2-16 静寂な裏通り
「今アンタ、禁呪書物って言った?」
穂乃絵の顔から表情が消えている。
これまで喜怒哀楽とわかりやすいほど顔に出してきたこの少女から表情が消えるというのは、一体どういう意味を指しているのか。
竜一にとって、穂乃絵はまだしっかりお話もしていないただの後輩。いや、顔見知り程度の関係性だろう。彼女については一も二も知らず、唯一の知っていることは「よく感情の出る娘だなぁ」くらいのものである。
だからこそ、そんな彼女から表情が消えるというその異変に、竜一は警戒心を高める他になかった。
「ねぇ、禁呪書物って、言ったよね?」
もっと考えて言えば良かった。竜一の脳裏に一抹の後悔が押し寄せる。
よくよく考えれば、穂乃絵の父――というより、見境兄弟の父『見境源治』は魔術の研究者だと穂乃絵は話していた。それだけの点で鑑みれば、確かに竜一が口に出したように、禁呪書物や水瀬にかかった魔術について何か知っているかもしれないと思うだろう。
しかし、見境源治はあのインターフェイス研究施設惨劇事件の関係者。さらには犯人として世に知れ渡っている。魔術関係でこれほど大きな事件だ。禁呪書物が事件に関与している可能性は非常に高い。
穂乃絵たちは父――見境源治は無実だと主張している。それを証明するために魔導舞踏宴に出場し、魔導騎士団に入るのだと言っていた。今現在、独自にあの事件のことを調べていてもおかしくはないだろう。
ましてや、見境源治の仕事に誇りを持っていたというほどだ。禁呪書物についても何か聞かされていたかもしれない。
だからこそ、言葉は慎重に選ばないといけないだろう。
「あぁ、言った。俺と水瀬は禁呪書物について調べている。穂乃絵は、禁呪書物について何か知って」
「そう……。やっぱりアンタたちは、禁呪書物の関係者だったのね……」
「え、いや、関係者ってほどじゃないけど、まぁ探してはいる――」
竜一が言うと、背中にカチャリと鈍い金属音と共に筒状の何かが当てられていることに気づき、声を詰まらせる。
背中から感じ取れるその金属製の物体と思わしきそれは、例え見なくとも異様なほどの重圧を相手に押し付ける。
一介の高校生――竜一は当然、本物を見たことなどない。強いて言うならば、相方が霊装で使っているのを見たくらいだ。
しかし、その重々しい音と重圧から、それは本物であろうと竜一は、いや、竜一でなくとも感じ取れるだろう。
背中にあるそれは、拳銃であると。
「……何の真似だ、優」
「ごご、ごめんなさい。でも、でもこればっかりは」
両手を上げ、敵意がないと示す竜一をよそに、拳銃を突きつけている優は動揺する声と裏腹に拳銃は微動だにしていなかった。
依然として無表情でいる穂乃絵は、警戒しているのか竜一の様子を数秒ほど見て取ると、ゆっくりと口を開いた。
「灰村先輩。正直に答えてちょうだい。禁呪書物は……どこにあるの」
真っ直ぐに竜一を見つめる穂乃絵の瞳は、街灯の少ないこの裏通りではハッキリと伺えない。
しかし、その口調、声音、そして表情。それらから、まるで感情をなくしたロボットのように、冷酷で無慈悲な目をしているのだろうと察しがつく。
「……一冊は理事長、学校で保管してあるのは知っている。他は俺らも探しているところだ。それより、何でお前らが本物の拳銃なんて危険な物持ってんだ」
「今は私が質問してるのよ。アンタが私たちに質問して良い状況だとでも?」
二対一。さらには自分の生死が相手側の指一本で握られている。この状況に恐らく竜一に権限の一つもないだろう。一言一句、一挙一動、際限なく言えば呼吸さえ相手の言うとおりにしないと抹殺されてしまう。
そのような状況下にあるのだと、穂乃絵は暗にそう伝えているのだろう。それは支配しているという澱んだ感情からなのか、それとも、残された善意からなのか。
しかし、竜一の持っている情報などたかが知れている。それこそ、もう全て出し尽くしたと言えるほどではないだろうか。
穂乃絵は一つ考え込む仕草を取ると、再度竜一へ詰め寄る。
「学校の、どこにあるの? あと、何でアンタが禁呪書物について知っているの?」
「どこにあるかまでは知らねぇ。俺は親父から渡されたその禁呪書物を、理事長に届けただけだからな」
「そう……、嘘は――言っていないようね」
スっと穂乃絵が竜一の顔に近づく。唇と唇が触れ合いそうな、お互いの吐息が当たりそうなほど近づいたそれは、普段だったらこれ以上ないほどの嬉しいハプニングだろう。
しかし、穂乃絵の瞳は相も変わらず冷たいままで、ともすれば恐怖で胸が鳴りそうである。
「俺の知っている情報なんてそれくらいだ。これ以上は知らねぇ」
「十分な情報よ。ありがとう、灰村先輩」
穂乃絵が不敵な笑みを浮かべると、ポケットからスマートフォンを取り出しどこかしらにかけているようだ。
仲間でもいるのだろうか。それを知る術は今の竜一にはない。
しかし、この状況、そして情報を聞き出したところで誰かに伝えるということは、恐らく組織的な動きでもしているのだろう。
禁呪書物を取り巻く環境を考えると、それが自然である。
「お前ら、何企んでるか知らねぇが、危ない橋渡ろうとしてるんじゃねーか? そんなことしても、お前らに何の得があるんだ」
「何の得? 何の得ですって? アハ、アハハハ! アンタ、私の話聞いてなかったの?」
高笑いを浮かべる穂乃絵に表情が戻った。
しかし、その表情は竜一の知る穂乃絵の表情ではなく。
「パパの無実を証明するために決まってるじゃない。禁呪書物は、そのために必要なことなのよ」
まるで憎悪を燃やすかのように、誰かに呪いをかけているかのように、その表情は歪な微笑みを魅せる。
「それが、例えそれで証明できるとしても、こんな方法を取っているようじゃお前らの言葉なんて誰も!」
「もう良いわ、優」
「待て! 穂乃絵、優!」
穂乃絵の一言に、優が一つ「うん」と返事をすると、静寂な裏通りに不釣合いな発砲音が――鳴り響いた。
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