2-13 お邪魔します
「……アンタ、灰村竜一……先輩?」
夕日ももう半分沈み始めているであろう夕刻。
世界がオレンジ色に染まる中、見境穂乃絵が不思議そうに竜一を見ていた。
「おう。なんか大変そうだったから、有難迷惑だろうけど介入させてもら」
「なんでアンタがここにいるのよ! 今からこいつらシバキ倒すところなんだから邪魔しないで!」
「えぇ……」
穂乃絵とクラスメイトであろう絡んでいた男たちもこれにはドン引きである。
「ちょ、え、いっ痛!? オイ蹴るな! 膝裏を蹴るな! オイお前らもこんな奴に絡んでないでさっさとどっか行け! 今のコイツなら噛みかねないぞ!」
間に割って入った竜一の膝裏を蹴りつける様子を男たちに竜一が指摘すると、まるで変な人でも見るかの様に男たちは踵を返す。
「ふぅ、これでもう大丈夫だ。お前ら、あんまりあぁ言った絡み方はしない方が」
「あぁ! アンタのせいで行っちゃったじゃない! まだ卵の弁償してもらってないのに!」
「い、痛い! わかった、卵は俺が買ってやるからそれやめろ! ちょ、蹴るのやめろー!」
オレンジ色に染まる世界で、竜一の膝裏はすっかり赤くなってしまったようだ。
◇◇◇
大通りから脇道に入ったシャッター街。そこを数分進むと激安で知られるチェーンのスーパーがある。
連日何かしらの特売をかけており、この時間帯はご近所の奥様方でごった返しになっているのだが。
「ハァ……ハァ……。なんだこの聖域は……。あのおばちゃんたち身体能力向上魔法でもかけてるんじゃねーか? 銀次も真っ青の圧力だったぞ……」
ボロボロの身なりになった竜一がやつれた顔つきでスーパーから出た第一声である。
「当たり前じゃない。ここは選ばれし戦士たちの戦場よ? アンタみたいな未経験がホイホイと勝てる場所じゃないわ」
「恐れ入りました……」
スーパーの前で竜一が買って渡した缶コーヒーを飲みながら、穂乃絵はこれ以上ないと言わんばかりのドヤ顔で迎えてくれる。
「ところで、例の物は買えたんでしょうね?」
例の物。
そう、それこそ竜一が遥々このような縁遠いスーパーまで来た理由でもある。特売セールの卵だ。
穂乃絵たちが決死の想いで手に入れた卵を、クラスメイトである男たちに割られたらしく、竜一は代わりに買ってきてあげることになったのだが。
「あぁ……、その……、すまん。買えなかった……」
「ハァっ!?」
セールが始まって既に時間も経っており、尚且つ相手があの奥様方だ。
竜一が商品棚に辿りついた時には既に卵はなく、その健闘は空しく敗北を飾ってしまったのだ。
「アンタねぇ、カッコつけて買ってきてやるなんて言ったくせにそれは」
「やめなよ穂乃絵ちゃん。灰村先輩は僕らのことを思って」
「その変わりセールじゃない普通の卵は買ってきたぞ」
「許しましょうっ!」
セール品より明らかに高品質であろう卵パックを竜一が差し出すと、先ほどの悪態はどこへやら。
満面の笑みを浮かべる穂乃絵は無邪気そのものであった。
「んじゃ、俺は帰るから。お前らもあんまり問題事起こすなよー」
ウキウキ顔の穂乃絵に聞こえているのかいないのかは定かでないが、竜一はとりあえず一声かけてその場を去ろうとする、が。
「あ、あの……灰村先輩」
「ん?」
穂乃絵の隣で俯いていた見境兄弟の兄である優が、一つ提案をする。
「その、せっかくここまでしてもらって、えっと、お礼をしない何てのはアレなので、その、えっと、夕飯食べて行きませんか?」
「ちょっと優っ!」
「おっ、良いのか?」
「来る気!? アンタ社交辞令とか知らないの!?」
驚愕の表情を浮かべる穂乃絵が竜一に迫り寄るが。
「穂乃絵ちゃん、これは社交辞令じゃないよ。せっかく良くしてもらったのに、何もせず帰すなんて悪いよ。ね?」
「むぅ……。わかったわよ」
あれほど勝気な穂乃絵が優の一言に口を閉じる。
優は内気な性格をしているのが見て取れるが、暴走気味になる穂乃絵の手綱をしっかり握ることはできているところを見ると、さすが兄と言ったところか。
竜一が関心した様な表情を見せると。
「何よ」
「いや、別に~」
穂乃絵が罰の悪そうな表情を浮かべるので、竜一も思わず笑ってしまう。
「ふんっ! ついてきなさい!」
卵を大事抱えた穂乃絵が、帰路であるシャッター街へ足を進める。
◇◇◇
シャッター街を抜け、そこからさらに数分。帝春学園からは徒歩20分と言ったところか。路地裏に面するアパートの前にやってきた竜一は、その外観に思わず絶句する。
「何よ」
「……え、いや別に」
「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ! ボロイ家だなってハッキリ言いなさいよ!」
「まだ何も言ってないだろ!?」
変色した外装。二階建てのアパートは階段が錆びれ今にも抜け落ちそうだ。等間隔で並ぶドアは体当たりすれば簡単に破れそうなのが見て取れる。
「うちは二階の一番奥の部屋ですので、ついてきてください。あっ、そこの段の真ん中は抜けそうなので一段飛ばしてください」
トンカントンカン音を鳴らす階段を上り奥の部屋へ。
優の言う通り、錆びれた階段は場所によっては抜け落ちそうで、このままでいつかけが人で出るのではと竜一も内心で心配になるほどだが。
急な角度の階段だからか、竜一の後ろにつく穂乃絵が早く上れと急かしてくる。
「狭い家ですが、どうぞ」
竜一が玄関に歩を進めると、三人が靴を脱げばいっぱいになるであろう玄関。奥を見やるというほどもない奥行きは、すり鉢ガラスの引き戸が閉まってはいるが、建物の構造から1Kの間取りが見て取れる。
玄関すぐ隣には調理するにも一苦労しそうな台所に、冷蔵庫と食器棚で既にキッチンはいっぱいだった。
「じゃ、じゃあ、すぐ夕飯作りますので、狭いですが奥でくつろいでください」
優が言うと、どこからかエプロンを取り出し夕飯の支度を始める。
どうやら調理は優の担当らしい。
竜一は優の言葉通り、奥の部屋へとつながるすり鉢ガラスの引き戸に手をかける。
「悪いな。じゃあちょっと休ませてもら」
「――あっ! ちょっと待っ!」
「え?」
竜一の後に遅れて入る穂乃絵が何かを思い出したのか、慌てた様子で引き戸に手をかけた竜一へ制止を呼びかける。
が、それも空しく既に引き戸を開けた竜一の視界にある物が目に入った。
「あ……あー、その、スマン!」
室内干しをしていたのだろう。
部屋に干されていた中には男から見たら明らかに浮いた衣服。
穂乃絵の下着(純白)も干されていたわけで。
「ちょ……、ちょっと出て行って!」
竜一を押しのけ、顔を真っ赤にした穂乃絵が涙目で奥の部屋へと入っていった。
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