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2‐12 熱心な奴ら

 次の対戦相手、見境 優と見境 穂乃絵との接触を経て、竜一と水瀬はつい先ほど試合を終えた真琴と岩太郎の控室へと訪れていた。


「真琴ちゃん、お疲れさま! 圧勝だったね! あぁ、あと岩太郎もお疲れ」

「相変わらず僕の扱いがぞんざいだね、水瀬くん」


 一方的なほどにすんなりと終わった試合だったため、真琴らは汗を拭うこともなく控室で帰りの支度を整えていた。


「ありがとう葵ちゃん。まぁまだ一回戦だし、今年こそは選抜に入りたいからねぇ。こんなところで苦戦していられないわ」

「あ、あはは。オレらも選抜目指してるんだけど、一回戦は苦戦してたなぁ……」

「あ、あぁ違うの葵ちゃん! そういうことじゃなくて~」


 遠い目をした水瀬にアタフタとフォローをしている真琴を他所に、竜一が珍しく岩太郎へ話しかける。


「お前らって確か最終ブロックだよな。俺と水瀬は逆に最初のブロックだから、両方とも選抜入り目指すってことは決勝で戦うことになるのか?」

「ふむ、確かにそういうことになるね。決勝でライバルと決着がつけられるなんて、これほどうれしいこともない。竜一くん、是非勝ち上がってくれたまえ」

「お前らはもう勝ち上がってることが前提なんだな」


 代表選抜戦は勝ち抜きトーナメント形式となっており、決勝に進んだ二組はその時点で無条件に選抜入り。決勝は言わば校内最強のペアを決めるエキシビションマッチのようなものなのだ。

 残りの一枠は三位決定戦で勝ち残ったペア。つまり、準決勝で敗退した二組が最後の一枠を争い戦うようなのだが。


「確か今年は全部で128組が出場してるんだろ? 今日ので一回戦が全試合終了、残り64組。2回戦で32組まで減り、三回戦で16組、4回戦でベスト8入り。5回戦でベスト4。そして準決勝と決勝。うへー、そう考えると選抜入りって本当に果てしないなぁ竜一」


 この選抜戦全行程を改めて見直すと、その過酷さに辟易としだす水瀬。

 これまで一回戦負けが当然であった水瀬と竜一にとって、この環境を勝ち抜くというのは途方もない挑戦なのである。


「まぁ、選抜戦は危険がかなり伴うから出場しない生徒も多いし、これでもまだだいぶマシな方なんだろうけどな」


 選抜戦は全4ブロックから構成されており、1ブロックにつき32組。

 竜一たちはAブロックであるが、真琴と岩太郎はDブロック。これは運がいいのか悪いのか。最後まで行かないと対戦できない組み分けとなっていた。


「去年の校内選抜で優勝したペアがCブロックにいるらしいから、もしかしたら私たちはそのペアと準決勝で戦うかもしれないわねぇ。……決勝で会えるといいわね!」

「真琴ちゃん笑顔が引きつってるよ!? 無理はしないでね!?!?」


 そう、去年の校内優勝ペアは当時二年生。現在は三年生としてまだ在籍しているのだ。

 歴代の帝春学園でも最強ペアではないかと噂されているそのペアと、順当に勝ち上がれば真琴らは戦うことになるのだが。


「まぁでも、Dブロックに目ぼしいやつらはいないし、お前らなら準決勝まで勝ち上がることほぼ確定だろ。きっとオッズ低いぞ~」

「校内で賭け事はよくないが、まぁ僕らならDブロックを勝ち上がることくらいわけないね」

「相変わらずのその自信家なところがウゼーなオイ」

「まぁまぁ、それよりリューくん葵ちゃん、みんな一回戦を無事に突破できたことだし、これからみんなでご飯でも食べに行きましょうよ」


 すっかり大会の復習会となった話も一区切り。帰り支度の済んだ真琴が言いつつ控室のドアを開けると。


「イタッ!?」


 ゴンッ、とドアの向こうで何かが当たる音と声がした。


「ん?」


 不思議に思った真琴がドアの向こう側に顔を覗かせると、そこには頭を打ったのだろうか、その場でうずくまる涙目の茶髪な女子生徒と、その後ろでオドオドとしている前髪で目が見えない男子生徒が立っていた。

