2‐19 助手くん!
襟首を掴まれた千歳は木戸にされるがまま、千歳が設置したと自告する裏庭までやってきた。
木戸があたりを見回すが、そこにおかしな様子はなく、トラップと言われるものは見当たらないような気がしたのだが。
「何もないじゃないですか」
「もっと注力して見てみてよ。暇だったからできるだけバレないように魔力でトラップ設置したんだから」
「トラップの定義としてはただしいですが、設置理由がひどすぎます」
言われるがまま、木戸は目だけでなく第六感と言われる、体全体で魔力を感じとれるよう集中する。
すると、微かにではあるが、そこには魔力の残滓が残っており、しかし言われなければ恐らくほとんどの魔導士は気付かないほどのレベルであった。
「……それで、これは生徒が通過したからそのモノマネ警報はなったんですか?」
「ん~、そこまではさすがにわかんないかなぁ。でもでも、このトラップは通過した人に私の魔力残滓を気付かれない程度に付着させるものだから、それを追えばわかると思うよ」
「まぁ、恐らく生徒だとは思いますが、こんな早朝に裏庭に来るというのも怪しいですし、後を追ってみますか。もしかしたら校則違反とかしてるかもしれないですし」
「おっ! 探偵みたいだねぇ! いいねぇ! 私はそういうのを待っていたのだよ!」
目を爛々と輝かせながら、千歳は木戸の提案に前のめりながらも賛成する。
選抜戦が始まって以来、生徒会室での大量の仕事をこなしてきた彼女は相当のストレスを溜めていたのだろう。このトラップに引っかかった者が何者でもあれ、追跡するという行為は彼女にとって待ちに待った遊びなのだ。
「速やかに解決して、すぐにまた書類掃除に戻りますけどね」
「犯人よ……キミが世紀の大泥棒並に逃げ上手であることを信じてるぜ……」
木戸の一言に虚ろな目にした千歳が、どこの誰とも知らぬその犯人へ想いを馳せる。
かくして、千歳と木戸はそのトラップに引っかかったとされる者を追うことになったのだが、その魔力残滓を追うと、どうもルートが少々おかしなこととなっていた。
犯人はどのような理由があって裏庭にやってきたのかは知らないが、そのまま帰るにしても校内へ向かうにしても、普通は人の作った道を通るはずだ。それこそ、何かしらやましいものを抱え込んでいない限り、獣道や正規の出入り口以外を使うとは考えられない。
しかし、その犯人の後を追うと、魔力残滓は校舎に近づいたと思えば、次には裏手の林へと向かい、また校舎へと向かう。不規則に動く犯人の跡は何を目的としていたのか、謎が深まるばかりであった。
「助手くん助手くん。このホシは一体何を考えているのだろうねぇ」
「助手ではなく副会長です。そうですねぇ、この不規則な動き、さりとて徐々に校舎を回るように動いている点……、まるで何かの準備をしているかのようですね」
「マジレスキタコレ! 準備ねぇ……、ねぇ助手くん」
「副会長です」
「この木に彫ってある魔術刻印、これなんだと思う?」
千歳が言うと、校舎と林を行き来している中のうち、一本の木に触れる。その手が淡い光を放つと、小さくガラスの割れるような音がその場に響く。すると、その手の先、木の幹には魔術刻印が記されていた。
「……よくこんなの見つけましたね。それに、その先ほどの現象といい、まるでこの魔術刻印を擬態させる魔法が設置されていたかのように見えましたが」
「うん、まさにその通り。さすが助手く」
「副会長です」
「むぅ……」
食い気味に訂正を促す木戸は千歳の反応を無視し、その木に記された魔術刻印を見やる。
今現在も稼働しているであろうその魔術刻印は、いったい誰が設置したのか。
「とりあえずこの魔術刻印どうしようか。処す? 処す?」
「待ってください。もしかしたら学校側が設置した物の可能性もありますし、確認が取れないと勝手な判断はできません」
「固いなぁ木戸くんは。こんな如何にも怪しい魔術刻印なんて、悪さ以外にないと思うんだけどなぁ」
「とにかく、犯人の後を追いましょう。そうすれば、それが学校側が設置したものなのか、そうでないのかがわかります」
「はーい」
木戸がなだめる様に千歳へ諭すと、再び犯人の追跡へと戻る。
