジックシールド)を展開するも、その速射性から防御壁は徐々にひび割れ始め。


「クッ、シールドがもたん……だと!?」

「よく耐えるじゃない、ならこれでどうかしら。三番から十番、展開!」


 言うと、千歳の左右に浮遊するように様々な銃が展開される。ショットガンからフルオートライフルまで、多様にわたる銃がその口をベルモンドへと向ける。


「な……!? て、テメェ、何もんだ!」

「言ったでしょ。私たちはこの学校の生徒会。まぁ私はこんなんで会長なんだけどね」

「帝春学園の生徒会長……、まさか、テメェは天才と謳われたアノ!?」


 サブマシンガンを放ちながら、千歳は右手を頭上へ掲げ一つ深呼吸すると、薄く開いたその両目には明確な殺意を帯びさせ、身体中から収まり切れない魔力を放出させる。


「三番から十番――、一斉射!」


 浮遊する銃たちから、おびただしい銃撃が炸裂した。


お読みいただきありがとうございます!

今回はいつもより長めに書いてみました。


ご感想等あればお気軽にお書きください!

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