 真琴の言葉に、水瀬もドアの向こうに顔を覗かせると。


「どうしたの真琴ちゃん……あっ、お前ら!」

「ヤバッ、バレた!? 撤退よ優!」

「う、うん。待ってよ穂乃絵ちゃん~」


 先ほど廊下であった二人組、次の水瀬らの対戦相手である見境ペアが走り去っていった。


「なんだったのかしら、あの子たち」


 事態の呑み込めない真琴はただ首を傾げていた。


 ◇◇◇


 第一回戦の全行程終了から数日。明後日から第二回戦が始まるという昼時の屋上。

 あれからすっかり関係性を修復した水瀬は、今日も竜一と真琴、時々岩太郎と一緒に学校の屋上で昼食を取っていた。


「葵ちゃんたちの次の対戦相手って、あの子たちよねぇ。あの~……見向井兄弟? だっけ?」

「見境兄弟な。まぁあいつらも校内ランクは最低らへんだし、真琴らが知らないのも無理ないけどな」


 相も変わらず真琴の作ったサンドウィッチを口いっぱいに頬張りながら食べる水瀬を他所に、竜一が律儀に真琴へツッコんでいる。

 幼馴染という間柄、昔からこういう会話はよく起こっていたのだろう。


「ばあ、ばいづだゔぉずじででいべむびばっだばべば」

「葵ちゃん。はい、お茶」

「ばびばぼう」


 何かを言おうとしていることを察したのか、悪魔の如く呪詛を唱える水瀬へ真琴が水筒からお茶を差し出す。

 昔から飲んでいるらしいお茶だが、中々に渋みの聞いたこのお茶はきっとお高いのだろうなぁと水瀬は気に入っている。


「んぐ……。ぷはぁ、ありがとう真琴ちゃん」

「女の子が口に含んだまま喋っちゃダメよ?」

「むぐっ……、はい……」


 長原・上地との試合以来、水瀬は自分が女であるということに一定の許容を見せるようになっていた。

 今後も女として生きていくというわけではないが、現状の身体が女だということ、精神も半分は女になってきているということ。それらを否定せず、受け入れ始めている。

 学校生活では男に戻ることを前提にしているため、未だ男子生徒として通しているが。


「それで、何言おうとしたの?」

「あぁ、いや別に。あいつらも好きで底辺にいるわけじゃないだろうし、オレとしては仲良くしたいなぁと思っているんだけどさ」


 どうやら水瀬としては底辺の仲間同士、何かしらの共感でもあるのか、親近感が湧いているらしい。

 というのも。


「こうも殺気を出しながらいつも見られていると、中々そういったことも話しかけられなくてね」

「毎日毎日熱心よねぇ」


 屋上の出入り口の扉、それをほんの少し開けて顔を覗かし、今日も見境兄弟は水瀬らを観察していた。

 いや、昼食時だけでない。授業と就寝時間以外はだいたいどこかしらから見ているのだ。


「まぁ、隠れるの下手なのか、いつもどこにいるのかすぐわかるんだけどね……」

「あいつ等のあの一生懸命さには俺も見習うけどな」


 話しかけようとすると蜘蛛の子を散らすかのようにどこかへすっ飛んでいくため、中々会話をすることもできない。


「自分たちが弱いということを認めてるからこそ、相手のことを調べ尽くすつもりなんだろう。俺らも見習わないとな水瀬」

「だからってあそこまで熱心にはなれないけどね」


 水瀬らがチラリと扉を見やると見境兄弟は勢いよく顔を引っ込ませ、視線を外すとまたヒョコっと顔の覗かせる。

 そんなことがここ何日も続いているのだ。


「リューくんたちは、あの子たちの情報とかちゃんと仕入れてるの?」

「まぁ、そりゃ多少は調べたさ」


 竜一が言うと、水瀬がカバンからメモ帳を取り出しパラパラと何かを探す素振りをする。

 目当てのページを見つけたのか、いったん自分の中で復習すると、真琴らへ読み上げる。


「えーっと、見境 優と見境 穂乃絵。双子の兄弟で一年生だね。優くんの方がお兄ちゃんで、穂乃絵ちゃんの方が妹みたい」

「女の子の方が妹なのね……すごい強気だからお姉さんなのかと思ってたわ」


 再度ドアの方を見やるとまた勢いよく顔をひっこめる。

 何もしてこないところを見るに、話してる内容までは聞き取れていないようだった。


「んで、優くんの方は校内ランク302位でクラスはE。得意な魔法は水魔法だけど、どれも初級レベル。固有魔導秘術(リミットオブソウル)はその水を使ったものらしいんだけど不明。穂乃絵ちゃんの方は校内ランク305位の同じくクラスE。得意魔法は風魔法らしいけど、これまた初級レベル。固有魔導秘術(リミットオブソウル)は相変わらず不明。以上だね」