犯人は相も変わらず校舎と林を行き来し、気付けば校舎を一回りするほどまで来たのではないだろうか。
小走りで追っていた二人は多少息を荒くするが、それもここまで。犯人の追跡ルートがこれまでと変わったのだ。
「これは……、どう思います会長?」
「どう思うって、こんなところから入る人なんて普通の人じゃないと思うけど」
魔力残滓は校舎の中へと向かっていた。それ自体は良い。学校側が魔術刻印を設置し、用が済んだから校内へ戻るというのはいたって普通のことだ。
しかし、その魔力残滓が指し示す方向、二人の視線の先は誰にも使われていない一階の物置部屋の窓である。正面玄関や裏口など、通常の扉を使用せず、人目のつかない場所からの侵入。これを怪しいと思わないハズもない。
「兎に角、後を追ってみましょう」
「後を追うって会長。この犯人は危険人物の可能性が非常に高いですよ? ここは一旦離れて、学校側へ連絡した方が……うぐッ!?」
突如、二人に甲高い耳鳴りが聞こえだす。
それはどこから聞こえてくるのか定かではない。遠くから聞こえてくる気もするし、真横で鳴っている気もする。
しかし、その甲高い耳鳴りは同時に二人へ猛烈に抗いがたいある一つの欲求を要求してくる。
「か……会長……これは」
「うん……なんか……校舎からすごく離れたい……それはもう仕事がしたくないからとか何で私たちだけでこんな書類仕事しなくちゃしなきゃいけないんだって不満だとか書記と会計の二人は何で今日来てないんだ探しに行って引っ張ってこなきゃいつもイチャイチャしやがってあの野郎どもとか、そういったことじゃないんだからね!」
「余裕ありますね……会長」
今すぐにでもこの校舎から離れたい。その欲求が心の奥底から脳を支配し、体を支配し、心を支配してくる。
まるでそう感じるのが自然で、それに抗う理由など何もないとさえ思えてくるその欲求は、ある種違和感の塊であるが、衝動を抑えることは難しい。
どんなに違和感をつけても、結局ここを離れないといけないという結論へもっていってしまうのだ。
「会長、とにかくここを離れましょう。危険すぎます……会長!」
木戸の目が暗明としている。その場に留まること自体が体に負担させているのだ。
どうしてもその場を早く離れたい。ただその一心なのだが。
「木戸くん、これは魔術よ。この場を離れたいって欲に心を支配されるその現象自体が、この魔術の効果よ。恐らくあの魔術刻印は校舎全体にこの魔術を展開するための物だったのね」
「ですから! そうだとしても、なら尚更犯人に近づくのは危険です! 早く離れて」
「木戸副会長ッ!」
ビクッ、と木戸の身体が揺れる。
木戸に背を向けた千歳が顔だけ彼へ向けると、その一喝とは裏腹に、優しい笑みを浮かべていた。
「恐らく、この自体を収拾できるのは私たちだけ。私たちは魔術刻印を見たから、この抗いがたい欲に違和感を持てる。でも、他の人たちは恐らく違和感なんて一つも持たないわ。きっと誰もこない。だから、私は行くわ」
凛とした表情を浮かべる千歳は犯人が侵入したであろう窓へ再度視線を向ける。事態を解決できるのは自分たちだけだと言い放つ彼女の声音は、どこか麗美で、達観で、誇りを持っていた。
学校を守る――それが、生徒会長としての務めだと言っているかのように。
「木戸くんは~、無理しなくてもいいわ。実際危ないこともありそうだし」
その優しさは生徒会長の責任から来る物か、それともバディとして来る物か。その答えは彼女しかわからない。
さりとて、バディに、女性に、あの生徒会長にそのようなことを言われるというのは歯がゆい。暗に言ってしまえば悔しいのだろう。先ほどの暗明としていた木戸の瞳は、いつの間にか帝春学園歴代最強と肩を並べるバディとしての誇りを取り戻し。
「……全く、いつもふざけているくせに、こんな時だけ生徒会長みたいなこと言わないでくださいよ」
「せせせ生徒会長だし!」
「じゃあ終わったら書類の量を倍にしますのでお願いしますね、生徒会長殿」
「カッコつけるんじゃなかったー!?」
正気を取り戻した二人は、覚悟を胸に校舎へと入っていく。
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