「よくそれだけ調べたわねぇ」

「うん、なんか長原や上地が手伝ってくれた。気持ち悪かったけど……」


 顔を赤らめながら情報を渡してくる長原と上地を思い出し、水瀬が軽い目眩を起こす。


「それにしても、魔法まではわかったのに固有魔導秘術(リミットオブソウル)が不明とは、なんで?」

「あいつらはほとんど表に出ないし注目もされないからな。目立ってるお前らと違って案外情報ってのは残っていないんだよ」


 誰からも注目されず、期待もされない。そういった者たちは余程のことがない限り他人の記憶には残らない。ましてや記録には載らない。

 そういった経験を竜一と水瀬は嫌というほど味わっているため、それがどれほど屈辱か、どれほど悔しいかが痛いほどわかる。


「まぁ、覚えてる魔法が初級レベルみたいだから、水瀬みたいな特化しすぎて逆に低いってのはないだろう。さて、どうするべきか」


 強敵との闘いは緊張するが、相手の全貌が掴めないというのはある意味恐怖である。

 最底辺の自分たちだって選抜入りを狙っていると考えると、相手だってもちろんそうだろう。

 窮鼠猫を噛む。同じ最底辺といえど、油断すれば食われるのはこちらだ。

 ましてやこれは二回戦。見境兄弟は少なくとも一回戦を超えてきているのだ。きっと何かしらの奥の手があると考えていいだろう。


「まぁ悩んでもしょうがないよ。オレらの戦い方なんて元々そんなに選べるほどないんだ。だったら練習するなり鍛えるなりして、自力を高めようぜ」

「葵ちゃんの言うとおりね。リューくん、脳筋のくせに頭働かせようとしすぎなのよ」

「脳筋てお前……」


 程無くして昼休みを終えるチャイムが鳴り響く。

 竜一はドアの方を見やると、そこには既に見境兄弟の姿はなく、午後の授業に向かったようだ。


「まぁ、考えても仕方ないか」


 竜一は手に持ったサンドウィッチを口に投げ込みながら、その言い知れぬ不安感と一緒に呑み込んだ。


 ◇◇◇


 放課後。

 いつものように自主練に励む竜一は学校外へ走り込みに出ていた。


「全く、毎度のことだが水瀬もランニングについてきてくれればいいのに」


 竜一のランニングという名の走り込みは距離こそ10kmほどだが、そのスピードの速さから、一度ついてきた水瀬は顔を青くして「二度とついていかない」と嘆いていたそうだ。

 時刻は18時すぎ、陽も落ち初め、夕焼けが目に染み入る時刻となった外走りは案外気持ちの良いもので、街には買い物袋をぶら下げた主婦や仕事終わりのサラリーマン。学校帰りの学生など、さまざまな人が顔を覗かせていた。


「この道は人通りが多いからな。今日も脇道に入るとするか」


 徐々に陽が長くなるここ最近は、この時間でも人が多くなり走りにくくなってきていた。

 そのためこの時期はランニングコースを脇道に変更することも多いのだが。


「ん? あれは……」


 人通りの少ない脇道。元は商店街だったのだろうか。シャッターが多くしまる閑散としたその道の隅で何かが目に止まる。

 目を凝らすとそれは……。


「ちょっとやめてよ! せっかくの特売で買った卵が割れたじゃない! 弁償しなさいよ!」

「おいおい最底辺は家計も最底辺なのか? 卵ワンパックくらいでキャーキャー騒ぐなよ」

「あ……あ……穂乃絵ちゃん……、もうそこらへんにして帰ろうよ……」


 見境 優と見境 穂乃絵だった。

 穂乃絵の声の荒げ方からして何か揉め事でも起こしているのか。


「そういえば、今日は放課後見なかったなあいつら」


 見ると、穂乃絵の手にはスーパーの袋がぶら下げられており、もう片方の手には相手へ見せつけるように割れた卵が入ったパックを掲げていた。


「この卵がどれほど大事なのかアンタにはわからないでしょうね! 早く買ってきて! そこのスーパーで特売やってるから早く買ってきて!」

「貧乏くせーなぁ。明日クラスで広めてやろうーっと」

「魔導士適正が最底辺で家計も最底辺。またお前らの伝説ができちまったなぁオイ」


 どうやらクラスメイトらしい男子学生がスマートフォンでその姿の写真を撮りだした。

 同じくクラスメイトであろう男子学生も止めるでもなく笑っている。


「これは……」


 その光景は竜一にも覚えがある。

 あまりにも魔法の適正が低すぎる者は、一年生のころにこう言った格差差別に似た迫害を受けるのだ。

 力ある者たちが力なき者を嘲笑う。それは格下を貶すことで自己欲求を満たしたいがためなのだろうか。竜一もそういったことを一年生のころに受けていた。


「アンタたち、その写真今すぐ消しなさいよ!」

「こんな笑いの種消せるわけねーだろぉ。嫌なら力づくで消してみろよー。あっ、お前らじゃ俺らに勝てねーか! ワリィワリィ!」


 悔しそうに怒りを露わにする穂乃絵を嘲笑うかのように、そのクラスメイトであろう男たちは笑っていた。


「優くーん、妹に守られてキミも幸せだよねぇいいなぁ俺もそんなお姉ちゃんほしかったなぁ」


 対象は穂乃絵の後ろに隠れるようにしている優もだ。

 名前を呼ばれ一瞬ビクッと震える優を守るように、穂乃絵はまた一歩前に出て何か言い返している。

 そんな押し問答、いや、一方的な愉悦に竜一は過去の自分を照らし合わせてしまう。

 だからこそ、そんな二人は放っておけないような気が竜一にはして――。


「アンタたち、いい加減に……」

「おう一年ども、そこらへんにしておけ」


 ついつい首を突っ込んでしまった。

 それが良いことなのか悪いことなのか。

 いや、当事者側からしたら第三者が加わるのは面白くないだろう。

 しかし、それでも竜一は放っておくことができなくて。


「……アンタ、灰村竜一……先輩?」


 穂乃絵のとってつけたような先輩呼びが、どうにも竜一の胸をくすぐった。


お読みいただきありがとうございます!

不定期更新ですみません~……。


ご感想等ありましたら是非お気軽にお書きください!

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